2

 ミコトが外に目をやった途端、あるものを発見した模様。

「あ、来たみたい。迎えに行ってくるね」

 そこから私は、連想ゲームのように思い出していく。

 誰が来た?→そうだ、来夢がまだ来てなかったんだ→そういえば、今日は試食会をしに来たわけじゃない→推し活初日だった!こんな具合だ。

「みんな遅くなってごめんね。わぁ〜、今日もヨリリンったら劇的にかわいくない!?」

 柔らかな笑みを浮かべ、うんうんと相槌あいづちを打つミコトに感謝する。

 来夢はいつも私を過剰評価してくれる。

 ちらっとへそが見える丈のTシャツに、デニムのミニタイトスカート姿が功を奏したのなら良かった。

 そういう来夢こそ、”METEOR”と書かれたやや大きめの真っ赤なTシャツに、デニムのショートパンツというシンプルキュートな風貌で現れた。とても似合っていた。

 私だけMETEOR Tシャツではないから、疎外感は否めないけれど…。

「来夢こそ可愛いよ」

 褒め慣れていない私は、これ以上どう対応したらいいのかわからず、無表情でフリーズしたまま誰かの次の動向を待つ。

 こんな不器用なところが、クールに見える所以ゆえんなのだろう。

「あ。こ、こんにちは。碧くん」

 来夢は憧れの碧を目の前にし、実は初対面だったという2日前と同様、恋する猫かぶりガールと化した。

 そして、今日の予定を来夢に聞こうとした時、来夢が「あ、そうだ」と言ったから、てっきり私が聞くまでもなく、今日の予定を教えてくれるのかと思ったのだが。…見当違いだった。

「碧に質問。…私のこと、どこかで見たことない?」

 シンプルな可愛い質問だと思った。それは単に憧れの人が一瞬でも自分を見ててくれてたら嬉しいという、淡い思いからくる質問なのだろう。

 来夢は若干躊躇ためらいながらも、真剣な眼差しを碧に向けている。

 その眼差しだけ切り取ってみると、それはまるで、何かの合否を待つ純粋無垢な子供の眼差しそのものだった。

「学校で見たことなら…あったかも」

「まじ!?嬉しいんですけど!!」

 碧の即答により、いつもの元気少女・来夢に返り咲いた。

 まあ学校にいてもどこにいてもインパクトのある可愛い来夢だから、誰の目にも止まるだろう。

「あっ。私はダイエットしてるから、甘いものは遠慮しとくね。みんなもう食べたっぽいし、上行って準備始めよっか」

 って何?準備ってライブに向けての?そもそも今日の推し活内容を、私は何一つ聞かされてないんだってば!!

「なんか依、顔面引きつらせてはてな顔になっちゃってるけど…やっぱり来夢も伝えてなかったんだ」

「そのとうりだよ、ミコト。私今日の推し活内容何も知らないでここに来てる」

 的確な指摘をありがとう。……ん?今って言ったよね?

「ああ、そっちね。僕はもう一つの方のことを伝えてないんだ。碧に」

 え…。今日って、推し活ともう一つ、何かが起こるの!?



 とは、とらのすけの店舗が一階に入っている超高層ビルの最上階(20階)のことだった。

 そして今、私たちはそのこと、ミコトの自宅にお邪魔している。

「うわ〜っ!!テレビでよく見るお金持ちの豪邸並みにキラついてるリビングだこと!」

 私はあまりの豪華さに言葉こそ失いはしなかったが、語彙力ごいりょくのない陳腐ちんぷな言葉を発していた。

 来慣れてる様子の来夢は、当然のように豪華で高級そうな皮のソファーにぽすんっと座った。

 続けて碧も、来夢とは反対側のソファーに座った。

「で?俺と依に伝えてないってなんだよ」

 おっと。ちょっとだけ感動している。碧が私の名前を初めて言った記念に、お赤飯プリーズ。

「それは…あ、そうだ。ねえ依。今日準備してきたものにヒントが隠されてると思うんだけど…」

 ミコトのその言葉で、今私の足元にある鞄の中身を見るよう、促されているのだと察した。それと同時に、家を出る前のことを思い出していた。

『依、これ持って行って。あーっ、ダメよ、今開けたら!あっちに着いてからのお楽しみ〜♪』

 ママのあの言葉とこの鞄に、今日の推し活に関するヒントが隠されているということなのだろうか。

 だけど不思議だ。まったく無関係なうちのママが、なぜこの事に介入してるだろう。鞄を開けようとしたその瞬間。

「ちょっと待って!」

 来夢が鬼気迫る顔でそう言って、私をフリーズさせた。

「それを開けるのはあとでも大丈夫!さあ、推し活の準備をしなきゃね…」

 私たちに伝えてないこととは、推し活のことだとばかり思っていたが、どうやらそうではなさそうで、謎は深まるばかりだった。

 今の時点で気付いたこと。それは、来夢とミコト、そして本当になぜだかわからないが、うちのママを入れたこの3人がグルになって、何かを始めようとしている。推し活ではない何かを…。

 私は取り敢えず気を取り直し、フリーズしたままの体を解放した。

 うちのママが今日のことに介入し、私に大荷物を持たせた理由は後々わかるだろうから、一旦放置することにした。

 まずは、推し活とはどんなことをするのかを学ぼうじゃないの。

「わけがわからない。推し活でさえ渋々来たってのに、本当何がしたいんだよ、お前たちは…」

 不信感を募らせている様子の碧もまた、今日の具体的な動向のすべては知らないらしい。

 少々空気が重苦しい中、準備に取り掛かろうとしていた。

「あ、ごめん。依には推し活のことさえも伝えてなかったよね」

 ええ、そうですとも…。

 放置中のそのことは猛烈に気になるが、後回しにしよう。

 その後、ようやく来夢の口から今日の推し活の全貌が明らかになった。

 METEORのライブ会場に直接言って鑑賞するのかと思っていたが、正解はライブビューイング鑑賞会だった。

 来夢とミコトが、部屋のクローゼットから慣れた手つきで数々のグッズを取り出し、部屋のあらゆるところに飾り始めた。遅れて碧と私も見様見真似みようみまねで飾る。

 ミコトがリモコンのボタンを押すと、ウィーンという音とともに、天井から埋め込み式の大きなスクリーンが降りてきた。

 リビングはあっという間に、リビングシアタールームと化した。

 壁には”METEOR LOVE♡想いは君と永遠に!!”と書かれた大きな布製のストーガンを設置し、推しの顔や名前入りのうちわと、カラフルに点灯するペンライトを手に持ち、開演時間まで待機するらしい。

 特に推しがいない碧と私は、ペンライトのみを持ち、同じくその時を待った。

 開演時刻を少しだけ過ぎた頃、スクリーンには音楽が鳴り響くライブ会場の映像が映し出された。

 ここ最近は、私もMETEORの楽曲の虜ゆえ、ライブへの関心は半端ない。

 興奮にも似た高揚感を隠したいのに、みんなで分かち合いたくなるような、矛盾した不思議な感情に戸惑う。

 なんなんだろう。この違和感は…。

 それと、来夢がMETEORの太郎くんの大ファンだということは、日頃の変態的熱量から、事実だとわかってはいる。

 なのに、違和感を拭えないのはきっと、大好きなMETEORをもしのぐ存在がいるからではないだろうか。

 来夢にとって碧は、一応推し友という位置付けではあるが、憧れの存在でもある。だけど本当のところ、恋をしているのではないだろうか。

 いろんな感情が厄介すぎて、ライブ開始時刻が迫る中、気持が落ち着かなくてそわそわする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る