推し活、開始します! 1    

 ついにこの日が訪れてしまった…。

 スマホのアラームが鳴っては止めるを何度か繰り返し、時刻を確認。AM7:00。

 もうこれ以上鳴ってはくれないのだと確信すると、やっと寝床から離れる。

 いろいろ懸念もあるし、不安ももちろんあるけれど…。

 とりあえず支度をして待ち合わせ場所に向かう!挨拶をする!自分をさらけ出す!よし、この勢いで行こうじゃないか。

 洗面台の鏡に映る自分と対峙たいじする。気合いを入れるために、両頬をパチンッ、パチンッと2回引っ叩く。

「よしっ、今日頑張ろう!…で、今日ってMETEORのライブ観戦で合ってる?」

 結局来夢から今日の詳細を聞き忘れていた。というか、来夢は意外と連絡事項の伝達をおこたりがちだ。

 憧れの碧くんと一緒の空間にいれることで胸がいっぱいになり、私にはおざなりな態度。…なんてことになってやしないだろうか。一抹の不安を覚えた。


 待ち合わせ時間は、PM1時。待ち合わせ場所は、私たちが住む町では有名な【とらのすけ】という和菓子屋さんの前。

 我が家から【とらのすけ】まで徒歩で約15分。もうすぐ到着する。

 それにしてもうちのママったら、大きな鞄にたくさんの荷物を入れて持たせるなんて、重いったらありゃしないんだから。

『依、これ持って行って。あーっ、ダメよ、今開けたら!あっちに着いてからのお楽しみ〜♪』

 普段から能天気で楽観的なママの通常運転があんな感じだからか、娘は常日頃からあのハイテンションには慣れていた。だから理屈ではなく、必然的に冷静になる傾向は、家庭環境からきているのかもしれない。

 それにしても、鞄の中には何が入っているのだろう。

 次の角を曲がると、そびえる大きなビルが姿を現す。そう思うと、忘れかけていた緊張感が復活し、急に足取りが重くなる。

 なぜならそのビルの一階が待ち合わせ場所の【とらのすけ】で、もしかすると先に男子二人が来ている可能性も、無きにしもあらずだから。

 いよいよ角を曲がる。ビルとビルの狭間はざまからの、日差しという名のスポットライトを急に浴び、目をつぶる。

 だけどそれは一瞬のことで、スポットライトが解除された途端、すぐそこに存在する目的地に目をやる。

 すると、風になびいているサラサラヘアーが印象的な美形男子・ミコトくんが、私に向かって手を振る。

 近付くと、適度な低い声で私に挨拶をした。

「久しぶりーって、木曜日に会ったからたったの二日ぶりだけどね」

 ほんとそれな…と、心の中でツッコむより先に、やっぱりこの人は感じがいい人だなぁという、好印象の方がまさっていた。

 METEORという文字入り黒Tシャツと、ブルーデニムがよく似合っていて、本当に見栄えが良い人だと感じた。

「こんにちは、二日ぶり。で、来夢はまだなの?」

「そう。大体来夢って遅刻の常習犯だからさ、長い目で見てあげてるんだよね。で、碧は君が来たからそろそろかな」

 私が来たから?…どういう意味だろう。そのことをすぐに聞き返そうとしたのだが。

「あの、ミコトくん」

はいらないよ。呼び捨てにして。僕もヨリって呼ぶし。それと、碧のこともアオでいいからね」

 完全に彼のペースに飲まれてしまった。

「了解…」

 よって、聞きそびれてしまった。だが、聞きたかった答えを得る機会は即訪れた。

「あんたさ」

 私の後ろからこれまた適度な低い声が聞こえ、反射的に高速で振り返る。

 ふわっとした癖っ毛のある短くも長くもない、丁度良い長さのヘアースタイルが目に飛び込んできた。前髪は若干隙間があり、その部分がなんとなくハート型になっているものだから、心持ち気が緩む。しかし…。

「後ろ確認しながら道歩けよ」

 相変わらずいけ好かない碧(呼び捨て開始)のご登場。

 急激にアドレナリンが上昇する。悪い感情が胸中を占拠するが、面倒なことにならないよう、なんとか抑え込む。意識を別に向けるよう努める。 

 ミコトと同じく、METEORという文字入り白Tシャツに水色のシャツを羽織り、黒のジーンズ姿。

 わぁ〜、すごく似合ってる〜。(棒読み)

 二人とも色違いのMETEOR Tシャツを着ていることから、今日がライブの日なのだということはあからさまだった。

 すごくしゃくなのだが、ミコトに負けず劣らず碧も清潔感があってかっこいいのは認める。

 だけど、挨拶は当然の如くない上に、相変わらず高圧的なものの言い方がかんさわる。

 だけど、その碧の言葉が気になって仕方がなかった。

「どういう意味?」

 本当にさっぱりわからなかった。碧は大きく鼻でため息をつくと…。

「ついて来てたんだよ、男が。校長に密告するって言ったら、もうしないって泣きそうな顔して逃げてった」

 さっぱりわけがわからない。そこまで言うと、ミコトが私と碧の間に割って入った。

「依は知ってる?うちの学校にストーカーまがいなことを頻繁にしてるヤツがいること」

 私は首を横に振った。

 思考が先回りし、碧とミコトの言葉のパズルを組み合わせてみると、話が見えてきた。

「わかった。うちの学校のストーカー男が、私にストーカー行為をしたってわけね。だけど、つけてただけで危害を加えられたわけでもないから、不幸中の幸いってヤツだね」

 ジトーッと碧に睨まれる。きっと”生ぬるいこと言ってんな”って顔だ。

「ポジティブなのは大いに結構なんだけどね、依。君この前、ある男子に告白されたでしょ?アイツだよ、犯人は」

 もしかして、校内で有名な話になっているのだろうか。まさかミコトからあの告白について言及されるとは思わなかった。

 関係性が浅いだけに、イメージにないミコトの厳しい表情を見た瞬間、私はひるんでしまった。だが、持ち前の動じない性格が災いしたのかどうかはわからないが。

「え?あの失恋ダメージゼロ男がストーカーだなんてやるせない。もっと格を下げてどうするんだろう…」

 本心吐露は、常に私の意に反し、実行される。

「学校の帰り際、あんたのあとをつけてるストーカー男を何度か見たことがあるんだ。もしかしたら家バレしてて張り込んでるんじゃないかと思って、確かめるチャンスが今日だったってだけ」

 碧は冷たそうに言い、一瞬視線がぶつかったが、その途端碧から先に顔をそむけた。

「言ったでしょ。君が来たからそろそろ碧が来るって」

「じゃあ、碧が私の護衛をしてくれたってわけ?」

「自惚れんな。そもそもあんたんち知らないし、あんたがそこの角を曲がる少し前からつけただけ。俺はああいう卑劣な奴を抹殺したいだけなんだよ」

 やっぱり嫌な男。まだ推し友になりたてな私のために、そこまでしてくれたのかと感動したのは確かだし、おっしゃる通り自惚れそうになったのも否めない。

 だからといって、なにも突き放すようなことを言わなくてもいいのに。

 よって、碧に対する苦手意識はさらに強まった。

「まあまあ。仲良くしようよ、お二人さん!」

 気まずいまま推し活初日を迎えるのかと思うと、気持ちが想像以上に重苦しい。

「じゃあ、先にうちに入って待ってようよ。和菓子もタダで食べ放題だし」

 ということは…ここ【とらのすけ】は、ミコトの家ということになる。

「いいね。毎日おいしい老舗銘菓が食べれて」

「まあね。今年で創業100周年だから、今年限定の記念饅頭が続々と発売されてるんだ。よかったら全商品試食してみてよ」

「喜んで」

 嬉しすぎてはしゃぐ気持ちを必死に弾圧する。

「碧も大好きだもんね。うちの和菓子」

「ああ。添加物を使ってないからな」

 意外にも甘党で、健康に気を付けてるのね。

 私はそんなことを思いながら、鼻で大きく呼吸し、店内の甘い香りに酔いしれる。

 このお店は特に外観が素敵で、店舗全体に木の温もりが感じられ、おもむきがある。黒い大きな木に、金色の太字で書かれたいびつな”とらのすけ”の文字。お店の顔となるその看板は、圧倒的な迫力がある。

 スタッフの方にご挨拶をしたのち、お店の一角にあるイートインコーナーに、いろどり豊かな饅頭と創作和菓子が次々と運ばれてきた。

 この時点で私はをすっかり忘れ、最初から和菓子の無料試食に訪れた気分になっていた。

 

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