ナンパの日
~ 七月八日(金) ナンパの日 ~
※
他人の土地で隆盛をきわめること
どんな女性もイチコロだという。
魔法の言葉。
それは、二人で同時に事故に遭って。
明らかに男性の方が大きな怪我を負っているというのに。
「大丈夫か~? 怪我はないか~?」
「台無しだ。言い方に緊張感がねえ」
「あるよ~」
「あと、下心が顔に出過ぎ」
「これは元から~」
つまり、平時から下心を胸に抱えっ放しで生きている有害指定単子葉植物。
絶滅切望種。
パラガス。
今日は、不本意ながら。
心底不本意ながら。
こいつと二人。
掃除用具入れの中という訳なんだが。
「さっきから役に立たねえ話ばっかだな」
「現実的だって~! なんなら俺、この手を使ったことあるぜ~?」
「どゆことよ。事故に遭ったことあるのか?」
「ううん~? 道端でわざとすっころんで、女の子に抱き着いて押し倒して~」
「大丈夫か、怪我はないかって?」
「優しさアピール~」
「ほんっとてめえはお巡りさんこいつです!」
どうしてこのアスパラガスが平気な顔してお天道様の下を歩いていられるのか、謎でしかないものの。
「一応アドバイスとして参考にはするか……」
「おお~。どしどし参考にしてくれ~」
「でも抱き着くのは犯罪だから」
「目の前で転ぶだけでも、会話が始まるんだぜ~?」
「なるほどね。……でもそれ、告白じゃなくてナンパの仕方」
「そうなのか~?」
ナンパする必要はねえんだよ。
もっと先の話を聞きたいんだ俺は。
「お前はナンパと告白の違いも分からんのか」
「ナンパも告白も成功したことないから知らない~」
「それじゃあ説得力が……、いやちょっと待て。だったらさっきの技、ナンパの仕方としてもダメじゃねえか!」
「成功率ゼロパーセント~」
「それをよく伝授しようとしたな貴様!!!」
最後の望みと、断崖絶壁から飛び降りてみれば。
海面に大量の剣山が浮かんでた心地。
水に浮かんだら剣山の意味がないだろうとか、自分自身に突っ込める程度に正気は保っているが。
これ以上こいつといたら、胞子におかされてしまう。
「もういいや。夏木と王子くんに聞いたのだけ参考にしよう」
「なんてなんて~?」
「……大声で名前呼べって」
「はあ? …………え? それで上手くいくの~?」
「俺も眉唾なんだが。お前もダメだと思うか?」
「ダメに決まってるじゃん~!」
ほうほう。
なるほどなるほど。
パラガスも使いようと言う訳だ。
きけ子と王子くんが推して。
パラガスが否定する。
ならばこの策は。
信憑性百パーセント。
「……ついでにもうひとつ聞いていいか?」
「なあに~?」
「告白は、かっこ悪いのにかっこいいと効果あるらしいんだが」
「なにそれよく分からねえ~。でも、かっこ悪いのはダメなんじゃない~?」
そうかそうか。
じゃあ、実際どうしたらいいのか分からんが。
かっこ悪いのにかっこいいってやつも。
間違いないという事だな?
「いや、すげえ助かった。さすがパラガス」
「よせよ照れるじゃねえか~。恋の相談なら任せとけよ~」
「そういうことなら、最後にこれも教えて欲しい」
「どんとこい~」
「告白するとき、お前なら花と団子のどっちを渡す?」
「そりゃあ花に決まってるよ~」
なるほどよく分かった。
俺は早速、帰りに何か食べて行こうと。
秋乃にメッセージを飛ばしたのだった。
~´∀`~´∀`~´∀`~
かっこ悪いとかっこいい。
そしてかっこよさとは。
スマートさ。
ならば、この段取りの悪さは。
かっこ悪いと呼べるのではなかろうか。
駅周辺どの有名店も。
門前払いを食らった俺たち二人。
学校の方へ少し戻って。
馴染みの甘味処へ向かって歩く。
「満席、満席、満席……」
「信じがたいな。テスト直前だってのに」
「任しておけって言うからついてきたのに……。かっこ悪い」
「お? ということはかっこよく感じているって事だな?」
「…………どゆこと?」
誤魔化そうったってそうはいかない。
これは信憑性百パーセント。
かっこ悪いのがかっこいい作戦が、意図せず成功したところで。
次は団子作戦だ。
「ちわー。二人なんですけど……」
「あらごめんなさい! 今日はどういう訳か売れに売れて!」
「まさか店じまい!?」
「いいえ? まだ閉めてないけど、みたらし団子しか残ってないのよ」
「ああ、それを求めて来たんでばっちりです」
よしよし、首の皮一枚繋がった。
ほっと胸をなでおろしながら座敷へあがると。
後ろをついては来るものの。
不満げな顔をするこいつは。
「なんだよ。いやなのか?」
「今日はお花の和菓子気分だったのに……」
「だめだろ。団子じゃなきゃ」
「本日の立哉君は、和訳が難しい……」
まったく。
俺がせっかく練った作戦を何だと思ってる。
いいからとっとと座りなさい。
「なんだか、今日の立哉君はかっこ悪いです……」
「ということは、かっこいいということだな?」
「さっきからそればっかりだね……」
なんだか雲行きが怪しいが。
今更作戦を変えるわけにもいくまい。
かっこ悪いところを見せるにはどうしよう。
この団子を使ってみようか。
力加減が大事。
割り箸で、串に差さった団子をすぽんと抜くと。
先端の一個が皿から転げて飛び跳ねて。
落下しそうになるところを超反応で見事にキャッチ。
……完璧だ。
美しいほどに。
左手べとべと。
「か、かっこわるい……」
「かっこ悪さがかっこいい、だろ?」
いい加減認めろよ。
そんな俺の考えを。
こいつはとうとう、真っ向から否定した。
「かっこ悪いのは、かっこ悪いからかっこ悪いのであって、かっこいいなんて言ったらかっこ悪いと思うの……」
「ああええと何だって? つまるところ、かっこ悪いイコールかっこ悪い?」
「当たり前……」
「なんですと!?」
じゃあ今までやったことはすべて無駄!?
どころかマイナスじゃねえか!
「でも、仮にやってみるなら……」
「かっこ悪いのにかっこいいこと?」
頭を抱える俺に反して、スマートに。
秋乃は串からすぽんと団子を抜いて。
……先端の一個が皿から転げて飛び跳ねて。
俺の皿へと見事に落下。
「うはははははははははははは!!!」
「フェアウェイ」
「うはははははははははははは!!!」
ああ、確かにこれは。
かっこ悪さがかっこいい。
なんかすまんな。
俺の失態を笑いで吹き飛ばしてくれて。
そんな優しい秋乃は。
生きのいい団子を回収しようと、箸を伸ばして摘まみ上げたんだが。
自分の分と一緒に、俺の分まで。
二つ持ち帰るなこのいやしんぼ。
「おいこら。バレないとでも思ったか」
「ちょっと見ない間に、こんなに大きくなるなんて」
「托卵か。うちの子の餌を持って行くんじゃないよ」
「あたし、悪くない……」
「じゃあなにが悪いの」
「托卵をした、カッコウが悪いと思うの……」
「カッコウのせいにすんな。あいつだって頑張って生きてるんだ。悪いことしてるわけじゃない」
俺がそう結ぶと。
秋乃は、いやらしくニタニタ笑って俺を見上げて来るんだが。
えっと、それ。
なんの笑み?
…………はっ!?
「カッコウ悪いのにカッコウいい!!!」
「ご馳走様でした」
「いやそこはお粗末様でしただろうが」
「お団子美味しい」
いやはや参ったな。
今日はやられっぱなしじゃねえの。
かっこ悪いのにかっこいいって。
なるほど、こんな感じのことなんだな。
……でもさ。
だったら、具体的にはどうすりゃいいってんだよ。
「さっぱりわからん」
「まだ考えてるの? かっこ悪いのがかっこいいこと……。なんで?」
「いや、まあ、理由は話せないけど。……具体的にどういうのがその、そういう感じなんだ?」
当人に聞いてどうする気だと思わなくもないが。
とにかく今は実例の蓄積が必要だ。
すると、しばらく自分の体験を思い返していた秋乃が。
ああそう言えばと口を開く。
「かっこ悪いのにかっこいいの……、見たことある」
「おお! それは助かるぜ!」
「助かるの? なら良かった」
「…………いや、話せよ」
「かっこ悪いのにかっこいいの、見たことある」
「だからさ。…………いやちょっと待て。まさかお前」
「見たことは、ある。はず」
蘇る一か月前の恐怖。
これは。
まさか……。
「どこで見たのか、教えて?」
「また俺が探すのか!?」
共通の記憶ならいざ知らず。
お前しか見たこと無いものをどう探せばいいんだよ。
開いた口を閉じる術も忘れて。
呆然とする俺の目の前で。
なんでもホイホイ忘れては。
その記憶探しを俺に命じる秋乃が。
優しく微笑みながら。
ぽつりとつぶやいたのだった。
「……ご馳走様でした」
俺は、空になった自分の皿を見つめながら。
腹の音で返事をした。
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