ビキニスタイルの日
恋に恋をする。
世間的にはマイナスの意味で用いられるこの言葉だが。
その、世間とやらに物申す。
若者の恋を蔑むなかれ。
否定することなかれ。
なぜなら、お前たちだって。
お前たちにとっての大人たちから。
同じように教わったはずだろう?
自らの若さゆえの過ちを。
自らが反感しか感じなかったことすら忘れ、子供に向けて教え諭そうとする大人たちよ。
それが何代、何十代と繰り返されても。
現在まで淘汰されずに残っている様を何と見る。
つまりこれは、文化や流行ではなく。
人に生まれた者の本能だという証明に他ならない。
こんな簡単な事実に気付かずに。
さもためになる話とばかりに鼻息を荒くするなかれ。
どれだけ言っても無駄なのだから。
そろそろアプローチを変えてみるのはいかがかな?
例えばここに絶世の美女がいる。
家柄の問題で、高校卒業までの付き合いになるけど。
俺は彼女と恋人同士になりたいのだが。
……先輩よ。
いくつもの恋とドラマを体験してきたベテランよ。
若い恋だと鼻で笑うなんて、非生産的なことしてないで。
どうやったらうまくいくのか。
俺に教えてやくれませんかね?
~ 七月五日(火) ビキニスタイルの日 ~
※
ずる賢く動くこと。またはその人。
禁酒法の時代。
隠れて酒を提供していたスピークイージーと呼ばれる場所があった。
人目につかぬ秘密の場所。
自分だけのスピークイージー。
現代社会において。
そんなものを手に入れることができるということは。
どれだけ幸せなことだろう。
「……せめえ! あちい!」
「静かにしろ、甲斐。当局に見つかったらどうする」
「どうもなんねえだろうから今すぐ出せバカ野郎!」
俺たちだけのスピークイージー。
階段下のデッドスペースに積まれた古い清掃用具入れは、男二人で入るとこの上なくむさくるしい。
でも、内緒話できる場所なんて他に知らねえんだ。
いやだったらすぐに答えを教えやがれ。
「なんかお前にしたとでもいうのか!?」
「いや。具体的に、何をしたらいいのか教えて欲しい」
「今すぐここから解放しろ!」
「誰が貴様に対しての話だと言った。秋乃に対してどうしたらいいのか教えろ」
目的を伏せたまましゃべったもんだから。
真っ暗な個室内でも、甲斐の眉根が寄ったことが手に取るようにわかる。
「何か言い辛い話だってことは分かったが、そう伏せられたら何を教えたらいいのかわからんぞ」
「……どうやったら秋乃と付き合えるのか教えろ」
そして正直に暴露したというのに。
リアクションも無いまま長い長い沈黙。
「こら。お前が夏木と付き合い始めた時の技を白状しろ」
「技って。それよりちょっと待て。お前ら、まだ付き合ってなかったのか?」
「…………少なくとも、秋乃の中では」
至近距離で吐かれたため息にはイラついたが。
甲斐の気持ちもよく分かる。
だから失礼は不問にしといてやるから。
とっとと技を伝授しろ。
「どんな技使ったんだ。それだけ教えてくれたら自分で応用するから」
「技も何も。映画見てメシ食って、しゃべってるうちに楽しくなって公園行って、どっちからって感じでもなく付き合うかって……」
「俺たちの場合、そこから楽しかったねじゃあ帰ろうかになるんだよ」
「いや分かる。俺にも同じビジョンが脳裏に浮かんだ」
そもそも友達期間が長すぎだとか。
秋乃から付き合おうなんて言わなさそうだとか。
そんな情報整理はどうでもいいんだ。
ぜってえなんかの技を使ったんだろうから。
今すぐそれだけ白状しろ。
「しょうがねえな……。俺たちが付き合う前、いろいろ暗躍してくれた恩もあるし」
「よし。今すぐゲロしやがれ」
「それにこんな暑苦しいとこにいたら気持ち悪くなってきたし」
「いやまてそっちの意味じゃねえ!」
「手を貸さんとは言わんが、テスト一週間前ということもあるからな……」
やはりそう来たか、ずるがしこい奴め。
だが、その反応はむしろ狙い通り。
俺の勝ちルートに突入だ。
「なにか代償が必要、という事だな?」
「そんな要求はしてないが、今回も赤点食らう訳にはいかないというか……」
「ほれ。試験の攻略ノートだ」
「殺し以外ならなんでも手伝うぜ、兄弟」
よしフィッシュ。
最後までしっかりサポート頼んだぜ、相棒。
「しかし、急にどうしたんだよ。この間のプールで焦ったのか?」
「どういう意味だ?」
「舞浜、下手な丼メシより大盛りだから。気付いたら目が行く」
おいこらゲス野郎。
きけ子に言うぞ?
「……金払え」
「お前のじゃねえだろうが。それよりぐずぐずしてたら他の奴に取られるぜ?」
「じゃあ、俺のにするから。金払え」
「やめねえか。舞浜の胸は永世中立国にするって協定があるだろうが」
ああ。
あのノート一冊分のバカな法律書か。
「俺はパラガス法案に賛同した覚えはねえぞ」
「でもそんなムキになるってことは、やっぱ水着姿が決め手になったわけだ」
「断じて違う」
「ちゃんと両手で持っていてやらないとどこかに逃げ出しそうなあれを独り占めだ」
「決して違う」
まあまあ、分かってるぜとか言いながら。
肩を叩いて来る甲斐には悪いが。
ほんとに違うんだよ。
真面目に相談に乗ってくれ。
「一応聞いておくが、お前らほんとに付き合ってねえの?」
「半分恋人半分友達の、あのみょうちくりんな状態のまま」
「まじか。でもデートとかしてるよな?」
「今度海に行くことになってて……、いや。だから肩を叩くな」
勘違いするなって。
これじゃ俺があの豊満ななにか目当てで告白するみたいじゃないか。
「よし! そういう事なら急いだほうがいいな!」
「まてまて。まずはお前の誤解を解いてから……」
「俺が立ち会ってやるから、ここから出てその足で告白しちまえよ!」
「え? 今からか? シチュエーションとかテクニックとか、技を教えてくれねえと」
「そんなもんねえ! 素直に、お前の胸が気に入ったと面と向かって言えばいい!」
「バカ野郎! そんなこと言ったら変態のレッテルを……、こらドアを開くな!」
ひょっとして。
俺は相談相手を間違えたのか?
だが、後悔する暇も。
呼吸をする余裕すら俺には与えられることは無かった。
廃ロッカーの扉を開くと。
目の前で冷たい視線で待ち構えていたのは。
俺は慌てて諸悪の根源に説明させようとしたんだが。
秋乃の隣にいたきけ子に一本背負いを食らってのたうち回ってやがる。
「秋乃! どこから聞いてたんだ!?」
「パラガス法案とかあたりから……」
「それなら分るよな! 俺は一言も変なことは言ってねえ!」
「うん、分かる……」
「ああよかった」
「やっぱり立哉君、すけべだった……」
「いや聞いてたんなら分るよな!?」
ちょっと! 全部てめえのせいだなんとかしろ!
おいこら甲斐! 三角締め食らって落ちてねえで何とかしろ!
「す、すけべは休み休み……。間にしっかり時間を置いて、ほどほどに……」
「だから違うって!」
「わ、分かった分かった。ムキにならないで……」
「ほんとに分かってくれてるの!?」
「もちろんよ。ほさスケたつベくん……」
「うはははははははははははは!!! 分かってねえ!!!」
こうして俺は。
甲斐のせいで今日の告白を見送ることになった上に。
一日中ふてくされた秋乃からは。
しっかり間をおいて休み休み、スケベの文字を挟んだ。
妙な名前で呼ばれ続けることになった。
……相談相手を間違えたぜ。
明日こそ、告白テクニックをこの手にしてくれる!
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