第14話 空を泳ぐふたり

 壁に開いた穴の向こうはレンガ造りの通路となっている。


 外から差し込む光だけだが、うっすら見えるその通路は奥までは見通せない。


 けれどこの場所を起点として一方向だけに伸びる道はどうやら外壁に沿っているようだ。


「おじゃましま〜す」


 誰に言うでもないが、人工物と思しきそこに人がいたとしてもおかしくはない。


 外は隠れる場所も少なく希望もないのだ。


 得体の知れない空間とはいえ、ここにお邪魔しようと言うのだから挨拶くらいはしてみようというところらしい。


「お邪魔しますなのですっ!」


「声っ!でかいぃ」


「はうぅ」


 挨拶は元気に。


 モエはおじいさんからそう教わってきた。


 しかしそれは時と場合によるらしい。


 2人が壁の中に入ると、待ってましたとばかりに開いた穴は塞がってしまった。


「うそ、閉じ込められたの⁉︎」


 自身の不注意さを早くも悔やむフィナ。


 この空間がなんなのか分からない現状で退路を断たれるのは不安を掻き立てるが、そもそも外も危険でいっぱいなのだ。


「うぅ〜ランタン、ランタン……」


 最低限、灯りは欲しい。


 そして魔法の瓶からやっと探し出したランタンは、ずぶ濡れだった。


「ノオオオオっ!飲み水も大事だけどっ!これはっ、これは厳しい」


 真っ暗な闇の中で1人喚くフィナ。


「フィナさん、これどうぞ」


 そう言ってモエがランタンに灯りをつけてくれる。


「ああ、ありがとう──ってなにこれ」


 モエの瓶ももれなく水浸しで、火などつけられようはずもない。


 しかしそこにはランタンの中を満たす黄色い光がなみなみと入っていた。


「光が……あれ?これってまさか」


「そうなのです。“ライト”の魔法なのです」


 モエの、と付け足して説明するいつもの魔法はこうして魔道具の中にしっかりと消えずに残っている。


「光る水とか、冗談みたいな魔法──」


 少し粘度の高いそれはトロンと揺れて中心から光輝いている。


 目で直視してもやられないのは光量がきちんと抑えられているからだろう。


「モエの“スライム魔法”なのです」


「は?なにそれ、聞いたことないよ」


 モエの固有スキル。


 それがあるがためにモエは魔法使いの道を諦めきれない。


 いつか開花させて魔法に憧れたおじいちゃんを喜ばせてあげたい。


「モエもよく分からないのです。でも“ライト”はこうして持ち歩けるのです」


 光る水からは重さを感じない。


 まさに魔法であるということなのだろう。


 そしてなんとも暖かな光はこうしている間も目減りすることなくあり続けている。


「ずっと魔力を供給しているの?」


「え?そんなことないのです。それっきりなのですよ、魔道具になかだ──」


「なんで、なんであなたのワードはいちいち!」


 ぷはっと解放されたモエは何が悪かったか聞いて顔を赤くする。


「つまり、これはランタンから捨てなければずっとこのままってこと、なのね」


「たぶん、なのです」


「たぶん?」


 聞けばモエがこれをしたのは宿に泊まっている時に同じくランタンの火が消えてつけるのが面倒だからどうにかと思ってした時きりらしい。


 チームにいた時には灯りを切らしたことがないから寝る前の少しの時間しか検証していないし、誰も知らない活用法らしい。


「大いに謎の残る現象だけど──でもおかげで明かりは確保できたわね。あとは──」


 この通路が安全か、どこに続いているのか。


 2人の見つめる先はまだ奥が見通せない。階層外周の謎空間。


 天井は3mほどしかないが階層の高さはこんなものじゃない。


 上や下にも広がるのかどこに繋がっているのか。


「これで生き残れるのか、よね」


 そして一歩を踏み出すふたり。


 ガコン


「んなっ⁉︎」「きゃっ」


 道は一本しか無いのだから向かう方向は決まっている。


 そう踏み出した足は力強く、床に埋め込まれたボタンを踏み抜き、地面と思っていたレンガの並びがフィナの足を中心にガラガラと崩れていく。


「風よっ!」


 補助するだけ、と言っていたフィナを浮かせる風は──


「フィナさんっ、モエもっ」


 ギリギリでフィナの足首にしがみついたモエとの2人分を浮かせるには出力が足りない。


 じわじわと下がる高度。


「フィナさんっ、見捨てないでなのです!モエを見捨てないでなのですっ」


 下は深いところでレンガが地面に叩きつけられたのか硬質な音が鳴り響く。


 まともに落ちれば無事では済まない。


「もちろんっ、もちろん……なんだけどぉ」


 フィナは必死で宙を上に向けてかき分けるようにして泳ぐ。


 平泳ぎの腕だけのやつだ。


「でもっ、もうっ!──」


「フィナさんっ!モエは痩せますっ、ダイエットしますからぁっ」


「むりいいいいいいいっ」


「あひっ──ひゃああっ」


 崩壊は止むことなく、壁も天井ももう奈落へと落ちていく。


 見通せなかった先まで、全て。


 後に残るのは闇だけ。


「あだっ⁉︎」「痛いっ!」


 天井からバラけて落ちてくるレンガは2人に雨のように降り注ぎ、それは滝の流れのように2人を底へとさらっていった。

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