第32話 龍脈奪われる
王国の隣、伯爵家が治める領地の龍脈が魔族の手によって奪われた。
そして他の領地も同じく魔族が現れ、塔を襲撃しているという知らせが王都につぎつぎと届く。
そして王国の中で最奥の地であるタルサゴでも塔の魔女がさらわれたという知らせが届いた。
勇者は防衛の要であり前線からは離せない。
しかし、あちこちの領地と龍脈を奪われ、そのたびに発生する魔物共に領民たちが襲われている状態に王都は混乱した。
一方、勇者エマは王都に対し不満を感じていた。
攻めることもできず、ただ防衛の徹せよと言われ続けているのだ。
しかし、退いたかと思えばしばらくしてまた攻めてくる。絶え間ない魔族の攻撃にエマが苛立っていた。
王都の貴族や王族に対しても、そんなに困っているのならお前たちも戦え!と怒鳴ってやりたくなる。
「これじゃあ、いつまで経ってもヴォルフさんに会えないじゃない!」
あの大人しいエマがここまで怒るのも珍しくまた仕方のないことだった。
一方、ヴォルフは引き続き塔の防衛を任されていた。
ヴォルフは門番を勤めつつ頭ではケーナの事を考えている。
(昨日ケーナと話が出来た)
どうやらケーナは魔族であっても敵ではなさそうだということはわかった。
それだけでもヴォルフにとっては嬉しいことだった。
ケーナにはずいぶん助けられた。
だから今度は俺もあいつを助けたい。
おそらくあの魔族は龍脈を奪いにまたここに来る。
そのときにケーナも連れてくるはずだ。
その時がチャンスだと考えなるべく塔の最上部に待機する事を選んだ。
ケーナがさらわれて一週間後、
すでに三つの領地が魔族に奪われた。この地にもそろそろ魔族が来るはずだ。
ヴォルフはそう考えた。
そしてさらに二日後、
塔の最上部で警護の仕事に就いていたヴォルフは頭上に黒い雲が生じているのに気が付いた。
「きたぞ!!」
兵士達は戦闘の準備に入り、ヴォルフも魔法の準備に入った。
黒い雲が大きくなり、その中心部分にうっすらと人影が見える。
良く見るとケーナを抱えた魔族の女だった。
「あ、現れたぞ!!」
兵士達がそう言って震えながら弓を構えた。そして一斉に矢を放つ。
雨のように矢が放たれ魔族の女に向かって飛んでいく。魔族の女は嗤いながら大きな炎を生み出して目の前で放った。矢は炎に吹き飛ばされ燃えながらあちこちに落ちていった。
兵士たちは怯えながらも次々と矢を放つ。
魔族の女はますます上機嫌になり巨大な炎の壁を生み出してそれを塔に放ってきた。
「まずい!」
俺は盾ではなく大きな風の魔法をイメージし、炎をかわせるかやってみた。
途端に風が巻き起こり炎は塔を外れて草原に落ちていった。
魔族の女は悔しそうに怒り出し、次々と炎を生み出し塔に放ってきた。
俺は額に脂汗をかきながら今度は盾と風の魔法を合わせて使えないか考えた。盾が現れてその周りを風が巻き起こる。炎は盾に触れられず外れて塔の近くに落ちていく。塔の周囲は燃え上がり、上から見ると塔が燃え上がっているようにも見えた。
魔族の女は炎を出すのをやめ、此方を睨んで大きな声で叫んできた。
「お前は何者だ!勇者は前線にいたはずだ!此処は誰もいないはずなのになぜ勇者の力を持つ者がいるのだ!!」
そう言ってケーナを脇に抱えたままこの塔に突っ込んできた。
そしてそのまま俺に蹴りを放ってきたが、俺は盾に稲妻を纏わせて構えた。
魔族の女が盾に触れた途端に電撃が流れて魔族の女は苦しみながら吹き飛ぶ。
ケーナも意識の無いまま吹き飛ばされ、いつの間にか塔の魔法陣に倒れ込んでいた。
その時、魔法陣が光り出しケーナの力が引き込まれる。
魔族の女は嗤いながらケーナに向かって首飾りを投げつけた。首飾りがケーナに当たると首飾りは光り出し、ケーナと共に浮かび上がる。
魔族の女は何か呪文のようなものを唱え始め、ケーナに向かい何かを放った。
すると、魔法陣が消え、代わりに赤黒い魔法陣が浮かび上がる。そして魔法陣が拡がりながら消えていった。
ケーナは意識のないまま倒れている。
魔族の女はケーナにトドメを刺そうと大きな炎を出して放った。
俺は咄嗟に駆け出しケーナの前で盾を構え、炎をはね返す。
そして剣を横に振り一閃、
風の衝撃を纏った衝撃波が魔族の女の胴体を真っ二つにする。
女は驚き、上半身だけになったあと翼を動かして慌てて逃げていった。
下半身は地面に落ちたあと霧となって消えていった。
俺はケーナに近づき、生きているかを確認する。
「ケーナ!生きているか!!」
ケーナの両肩を揺さぶりながらもケーナは意識を戻さない。
俺は勇者の力でケーナが回復するように祈った。
するとケーナの胸のあたるが光り出しやがてケーナの全身を光が包み込んだ。
光に覆われたケーナは少しずつ浮かび上がり、光が消えると力無く落ちた。
咄嗟ににケーナを抱えて落ちた衝撃で後ろに倒れる。
ケーナの顔が近くにあり、心配になって顔を覗くとちょうどケーナが目を開けた。
目の前で目覚めたケーナはふるふると震えていた。
「なっ、何をやっとるんじゃあ!!」
ケーナは顔を真っ赤にして俺の頬を引っ叩いた。
「おい!そりゃないだろ!!」
「お、お前マンサがおりながらアタシの唇を奪おうとしとったではないか!!」
「誤解だ!!お前を助けようとしてただけだ!」
「破廉恥じゃ!!アタシはそんなに安い女ではないぞ!!」
「勘弁してくれ!!俺は無罪だぁ!!」
周りの兵士たちは呆然として俺たちを見ていた。
♢
塔の龍脈を奪われた。
ケーナは魔族の関係者として疑いをかけられ、領主の城に引き渡されることになった。
俺は証拠人として呼び出され、ケーナと共に領主の城に赴き、広間に連れられてまるで裁判のような場で話をさせられた。
領地の貴族や幹部どもは怒りながらケーナを魔族の仲間だとし死刑にすべし!と叫んでいた。
俺はケーナが人間の子でもあると伝え、塔の魔女になる経緯を話したが、領主以外は聞く耳を持たず、裁判は一方的に進んでいった。
最終的にはケーナを斬首の刑となり、二日後に刑を処すという沙汰となった。
そしてそれまでケーナは地下牢に閉じ込められることとなった。
俺はケーナと面会を申し出たが断られた。
仕方がないので、また勇者の力でケーナと通信してみた。
(ケーナ、聴こえる、か?)
(ああ、聴こえる)
(お前を、守れ、なくて、すまん)
(いや、アタシ、が悪かった、のさ)
(なん、で、お前、が、悪い、んだよ!)
(アタシも、魔族、だから、ね)
(半分じゃ、ねえか!)
(それ、に、カインのやつ、も、もう、いない、から、ね)
(別にお前の、せい、じゃあ、ねえ、だろ!)
(もう、いい、よ)
くそっ!!
俺は悔しくて仕方がなかった。
あいつが何をしたっていうんだ。ただ半分魔族だっただけじゃねえか。勇者と共にこの領地を治めて、塔の魔女としてこの領地を守ってきた。それなのに、なんで殺されなくてはならない。
あいつは何も悪くない!
そう思い、俺は部屋を出てグスタ護衛騎士の所へ行った。
♢
グスタ護衛騎士と面会を希望し、護衛騎士の待機場所に案内された。
グスタ護衛騎士はなんとも言えない難しそうな顔で俺を出迎えてくれた。
「どうした?もはや刑を覆すことはできんぞ?」
俺の言いたいことをすぐに答えるグスタ。
「なぜあいつが死ななくてはならないんですか?半分魔族の血が流れているだけじゃないですか。あいつがこの領地の人間を襲ったのですか?」
「もうよせ!これ以上はお前も仲間だと罪を着せられるぞ!」
「おれは納得がいかないだけです!」
「お前だけじゃあないんだ!俺もお前の時に助けられたのを知っている。あの魔女を殺す必要がないことは俺にもわかっている!しかし、刑は覆せん!」
「どうしてですか?」
「いま王都は魔族の侵攻でかなりの被害を受けているんだ。王都だけでない。いくつかの領地は奪われ、魔物が発生し、多くの人が襲われ殺されている。そんな中で魔族の娘を生かしておけるわけなかろうが!!」
「くっ!しかし、領主様は、どうなんですか?殺すように命じておられるのですか?」
「領主様は何も仰っておられない。ただ領地の者たちの多くが魔女の死刑を望んでおるのだ、領地のためにも刑を覆すことはされまい」
「俺に考えが、あります。どうか、領主様に会わせてください」
グスタは大きく溜息をついて頷いてみせた。
「まあ、無理だと思うが、頼んでおこう」
「ありがとうございます!」
グスタ護衛騎士はそう言ってその場を去った。俺も用事が終わったので兵士に宿所に戻された。その晩、グスタ護衛騎士に呼び出され、領主の面会が叶ったと言われ案内された。
おそらく領主のプライベートルームなのだろう。以前マンサが襲われていた場所ではなかったが、寝台があり、そう広くはないが落ち着いた雰囲気の部屋に案内された。
領主は寝台の近くにある椅子に腰掛け俺たちを待っていた。
「良く来た。お前には申し訳なく思っておる。ワシはお前たちのおかげでここにおる。なのにお前たちを救えないとはなんとも愚かな領主だ」
そう悲しげに言う領主の顔には疲れが見え、ここ数日あまり寝ていなさそうだった。
「俺はあいつが死ぬのを許せません。もしよければ、俺の提案を聞いて下さい」
「どう言った案なのだ?言ってみよ」
俺は考えていたことを領主の耳元でひそひそと話した。
領主は満足そうに頷いて俺の意見を受け入れてくれた。
「うむ、それならば良いかもしれん。ワシも話を合わせておこう!グスタよ、お前にも協力してもらうぞ!!」
グスタは困った顔で仕方なく引き受けてくれた。
♢
ケーナの死刑決行の日、
ケーナは鎖で繫がれ、広間に連れてこられた。
目の前には斬首のための台があり、ケーナはそこに首を置かされた。
大きな斧を持った男が不気味な仮面をつけて隣に立っている。
周囲には領地の貴族、幹部の者たちは今か今かと待ち構えていた。
しばらくして領主が広間に入ってきた。そして刑の執行が為されようと声が上がった時、領主は立ち上がった。
民衆は驚いて一斉に領主を見た。
「皆の者!この刑は無意味である!!」
領主がそう言い放つと民衆は驚きザワザワと騒ぎ始めた。
「実は魔族は首を切ったところで死ぬことはないと教えられたのだ!!魔族は胸の魔石を壊さない限り死ぬことはない!!これは実際に魔族と戦った者の言葉である!!」
領主はそういって胸から小さな小瓶を取り出した。
「これは勇者に力によって魔族の体内にある魔石を溶かす聖水である!!これを飲ませて殺す方法に切り替えることになった!それではこの聖水をこの魔族の娘に飲ませよ!!」
領主がそう言って刑の執行人に聖水の入った小瓶を渡すと慌てながらその小瓶の蓋を取り、ケーナに飲ませた。
ケーナは苦しみながらうっすらと消えていった。
民衆は死刑が執行されたことに喜び一斉に騒ぎ始めた。領主は再び立ち上がり手を挙げて民衆を制した。民衆は静かになり領主の声が広間に響いた。
「諸君!!これで魔族の娘は死んだ!!我々の恨みはこれで消えた。共に立ち上がりこの領土を魔族から護るのだ!!」
領主が手を掲げて力強く演説すると、民衆は立ち上がり声高く雄叫びを上げた。
領主はそれを見て満足そうに広間から出た。
場所は変わり、
領主に城の離れにある塔にはヴォルフがいた。
そして塔の部屋の寝台にはケーナが眠っていた。
ケーナはヴォルフの力でこの塔に連れてこさせられたのだった。
ケーナは目を覚ます。
……アタシは死んだのか?
ふと隣をみるとヴォルフが座っていた。
「ん?アタシは死んだんじゃなかったのかい?」
「あんたは生きてるよ」
「どうしてアタシを生かしておいたんだい?」
「俺はお前に助けられた。だから俺はお前を助けると誓った。これからもお前を守ってやる!だから心配するな!!」
ヴォルフがそういうとケーナは大きく目を開いた。
昔聞いた同じセリフ。
俺がお前を守ってやる!!
自然に涙が溢れ、ケーナは俯いた。
ヴォルフは驚いてケーナを構う。
ケーナは笑顔で涙を拭いて言った。
「またアンタの言いなりになっちまったよ」
窓から暖かい風が入り込み、少女の髪が揺れていた。
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