第23話 買い物

マンサとの結婚が決まり、つぎの祝福祭で神殿に赴き、二人結ばれることを神に誓う儀式に出ることになった。


マンサは儀式に来ていく服を自分で繕うため、服屋で布を買いに行った。

通常、衣服は布を買い自分たちで裁縫するが、時折り裕福な貴族や商人たちのお下がりが流れてくることがあるので、町の者たちはこまめに服屋に赴き、大事な時のために購入するものだった。


マンサは結婚式用の普段着ないような上等な布を探していた。


「あら、マンサ何を買いにきたの?」


尋ねてきたのはこの町で唯一マンサをライバル視しているアーニャちゃんだ。


「実はねぇ、結婚のために着る服を買いにきたのよ」


マンサはいつも以上にご機嫌のため、あれこの女こんなんだったけ?といった風に見られている。


「えっ!?マンサ結婚するの?」


マンサが結婚する。それはアーニャちゃんにとっては重大事件だ。


「まあね」


「ああ、あのヴォルフね。あんた領主様の側にいられるのに断ったんですって?私には理解できないわ」


もう上機嫌のマンサには何を言っても通じない。

まあライバルが先に消えてくれたことだし、次は私の番ね!と思うアーニャちゃんだった。


結婚の儀式に必要な布と糸は買えた。マンサは上機嫌で家に帰るところで一人の男がやってくる。


「マンサ、結婚するって本当か?」


彼は従兄弟のエバンだった。彼は同じ町に住んでおり母の妹の子だ。年は五歳下で家の仕事を手伝っている。


「ええ、ヴォルフに告白されたの」


うふふ、と嬉しそうに言うマンサ。エバンはそんなマンサを見た事がなかったので驚いた。


「あの気の強いマンサが結婚だなんて、今でも信じられないよ」


「あら言ってくれるじゃない」


「だってヴォルフといつも口喧嘩ばかりしてたじゃないか。マンサがヴォルフの事好きなのは知ってたけどあれで結婚できるとは思いもしなかったよ」


「うっ!そう言われるとちょっと苦しいわね。でもヴォルフも私の事好きって言ってくれたもの」


「いやヴォルフがマンサの事好きなのは昔から知ってたよ」


「え!そうなの!?」


「だって二人ともバレバレなんだよ。なんでもっとはやく素直になれないのか、俺ずっと不思議だったんだよね」


「偉そうに言うけどあんただって人の事言えるの?」


「悪いけど俺はもうお互い理解し合っている相手がいるんでね」


「え!?そんな、まだ若いのに?」


「ま、俺も彼女も仕事を覚えている最中だから結婚なんてまだまだ先だけどな」


何やら負けた気分になったマンサだった。


気がついたらもう正午の鐘が鳴る。そろそろ昼ご飯の用意をしなくてはとエバンと別れて早足で家に帰った。



一方ヴォルフは朝の激しい鍛錬の後、塔に行き昨日の精神統一の修行を続けた。


「んー……、まだまだだね。気が散っておるわ。昨日酒場でちちくり合っとるから上手くいかんのかもしれんのぅ」


「おい!なんでそんな事知ってるんだ?」


「あんたたちの事は町中噂になっとるみたいだよ?アタシもさっき兵士に聞いたからねぇ」


まあまあ若いんだし気にするなと言うケーナ。


どうりで今日の朝の鍛錬は凄まじくキツかったと思った。

いつも味方になってくれる上官が皆の鬱憤を晴らさせるためか、俺一人何故か全ての兵士との相手をさせられ、終わったときは足がガクガクになっていた。


「まあ、精神統一はそんなに簡単じゃないよ」


「そうなのか?」


「まずは自分の心を探すんだ。精神だね。いつも考えていることではなく、自分の心の奥を見つけるのさ」


「どうすりゃいいんだ?」


「だからね、目に頼るな、耳に頼るな、降って湧いてくる思いに惑わされるな。自分の本心がどこにあるかを考えな。本心で思っている事と全然違う事を言ってしまうことがあるだろう?恐れ、焦り、そんなものは邪魔だよ。だからまず表面的なものに惑わされない事が大事なんだ」


そうケーナは教えてくれた。俺はもう一度目を瞑り精神統一をする。


気がつけば昼も過ぎ夕方になっていた。


仲間の兵士は一部既に帰っており交代の者がきている。


俺は魔女と修練する時間を取らされているので上官の許可を得ているものの、しかしながら護衛もせず、ただ座っているだけの状態はさすがに心苦しかった。


「どうだい?何か掴めたかい?」


「いや、まだ全然わからん」


「まあ、少なくとも一週間はいるだろうね。もう少ししたら何か強い力を自分の中に感じることが出来るはずさ」


「ああ、もうちょっと頑張ってみるわ」


「早く帰らないと彼女に怒られないのかい?」


「ん?ああ、今日は休みでずっと家で結婚の儀式の準備をすると言ってたから大丈夫だ」


「ちっ、揶揄い甲斐のない奴だねぇ、なんか幸せオーラが出てるわー」


「そうなのか?」


「冗談だよ」


「チッ」


そう言ってまた目を瞑り、静かに座っていた。


暗闇の中、目は閉じているのに目の前が明るい。大きな光が俺を包んできた。


暖かい……。


もう夜のはずなのに明るく俺の体を光が包み込み。それは内から出ているようだった。そして体が軽くなっていくのを感じる。


「もうできたのかい?早いもんだねぇ!」


ケーナは驚いて俺を見つめていた。


「よし、そろそろ目を開けても良いよ。明日もう一度同じ事をやって、次は力の使い方を教えるよ」


「ああ、わかった」


いままで経験したことのないものに俺は自分自身驚いていた。


帰り、


いつもは酒場で酒を飲むのが習慣だったが、何故か今日は腹も減っておらず、酒を飲む気にもなれなかった。


家に帰るとマンサがいた。


「今日も泊まっていくのか?」


「あら、もう、そんなにしたいの?」


マンサが抱きついてくる。お互い口付けをして抱きしめ合った。


「俺、いま塔の魔女から特別な訓練を受けているんだ。なんか勇者の力の一部を使えるかもしれないらしい」


「えっ?そうなの?どうしてそんなことになったの?」


「何か塔の魔女が言うには勇者の眷属として俺の中に勇者の力がつながっているらしい。それを使えるようになれば次に魔物が襲ってきても戦えるみたいだ」


「そうなの、……無茶しないでよ?次の儀式には間に合うの?」


「ああ、大丈夫だろ。まあ、いまのところただ目を閉じて座ってるだけだからな」


「あんた、儀式の服の用意はしてるの?」


「あ?なんか服ならなんでも良いじゃないのか?」


「そうなわけないでしょ!!ああ、もう!私が用意してあげるから明日の休暇時間に服屋に一緒に行くわよ!!」


「え!?そうなのか?」


「そうなのかじゃないでしょ!もう!!そういえばこういう奴だったわ」


マンサは大きく溜息を吐き、頭を抱えた。


最近ラヴラヴだったためヴォルフの短所をすっかり忘れていたマンサだった。


せっかくの甘い雰囲気も台無しだった。

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