鷲の羽ばたきと琴の音は天の星を輝かせる

九戸政景

前編 魂の輝きによる出会い

「……よし、これで完成だね」


 そう言いながら糸切り鋏を使った瞬間、糸が切れるパチンという小気味の良い音が部屋に響いた。その後、僕は持っていた糸切り鋏を机の上に置き、ちょうど出来上がったばかりのハムスターのぬいぐるみを前にじっと見つめる。

自画自賛かもしれないけど、今回のは大きさや見た目の点から見てもとてもよく出来たと感じていて、雑貨屋などの商品は言いすぎでもバザーなどに出せば買ってもらえる程の出来映えだと感じている。


「……まあでも、ウチの部長の作品にはまだまだ敵わないんだけどね」


 所属している『家庭科部』の部長の作品を思い出しながら自分の作品と比較して苦笑いを浮かべた後、僕はそのぬいぐるみを静かに持ち上げ、そのまま今まで作った他のぬいぐるみ達が並ぶ棚へと置いた。

棚に並ぶぬいぐるみ達はまるで仲睦まじそうに肩を寄せあっているように見え、その光景にクスリと笑った後、僕はさっきまで使っていた小さなテーブルへと視線を移した。


「さて……今日までぬいぐるみばかり作ってきたし、そろそろまた鞄につけられるようなマスコットやあみぐるみ、後は刺繍ししゅうなんかにもチャレンジしてみようかな。

作ってみたい物は色々あるし、またマスコットを作ってみたら、きっと“あの子”も……」


 そう独り言ちてから、ある子が少しはにかんだ笑みを浮かべている姿を想起した瞬間、僕の頬はうっすらと熱を帯び、心臓の鼓動は少し早くなる。


 ……うん、やっぱり僕はあの子の事が好きだ。同じクラスや他のクラスにも男子からの人気が高い可愛い子や綺麗な子はもちろんいるけど、その子達よりも僕はあの子の方が可愛いと思うし、出来るなら恋人同士になりたい。


「……でも、僕とあの子の接点なんて同じクラスだっていう事と“アレ”くらいしか無いんだよね。それに、男子だけじゃなくて女子からの人気もあるから、話しかけようと思ってもいつも誰かが近くにいるし……」


 その様子を思い出しながら僕は深くため息をつく。僕が好きになった子は、弓道部のエースだと言われている子で、容姿端麗ようしたんれいな上に品行方正ひんこうほうせいであり、生徒達からもとても高く評価されているといういわゆる非の打ち所の無い子なのだ。

なので、さっきも言ったように男女関係なく好かれているため、僕のように恋心を抱く生徒も少なくない。ただ、どうやらそんな彼女にも好きな相手がいるらしく、これまでされてきた告白を全て断ったのだという。

だから、僕も好きだという気持ちはあっても告白をするまでには至らなかった。というのも、これまで告白していたのはサッカー部のキャプテンやバスケ部のエースなど彼女と同じように生徒人気の高い生徒ばかりで、そんな生徒達が断られているのに僕のように目立たない生徒が告白したところで、OKしてもらえるわけが無いとわかっているからだ。


「……まあ、偶然の産物とはいえ他の生徒にはないアドバンテージがあるけど、それが大きなアドバンテージになるわけでも無いだろうし、この気持ちは心の奥にでもしまっておいた方が──」


 哀しさを感じながら独り言ち、またため息をつこうとしていたその時、突然目の端に強い光が見え、僕はそれに驚きながらそちらに視線を向ける。

すると、僕が通学鞄につけているお腹に青い星模様があるハムスターのマスコットが光っているのが見え、その不思議な出来事に僕は驚いた。


「くっ……で、でもどうして……!?」


 目を細めながらマスコットが眩い光を放つ理由を考えたが、いくら考えてもそれらしい答えはまったく思いつかず、僕はマスコットが発する謎の光が消えるのをただ待っているしか無かった。

そして、光り始めてから数分後、放たれていた光が徐々に弱まりながら消えたのを確認した後、僕は警戒をしながらマスコットに近付き、ゆっくりと座り込みながらも警戒を解かずにマスコットの観察をした。

しかし、いくら待ってもさっきのような光を放つ様子は無く、僕はその事に安心感を抱きながら胸に手を当てながらふうと息をついた。


「どうやら大丈夫みたいだけど、さっきの光は一体なんだったんだろう……?」


 そして、さっきの光についての疑問を口にしながらマスコットを軽く持ち上げたその時だった。


『……もし』


 突然静かな女性の声がどこからか聞こえ、穆は再び警戒をしながら辺りを見回す。しかし、その声を出したと思われる女性の姿はどこにも見当たらなかったため、僕は首を傾げながらマスコットに視線を戻した。


「……もしかして、幻聴だったのかな……?」


 そうだよ。誰もいないのに声が聞こえるなんて普通にあり得ないし……。


 そんな事を考えながら安心感を覚え、自分が不安や恐怖を覚えていた事に苦笑いを浮かべていたその時、再び聞こえてきた声に僕は戦慄せんりつした。


『今のは幻聴? とやらではございません』

「え……?!」


 また誰もいないのに声が聞こえた……!?


 姿無き声に怖がりながらまた周囲を見回そうとしていると、謎の声が三度聞こえてきた。


『こちら、こちらです』


 その声が聞こえてきた方に目を向けると、そこにはハムスターのマスコットがあった。


「……まさかとは思うけど、声の主は君……なのかな……?」

『そうですが……どうやら驚かせてしまったようですね』

「あ、うん……たしかに驚いたけど、正直な事を言うなら、声の主の正体がわかって少しホッとしてる……かな?」

『そうですか……それならばよかったです』

「うん……それで、君は一体誰なのかな? このマスコットを作った時には、間違いなくいなかったはずなんだけど……?」

『そうですね……では、今からご説明をしますので、少しお待ちください』


 謎の声がそう言うと、マスコットは再び光を放ち出した。そして、光が弱くなってきたと思うと、背後から突然誰かの気配を感じ、僕は弾かれたように背後を振り返る。

すると、そこには正座をしながら僕を見つめる桜色の和服姿の長い黒髪の綺麗な色白の女性の姿があった。


「……え? もしかして、貴女がさっきから僕と話をしていた人……ですか?」

「はい、その通りです。私の名前は織音おりね、江戸の呉服問屋兼仕立て屋である星河屋の長女です」

「織音さん……あ、僕は琴宮織己ことみやおりきといいます。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します」


 僕の言葉に織音さんが頷きながら答えた後、僕はさっきまで織音さんが入っていたマスコットをチラリと見てから、さっきもした質問をもう一度織音さんにした。


「それで……織音さんはどうして僕の作ったマスコットの中にいたんですか?」

「マスコット……ああ、この可愛らしい動物の人形の事ですね。えっと、それはですね──」


 そして、織音さんは真剣な表情を浮かべながら静かに話を始めた。




「──と、これが俺がその人形に入っていた理由だ」


 目の前に座る藍色の着流し姿の男性、天河弥彦あまかわやひこさんの話が終わった後、私が顎に手を当てながらうんうんと頷いていると、弥彦さんは私の顔をじっと見てからホッとしたような表情を浮かべた。


「……どうやら、信じてはくれたみたいだな、彦乃」

「……まあ、そうですね。正直な事を言うなら、貴方の話は眉唾物まゆつばものではあります。ですが、話をしている時の貴方の目はとても真剣な物で、とても嘘を吐いているようには見えなかったので……」


 弥彦さんに対して軽く微笑みながら答えた後、私は先程までの出来事を想起した。

十数分前の事、私は自室で明日の授業の予習をしていた。時間はもうそろそろ日付が変わろうとしていた頃だったが、周囲から求められている私のイメージを壊したくなかったため、私はどうにか眠気を堪えながら予習を続けていた。

そして、なんとか予習を終わらせ、眠気と疲れを感じながら小さく欠伸をしていた時、ふと机の横に掛けている通学鞄が目に入り、それに付けていたお腹に赤い星の模様があるハムスターのマスコットを見た瞬間、ここまでの疲れが一気に癒えるのを感じると同時に、ある人の顔が頭に浮かんだ。

その人は私のクラスメートの一人なのだが、学業や運動能力はごく平均的で、正直な事を言うなら普段からあまり目立つような人ではない。

けれど、裁縫やお菓子作りを始めとした料理の腕はピカイチで、家庭科の授業では先生からいつも褒められている上に所属しているという家庭科部でも他の部員達からいつも頼りにされているのだという。

そんな実績がありながらもその人の親友である一人を除いてクラスメート達はその人の事をあまりスゴいとは思っていないらしく、本人も自分の事をあまり評価していないようだった。

けれど、私は自分には無い強みを持つその人の事を尊敬しており、秘かに恋心にも似た憧れを抱いている。

だが、私はその人に自分の想いを伝える事はたぶん無い。何故なら、その人にとって私はただのクラスメートに過ぎないだろうし、私が告白したところでOKをもらえるとは思っていないからだ。

そして、その事を残念に思いながらハムスターのマスコットから目をそらそうとしたその時、ハムスターのマスコットが急に光を放ちだし、その光が止んだ頃にマスコットの中にいたのが弥彦さんなのだ。

弥彦さん曰く、まだ生きていた頃に心から恋慕う相手がいたらしいが、弥彦さんと相手には身分の差があった事から、その人に対して中々想いを伝えられずにいた。

そして、その内に弥彦さんは病に倒れて命を落としたが、それを不憫に思った神様から貰ったチャンスのおかげで、弥彦さんの魂が同じような輝きを放つ魂を持つ私が持っているマスコットに入ったらしく、同じように自分と同じ輝きを放つ魂を持つ相手と一緒にいるであろうお相手にこの想いを遂げるまでは自分の魂はこの地に残る事になるとの事だった。


 弥彦さんの事もそうだけど、私もそろそろ想いを伝えるだけの覚悟を決めないといけないな……。


 そんな事を思いながらため息をついていた時、弥彦さんはそんな私の姿を珍しそうな目で見始めた。


「おや……その様子だと君にも想い人がいるのかな?」

「……はい。もっとも、その人にとって私はただのクラスメートに過ぎないと思うので、この想いは届かないと思っています。その人との接点なんてクラスメートであること以外にたった一つしかありませんから」

「その接点というのが、私が先程から宿っているこの人形かな?」

「……はい」


 弥彦さんからの問いかけに頷きながら答えた後、私はその接点を持つ事になった日の事を思い出しながら静かに口を開いた。


「去年の7月頃の下校時、私は親友の棔七海ねぶのきななみと一緒に帰る約束をしていたので、下駄箱で一人彼女を待っていました。

彼女とは別の部活動に所属しているので、そうやって待つ事は決して珍しくなく、私は外で雨が降るのを見ながらいつものように待っていました。

そうして七海の事を待つ事数分、後ろから急ぐ足音が聞こえたので、七海が来たのかと思いながらそちらに顔を向けると、そこにいたのがその人だったのです。

私がいる事に驚いた様子を見せ、その人が少し不思議そうに首を傾げたその時、鞄に付いていたこのマスコットが揺れ、それに視線を向けた瞬間、私はそのマスコットに目を奪われていました」

「ほう? この可愛らしいマスコットはそんなに価値のある物なのかな?」

「いえ、これは彼が作った物なので、一般的に見ればそんなに価値は無い物です。ですが、このマスコットが私にはとても可愛らしく見え、あまり物を欲しいと思わない私が欲しいと感じてしまう程でした。

マスコットを指差しながら話題に出してみると、彼は少し気恥ずかしそうに笑いながらこれは自分の手作りだという事、男性でありながら小さい頃から可愛い物が好きだという事など色々な事を話してくれました。

端から見ればそれは学生同士が話しているだけのなんて事無い時間でしたが、その時の私にとってはとても価値のある時間に思え、ずっとこの時が続いたら良いとすら思える程でした。

そして、彼は話を終えると同時に何かを思いついたような顔になると、鞄からマスコットを取り外し始め、私がその行動に驚いていると、彼は優しい笑みを浮かべながらこのマスコットを私に手渡してくれたのです」

「つまり、このマスコットはその少年から贈られた物だったのか」

「はい。彼曰く、私が平静を装いながらもこのマスコットに対して物欲しそうな視線を向けていた事に気づいていた上、彼としても自分の作品を欲しいと思われるのは嬉しい事なので、私さえよければ貰って欲しいとの事でした。

私としてはとても嬉しい事でしたが、このマスコットを彼が大事にしているような気がし、本当に良いのかと聞くと、彼にはお腹に青い星模様があるもう一つのハムスターのマスコットがあるので、こっちを貰われていくのは別に構わないとの事だったので、私はお礼を述べながらこのマスコットを頂きました。

そして、彼は嬉しそうに笑いながら私に別れの挨拶をすると、傘を差しながらそのまま歩き去っていき、その姿を私は見ている内に私は彼の姿から目を離せなくなっているのに気づき、その日から私は彼に対して尊敬の念と同時に恋慕にも似た憧れを抱いているのです」

「なるほどな……それで、彦乃は相手に想いを伝えないのか?」

「……伝えたいですが、中々伝えられずにいます。度々異性からの告白を受けたり友達から容姿や勉学や部活動の成績について褒められたりしているので、一般的に見れば私は周囲から好かれやすいタイプなのかもしれません。

ですが、それでも彼が私の事をそういった対象として見ておらず、告白をした事でただでさえ関係の浅い私達の間に深い溝が出来てしまったらと思うと恐ろしくて……」

「たしかにな……けど、彦乃が相手を良いと感じているのと同じで、他の誰かがその相手を好きになって、先に告白されたら目も当てられないぞ?」

「わかっています……ですが、やはり怖いのです……」


 告白が失敗した時の事を想像して私が恐怖で体を震わせていると、弥彦さんは目を閉じながら小さく息をついた。そして、ゆっくりと目を開けると、覚悟を決めた様子で静かに口を開く。


「……彦乃」

「……何ですか?」

「同じ輝きを放つ魂を持つ者同士、もうここらで相手に想いを伝える事にしよう。このままでは、決して良い未来は来ないからな」

「それは……ですが、相手の所在を知っている私は未だしも弥彦さんは大丈夫ですか? 相手を探すのは結構苦労しますよ?」

「そんなの苦でもなんでもない。こうしてチャンスを与えられたのに何もせずにいるわけにはいかないからな。それに、同じような立場にいる彦乃を放っておくのは性に合わないんだ」

「弥彦さん……」

「彦乃はどうする? このまま相手に想いを伝えずに己の一生を終わらせるのか?」

「私……は……」


 弥彦さんからの問いかけを聞き、私は彼が他の誰かと恋仲になり、仲睦まじそうにしている様子を想像した。そして、それに対して嫌悪感を覚えると同時に彼と一緒にいたいという想いが込み上げてくるのを感じると、私は弥彦さんの目をまっすぐに見ながら静かに口を開いた。


「……わかりました。私も覚悟を決めます」

「よし、それじゃあこの日までにどうにかするという期日を決めよう。その方がよりやる気になるからな」

「そうですね。それで、いつにしましょうか」

「そうだな……彦乃、直近で何か記念日みたいなのはあるか?」

「記念日のような物……」


 そう言いながらカレンダーに目を向けた時、目に入ってきたのは七夕の日だった。


「……弥彦さん。それなら、7月7日の七夕はどうでしょうか?」

「七夕……ああ、織姫と彦星の伝説の」

「そうですが……ご存じだったんですね」

「ああ、私が生きていた頃から七夕は五節句の一つである“七夕の節句”として親しまれ、天の神が降り立つための目印として、家の屋根の上に短冊や切り紙細工を飾った笹竹を立てたり素麺を食べたりしていたよ」

「そうだったんですね」


 七夕伝説……そういえば、前に今の七夕は中国の牛郎織女ぎゅうろうしょくじょという七夕によく聞く物語の元になった物語と乞巧奠きこうでんという機織りの技術向上を願った行事、そして日本古来の棚機たなばたというみそぎのための神事が合わさった物だって聞いた気がするけれど、彼は自分の裁縫技術の向上を七夕に願うのかな……?


 そんな事を考えながら彼の顔を思い浮かべていた時、弥彦さんが顎に手を当てながら私に話しかけてきた。


「……彦乃は織姫と彦星の話をどう思う?」

「私ですか……そうですね、正直に言うなら二人が一年に一度しか会えなくなったのは自業自得だと思います。愛する人と一緒にいるのは楽しいのかもしれませんが、だからと言って自分の果たすべき役目を放棄するのは良くありません。よって、織姫のお父様である天帝がお怒りになったのはもっともかと」

「はは、なるほどね。けれど、彦乃も意中の相手と恋仲になれたら常に一緒にいたいと思うかもしれないよ?」

「……それは無いとは言い切れません。ですが、私は彦星のように自分の役目を放り出すような真似はしません。それは自分を信じてくれた相手を裏切る行為ですから」

「……彦乃は真面目だね。だが、彦星も元々は熱心に牛飼いとしての役目を果たしていたしっかりとした青年だった。その事は忘れないであげてくれ」

「……わかりました」


 私が頷きながら答えていた時、弥彦さんの口から突然欠伸が漏れた。


「……魂だけの存在でも眠くなるんですね」

「いや、生きていた頃のような眠気があるわけじゃない。恐らく、姿を現せる時間の限界が近づいているのだろうね」

「なるほど……」

「というわけでマスコットの中に戻らせてもらうよ。意中の相手から貰った大切な物に初めて会ったばかりの男が宿っているのは嫌かもしれないけどね」

「いえ、そんな事はありませんよ。弥彦さんはなんとなく雰囲気が彼に似ているので、別に嫌だとは思いません」

「はは、そうか。では、これからよろしく、彦乃」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 私が頭を下げた後、弥彦さんの姿は消え、声も聞こえなくなった後に私は小さく息をついた。


「ふう……まさかこんな出会いがあるなんて思わなかった。でも、弥彦さんのためにも意中の相手を頑張って探さないと。ただ……その相手の特徴や名前を聞き忘れちゃったから、次に弥彦さんが出てこれるようになったらしっかりと聞いておかないといけないかな」


 ……そういえば、私と弥彦さんは二人とも『彦』の字が付いているけど、もしかして弥彦さんの意中の相手の名前には『織』が付いていたりするのかな。


 そんな事を考えていた時、私の頭の中にある考えが浮かんだ。


「……弥彦さんが宿っていたのは『星』のマークが付いたマスコット……そして、もしも意中の相手の名前に『織』の字が付いているとしたら……」


 ……となると、弥彦さんの意中の相手と一緒にいるのって……。


「……よし、学校に行ったら確認してみよう。もちろん、私の予想が外れてる可能性もあるけど、その時は謝りながら事情を話して協力してもらえないか頼んでみよう。たぶん、彼は──」


 その時、私は自分が“ある事”を確信しているのに気づき、それに驚くと同時に恐怖を覚えていた。


「……どうして? どうして私は彼が断らないはずだって思ったんだろう……? 彼がこんな非日常的な出来事を信じてくれない可能性だってあるのに、どうして私は彼は決して断らないだなんて……」


 いくら考えても答えは出なかった。けれど、自分がこの事に恐怖を感じている事だけはわかり、私はブルッと体を震わせた。


「……と、とりあえず眠ろう。眠らないと頭もボーッとするし、話をする時も考えがまとまらないかもしれないし……」


 自分を無理矢理納得させるように独り言ちた後、私は机の上のノートや筆記用具を片付けずに部屋の電気を消すと、そのままベッドに入って自分の中の恐怖や疑問から逃げるように目を瞑った。

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