28話 花のある日常③

「結城くんは学校どうだった?」


 さっきよりも少し神妙な声色で投げかけられた質問。聞かれるとは思っていたが、今朝の出来事を笛吹に話すか否か、ずっと悩み続けても結論はまだ出せずにいた。しかし、話さなかったことによるデメリットはパッと思い浮かばないが、話すことによって笛吹の心に影を落としてしまう危険性は想像できた。隠し事をするのは少し心苦しいがやはり伝えない方向でいこう。

 

「んー、あー……特別報告するようなことはなかったよ。いつも通り退屈な一日でした」


 少しワザとらしかったか。笛吹も目を細めてこちらをジッと見据えている。今まで気が付く機会もなかったから知らなかったがもしかしたら俺は嘘をつくのが上手くないのかもしれない。これまで隠し事をする機会自体があまりなかったから仕方がないか。

 

「何かあったって顔に書いてあるけど」

「あー……はい。誤魔化そうとしてごめん。実は——」


 結局、包み隠さず今朝教室で麻美と衝突したことを話した。とは言っても『化け物』と言われていたとか、そういう具体的なところは伏せて、起こったことだけを羅列するような形での報告だ。俺たち二人を揶揄するような噂が出回ってしまっていたこと、特に酷い発言をした麻美と言い争いのようなことをしてしまったこと。呼び出しの手紙に関しては別件として一先ず黙っておくことにした。

 笛吹は黙って聞いていたが麻美の名前が出たときに少し苦しそうな顔をした。もしかしたら何らかの確執があるのだろうか。そういえば麻美も俺のことよりも笛吹の方にヘイトを向けていた。


「それで、一触即発ってところを——名前は忘れちゃったけど、そのグループの女の子が仲裁してくれたおかげで特に問題になったりせずに済んだって感じで」


 話し終わり、恐る恐る笛吹のほうをちらりと見やると彼女は目をぱちくりさせて口も半開きだった。そうか、言葉も出ないほど呆れさせてしまったか。ちょっとしたことで激高する奴なんて幻滅だろう。

 

「もしかしたら俺がキレちゃったせいで噂はもっと拗れちゃってるかも、ごめん——え、あの……なぜ隣に」


 ソファのすぐ隣が沈み、その反動で少しだけ自分の腰が浮く。思わず仰け反りそうになる頭へ細く白い腕が伸びてきた。その手に害意がないことはすぐに分かった。自分でも驚くほど抵抗なくそれを受け入れることができた。

 

「私の為に怒ってくれてありがとね。凄く、凄く嬉しい……けど、大変だったでしょ。お疲れ様」

 

 それは全く予想だにしていなかった言葉だった。笛吹は本当に嬉しそうに眩しい笑顔で俺の頭を優しく撫で続けた。

 その笑顔を見ていると、何だか胸が苦しくなった。だがそれは甘い苦しみだ。恥ずかしさもあるが、やめてほしいとは思わない。こんなことは今まで経験したことが無かった。

 ——まさか、もしかしたら、これは恋ってやつなのか? いやそんなまさか、俺が恋愛だなんて。


「ただいま~」


 その時サキ姉の声と共にすぐ横のリビングと廊下をつなぐドアが開いた。玄関の扉の音に全く気が付かなかった。ビクっと二人そろって背筋を伸ばすとソファのスプリングが強く振動した。


 「あー、お邪魔だったわね……失礼しましたごゆっくり~おほほほほ」


 にやけ顔でもう一度ドアを閉めるサキ姉を連れ戻し、俺も笛吹も顔を真っ赤にしながら事情を説明したが何を言ってもサキ姉は悪戯っぽく「へー」とか「ほー」とか言うだけで結局弁解の余地は無かった。

 サキ姉が風呂に入っている間、また二人きりになる。なんとなく気まずい空気が流れる中で笛吹が先に口を開いた。


「さっきは急に変なことしてごめんね。先生の真似のつもりだったんだけど、イヤだったよね」

「嫌じゃない! ほんとに、なんというか……嬉しかった」

「そっっか。じゃあこれからも結城くんが大変なときはナデナデしてあげるね」

「宣言されるとなんか恥ずかしいな……」

「ぷふふっ、私結城くんの恥ずかしさのツボがよく分かんない」


 最終的にはいつもの距離感に戻っている。俺達はこれくらいの関係が丁度いいのかもしれない。

 胸に激しく響く鼓動の原動力のことは気づかないフリをすることにした。

 ——そういえば結局呼び出しの件は言ってないけど……まぁ相手も分からないしまだ言わなくてもいいか。

 

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