3話 死んで花実が咲くものか①
教室から離れるにつれ徐々に平静を取り戻し、保健室に着くころには動悸は収まっていた。
「サキ姉は……外出中か、とりあえず寝かすだけ寝かして……冷やすやつはいるよな、熱っぽいし」
養護教諭であり、従姉でもある保健室の主は不在だった。気心知れた相手のいるこの空間は学校では数少ない落ち着ける場所だ。
腕の中の笛吹は呼吸こそ多少落ち着いたが、目も開かず苦しそうに呻くばかりで、ほとんど意識は無いように見える。腕に感じる体の熱からも、相当苦しいだろうということが推察される。
「よい、しょ……っと」
「こっちも冷やした方がいいか」
ひと段落つくとさっきぶつけた腕の痛みが鮮明になり、結構な腫れになっていることを自覚した。特に手首の関節がじんじんと熱をもっている。
軽く戸棚を探すと氷嚢はすぐに見つかった。笛吹の分と自分の分、2つの氷嚢に氷を入れてベットに寝る笛吹の額に恐る恐るその一つを乗せた。彼女に咲いた花に決して当たらないように注意しながら。
改めて、綺麗だなと思う。酔芙蓉は朝から夜にかけて色が変わっていく。朝は純白で徐々にピンクの色素が濃くなっていくのだ。それが人の体から生えているというのだから『花人』という存在に神秘を感じざるを得ない。
氷の冷たさに驚いのか笛吹の体が震えた。——目が覚めただろうか。
「えーっと……大丈夫、ですか?」
「ぅぅん……」
あまり刺激しないように小声で声をかけてみるが、笛吹は苦しそうに呻くばかりでこちらの声が聞こえているのかも判断つかない。
今の笛吹がどんな状態でどんな処置が適切なのか、素人に判断できる段階は過ぎてしまった。——それに、笛吹は普通の人間ではない。今の対応が正しいのかどうかも不安だ。
とにかく養護教諭を連れてこようと歩き出したところでわずかな抵抗を感じて反射的に振り返った。すると、ベッドから伸びた手がYシャツの裾を弱々しくつまんでいた。
「——さい」
「えっ」
「——んなさい……おかあさん」
「………」
「おぃてかないで」
強く瞑った彼女の目から一筋涙が頬を流れた。
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