洗脳したくなるほど愛している
赤月 朔夜
第01話 腕輪
「リネットさん、愛しています」
ルコラスは私を抱きしめ甘く囁いた。
「私もだ。愛している」
私も彼を抱きしめ返しながら想いを告げた。
ふと彼の左手首が目に入った。彼の左手首には
息が止まりそうだった。
本来の彼は私を愛してはいない。腕輪の効果によって私を愛していると思い込んでいるだけだ。
だがそれでも私は彼のことを解放することができなかった。
やってはいけないことだと分かっていた。それでも私は彼に愛されたかった。
私がその腕輪を見つけたのは偶然だった。
久しぶりにまとまって取ることのできた連休の初日。掘り出し物の魔道具はないかと私は市場を見て回っていた。
魔道具とは魔法陣が刻まれており魔力を流すことで様々な効果を発動できる道具のことだ。
世界には迷宮と呼ばれる不思議な場所が存在している。迷宮には危険な罠があり生物、体内に魔石を持つ魔物が生息している。
その反面、宝箱があってその宝箱には様々な物が入っている。高価な物が入っていることもあり当たりを引けば一獲千金も夢ではない。
だからこそ迷宮へ挑む者は少なくないのだが、その宝箱から出てくる物には説明書など付いていない。
出てくる物も生活用品から武器まで様々で普通の道具よりも魔道具の方が高価になりやすい。
どれほど効果のある物でも使い方が分からなければ意味がない。
だから鑑定書のない迷宮産の道具は買いたたかれるわけだが、鑑定にも金銭がかかるため鑑定をせずに売り飛ばす者もいる。
そのため、ただの道具だと思って売ったら魔道具だったということが起こる。
私はそんな魔道具を探していた。
日も傾いてきたためそろそろ帰ろうかと考えている時、通りから少し外れたところに小さな露店を見つけた。
最後にここを見て終わりにしようと私はその露店に近づいた。
「……店主、この腕輪は?」
私の視線は1つの腕輪に吸い込まれた。
「お嬢さん、お目が高いですね。この腕輪はとある冒険者から買い付けた品で【イドルテア迷宮】の宝箱から出た品とのことです。綺麗な模様でしょう?」
私の視線の先にある腕輪を店主が手に取る。
腕輪の上下は銀色で縁取りされ、中央部分は黒。その黒い部分に銀色で幾何学模様が描かれている。
店主は腕輪の幾何学模様が見えるようにゆっくりと腕輪を回転させる。
店主からの説明を聞けば彼がこの腕輪について詳しく知らないことは明らかだった。
そうは言ってもこの腕輪が私の思い浮かべた魔道具であるかはまだ分からない。
見た目だけを真似た模造品であることも考えられるし、本物であったとしても魔法陣が生きているとは限らない。
「そうですね。いくらですか?」
とはいえ興味はある。値段を尋ねればそう高くはなかった。
見た目だけを真似ただけの腕輪なら少し高い気はする。少し悩んだが私は店主に言われた値段を払って腕輪を購入することにした。
本物であることを期待して買ったわけではない。模造品だとしても腕輪に刻まれた幾何学模様が美しかったので観賞用として眺めるだけでも良いと思った。
その露店には他にも気になる物があったのでいくつか購入して家へと戻った。
そして夕食を取ってから買ってきた道具の鑑定を始めることにした。
魔道具もあれば魔道具でないものもある。
魔道具の鑑定は楽しい。刻まれた魔術の解析は好奇心や探求心を満たし、解析が終わった時の達成感は癖になる。刻まれた魔法陣には刻んだ者の癖がありただ眺めているだけでも面白い。
まずは魔道具とそうでない物を分けていく。
最後に1番気になっていた幾何学模様の描かれた銀色の腕輪を調べる。
腕輪には魔法陣が刻まれていた。この時点で魔道具であることが確定した。
魔道具の見た目と刻まれた魔法陣が同じとは限らない。高い効果のある魔道具だからこそ見た目だけを模造した偽物も多く出回っていたのだろう。これまでにも何度か偽物を見てきた。
刻まれた魔法陣を調べるまで効果は分からない。
私は腕輪に刻まれた魔法陣を解析した。
結果として本物だった。
見落とした箇所はないか時間をかけて解析したものの結果は変わらない。
【レハロフの腕輪】。
今よりも高度な魔道具作成の技術を持っていたとされる【オルクロット王国】。その王国の富裕層の住居と思われる遺跡で発掘された腕輪だ。腕輪の効果は腕輪を付けた対象を洗脳できるというもの。この腕輪には洗脳以外にも防護の魔法陣も刻まれていた。
レハロフは細くて丈夫な蔦があるため「縛り付ける」という花言葉がある。そこから対象を縛り付けるという意味合いで【レハロフの腕輪】と命名されたのではないかと言われている。
腕輪の効果は強力で効果が発動している間はどのような指示であっても腕輪の装着者は指示者に従う。それこそ自らの命を無抵抗で差し出させることすら可能である。
記憶の改竄すら可能で腕輪を外しても記憶が戻ることはない。
その危険性から使用が禁じられている魔道具の1つだ。使用したことがバレたら厳罰は免れないだろう。それこそ事と次第によっては処刑されてもおかしくはない。
本来は然るべき所に事情を説明して判断を仰がなければならない魔道具だ。
しかし、手放すには惜しい。
解析する過程でどのように魔力を流せば魔法陣を起動させられるか理解してしまった。
使おうと思えば使えてしまう。
思い通りにしたい人がいる。
この腕輪を使えばそれができる。
自分の心臓の鼓動が普段よりも早く感じる。
そんなことはいけないと頭では分かっていても逆らえないほどに甘美な誘惑だった。
ずっと使うわけではない。少しだけ、満足したらその間の記憶は消して腕輪の使用を止めてしまえばいい。そうすれば何も問題ない。
そんな悪魔の囁きがどこからか聞こえた気がした。
――そして私はその悪魔の誘いに乗ってしまった。
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