ただの後輩が1日5分間だけカップルらしいことをしようと、俺に勝負を挑んできた。

彗星桜

第1話 ねぇ、先輩。カップルごっこしましょうか

 今俺の顔のすぐ前には、同じ部活ののキスを待つ顔がある。


 そいつの陶器のように白い肌はほんのりとピンク色に色づいていて、長い睫毛が揺れている。

 そして、俺はつやりとした薄い唇を見て、ごくりと唾を飲んだ。


 なぜとこんなラブコメのような展開になっているのか。

 それは数分前に遡る。


※ ※ ※


 ぱたぱたと聞きなれた足音が聞こえた。

 その足音を無視しようと思った矢先に、部室のドアが勢いよく開かれる。


「先輩!!配信のネタ見つけましたよ!」


 はぁ、はぁ、と息を乱しながら、彼女は俺にでかい声でそう告げた。


「お前はもう少し静かにドアを開けられないのか…?」


 俺は今まで昼寝に使っていたソファから身を起こし、部室に入ってきた女を睨む。


 だが、そんなの気にもとめない様子で、彼女は走ったせいで乱れた黒髪を、手ぐしで直していた。


「先輩はいつも寝すぎなんですよ。それにお前じゃなくて、私の名前は涼香夕日すずかゆうひです!」


 彼女──涼香は俺に睨み返すかのように、長い睫毛で縁取られた藍色の瞳を細める。

 だが、小柄なせいもあるのか、はたまたその顔立ちのせいか、威圧感など皆無に等しいのだが。


「はいはい、涼香さん」


 俺が呆れたように言ったその態度が不服だったのか、彼女はぷくーっと頬をふくらませた。


「バカにしてますか?」


「別に?」


「絶対してるでしょ!!!」


「それより、配信のネタってなんだ?」


 話を変えるかのように、俺は最初に涼香が持ちかけてきた話へと話題を移す。


 話題を変えた途端、涼香は何かを思い出したかのような表情を浮かべ、いきなり俺に近づいてきた。


「そうですよ!本題はそれです!我が配信部の廃部を免れる為のとっておきの企画を思いついたんです!!」



 配信部──。

 あまり聞き馴染みのある部活ではないだろう。

 俺も今までこの学校以外で聞いた事のない部活だ。


 配信部はその名の通り、配信サイトなどで配信活動を行う部活だ。


 部員は俺と涼香のたったの二人。

 だが、配信を行うとなると二人で話すのがちょうど良いというのも事実だった。


 まだ二人で配信を初めて半年ほどだが、俺たちのキャラのおかげもあり、有難いことにチャンネルの登録者数は五万人を超えていた。


 五万人。今のネットに慣れ親しんだ人達からすれば、あまり多い数字ではないのかもしれない。

 だが、何の企業にも入らずに一からこの数字まで上り詰めるのは、簡単なものでは無い。


 なんなら半年でこの数のファンを集められたという事実は、配信者としては成功してる方だと思う。



 だからこそ、俺たちはこの部活を廃部させる訳には行かない。



 たった二人のためにわざわざ学校の教室を貸すのは、学校側からしたらあまり得をする話ではない。


 だから、俺たちに部室を貸す代わりに学校側がひとつの条件を持ちかけたのだ。


 その内容は、一年で配信サイトのチャンネル登録者数を十万人にしろという内容だった。

 もちろん顔を出すのはNGだ。

 俺たちが武器に使えるのは声だけ。


 中々過酷な条件ではあるものの、俺たちはやると決めた。

 だからここまで頑張ってきたのだが、今俺たちにはひとつの難題が降りかかっていた。


 そう、今まで順調に伸びていたチャンネル登録者数が、全く伸びなくなってしまった。

 同接数も今まで千五百人ほどだったのが、半分まで低下してしまったのだ。


 このままだと廃部する!と俺と涼香は大慌てで打開の策を考えて実行していたのだが、どれも意味がなかった。


 それでずっと頭を悩ませてきた訳だが、ここまで自信ありげに涼香が言い出すのだから、きっと悪くは無い案なんだろう。と俺は少し期待していた。



「その配信のネタはですね!!」


 涼香はわざと大袈裟にそう言うと、にやりと口角を上げた。


「私と先輩が一日五分間恋人ごっこするんです!」


「は?」


 俺は心の底から、こいつはなんて馬鹿なんだろうと思った。


 いや、さすがにこの案はないだろ。

 配信のネタ考えすぎて、そろそろ頭のネジぶっ飛んだか?


「ただ恋人ごっこするんじゃないですよ!配信で!恋人ごっこするんです!!」


「正直に言わせてもらうけど、さすがにそれで登録者数が増えるとは思わないぞ」


「分かってないなぁ。ターゲットは女子ですよ!今の子達が求めてるのはリアル感なんです!」


 涼香は一息で話したせいで酸素が足りなくなったのか、空気を吸ってまた話を続ける。


「ものは試しです!一回やってダメだったらその企画は終わらせればいいだけですし!とりあえず練習しましょうか。」



 そして、話は冒頭まで至ったのだ。


 さすがにこんな流れだけでキスする訳には行かないだろ。


 俺は涼香の頭にまぁまぁの強さでげんこつを落とした。


「いったぁ!」


「お前は馬鹿か!!」


 俺はそれだけ言って、またソファへ戻ろうとしたが、制服の裾を涼香に掴まれ、不服ながらに涼香の方へと振り向いた。


「先輩。もしかして逃げる気ですか?」


 にやりとした笑顔を崩さないまま、涼香は俺に勝負でも挑むかのように言う。


 さすがに俺もこの女に腹が立ってきた。


「喧嘩売るなら、受けて立つけど?」


 売り言葉に買い言葉とはまさにこのようなことを言うのだろう。

 少しムキになって俺はそう言ってしまう。


 こんなの恋人ごっこするって言ってるようなものじゃないか!

 だが、こうなってしまった以上、俺にも意地がある。

 ここで引くわけには行かなかった。


「先輩。今受けて立つって言いましたよね?」


「言ったけど?」


「じゃあお構いなく。」


 そう涼香が言ったと思ったら、ネクタイがぐいっと引かれる。

 そして、俺の目に涼香の顔がドアップで映って、唇に柔らかなものが触れる感触がした。


「お前っ…!」


「だって恋人ごっこしてくれるんでしょ?」


 今俺の唇に触れた自分の唇を人間の姿をした小悪魔がぺろりと舐める。


「これからよろしくお願いします。先輩っ!」


 そして、このキスを境に俺と涼香の一日五分間だけのが始まった。

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