あなたの心を離さない“偽小悪魔な”あの子

あいむ

第1夜

プルルルルルルルルルル

電話が鳴っている。

着信画面を見ると、幼馴染の渚からだった。

最近妙に電話をかけてくるのだ。

今日もか、と少しめんどくさいそぶりを見せながら電話に出た。

ピッ

「もしもし。」

『あ、もしもし~。』

「今日は何の用だよ?」

『何の用だよなんて酷いな~!用がなくたって掛けたっていいでしょ~?』

「用がないなら切るぞ」

『わー--!!!!!待った待った!!!その、しゅ、宿題で分からないところがあって!』

「ふ~ん…。じゃあちょっと待ってよ。今から部屋戻るから。」

『あ、もしかして忙しかった?』

「いや、ちょうど風呂あがったところだったからさ。」

『そ、そっか。』

話しながら2階の部屋への階段を上って、自分の部屋へと向かった。

「で、どの教科?俺もまだ終わってないかもだけど。」

『う~ん…どの教科だったかなぁ…』

「…やっぱり嘘か。」

そんな気はしていたが呆れ返ってしまう。

『嘘っていうか…声が聞きたいなぁと思って掛けちゃった、みたいな?』

「なんだそれ。」

『ほら、雄介も私の声聞きたかったでしょ?』

「いや、別に?明日も学校で会えるだろ。」

『だって、電話だったら雄介独占できるじゃん?』

「独占って…」

『電話だと誰にも邪魔されなくて独占できてる気分になれるから、だから雄介に電話掛けたの…って言ったら嬉しい?』

「いや…別に…。」

『なーんだ!つまんないの!』

「本当に用がないなら切るぞ。」

『えー、待ってよ。じゃあ宿題教えて?』

「嘘じゃなかったのかよ。」

『嘘じゃないよ~。わかんない教科たくさんあるから迷っただけ!』

「あっそ。どの教科教えたらいいわけ?」

そう返しながらバサバサと机の上に今日の宿題の山を広げる。

『え~っとね~…。』

そう言いながら電話の向こう側でもバサバサと教科書やノートなどを動かしているであろう音がする。

『あ!これこれ!今日出た数学のプリントの問題なんだけどさ~。』

「数学?あー、このプリントか。」

宿題の山からガサガサと片手でプリントを引っ張り出した。

『問5がね、わかんないの。』

「問5?今日授業で習ったやつだろ。ノート見返せよ。」

『え~、見返してもわかんないよ~。ねえ、教えて?』

そうは言われても電話越しでは説明しにくい。

「ノートはちゃんととったのか?」

『とったよ~。でもわかんない!』

「まったく…。今日説明された公式はちゃんとノートに書いてるか?」

『たぶん…?どれ?』

笑みを含んだように聞いてくる。これは分かっていて聞いてきている気がすると思いながらも説明を続けた。

「二次関数の公式だよ。y=ax²とかそういう系のやつ。」

『ん~?これかなぁ?』

パラパラとめくる音とともに白々しい声が聞こえる。やはり分かってて聞いてきてるらしい。

「たぶんそれ。それ使えば解けるから。…てか、分かってて聞いてるだろ?」

『あ、バレた?』

「わかりやすすぎ。」

『えー?うまくわかんないフリしたつもりなんだけどなー!』

そう言いつつギシリときしむ音がする。ベッドに腰掛けたらしい。

「大根芝居にも程があったぞ。」

『残念。』

「なんでわざわざそんな簡単な問題すらわからないフリしたわけ?」

『だって雄介が電話切るっていうからさ。宿題教えなきゃいけないなら切れないでしょ?』

「まあ…でもそれが嘘だったら意味ないだろ。」

『嘘ってわかってても付き合ってくれるところ…好き、だよ?』

「はいはい。」

電話の時だけ妙に積極的にデレてくるが…今更小悪魔的なセリフを言われても特にときめかず流してしまう。

それにしても、最近妙にこの手の電話を渚が掛けてくる。

誰か入れ知恵でもしたのだろうか。

『もー!流すなんて酷いなー!』

「酷いも何も、本気で言ってないだろ。」

『…本気かもしれないじゃん?』

妙にしんみりした声で言ってくる。

「じゃあ本気なのかよ?」

『雄介が本気で受け取ってくれるなら、本気で言うよ。』

「なんだそれ。」

『なーんてね!それより聞いた?テニス部の先輩の話!』

「ん?なんだよ。」

『なんかね~、部室棟の裏にこっそり秘密基地みたいなの作ってたらしいよ。』

「なんだそれ。」

『休み時間とかにそこに溜まって、ジュース飲んだりカードゲームしたりしてたんだって。』

「へ~。」

『で、それが先生にバレて怒られてみたい!』

あはははと面白そうに笑っている。

『先生に、勝手に秘密基地を作るんじゃなーい!って怒られたんだって~。秘密基地なんて、小学生みたいだよね。』

「確かに、小学生の頃は友だちと空き地に秘密基地作って遊んでたなぁ。」

『雄介も秘密基地作って遊んでたんだ!』

「たぶん、みんな一度は通る道だよな。」

『秘密基地楽しいよね~!』

ってのがいいよな~。今でも憧れるわ。」

『今でも憧れるんだ~。』

「まあな。その先輩が秘密基地作りたくなった気持ちもなんかわかる。」

『へ~。私は今は秘密基地とか興味ないなぁ。』

「男のロマンかもなぁ。大人になっても秘密基地とか憧れるって言うぜ。」

『そうなの?』

「うん。テレビかなんかで言ってた。」

『へ~。じゃあまさしく男のロマンだねぇ。』

「そうだな。」

『ねえねえ、秘密基地持てるとしたら中に何置きたい?』

「うーん…漫画は絶対だな。」

『漫画?』

「いくらでも時間潰せるだろ。」

『なるほど…。他には?』

「そうだなぁ…。ジュースやお菓子は持ち込むとして…置いときたいものだろ?うーん…やっぱゲームかな。」

『カードゲーム?』

「カードゲームもだし、ゲーム機も置いときたいな。」

『へ~!楽しそう!』

「お前は絶対入れないけどな。」

『え~?なんで~?』

いかにも不服そうな声をあげる。

「そのまま入り浸りそうだから。」

『あはは、やっぱりそう思う?』

笑いながら返してくるあたり、自分でも入り浸りそうだと察していたらしい。

「まるで自分の秘密基地と言わんばかりに我が物顔で入り浸るだろうな。」

『雄介の秘密基地だったら居心地よさそうだもんね!』

「だから絶対お前は入れない。」

『ケチだなぁ。』

「俺の安息の地が脅かされるからな。」

『酷い言いようだね!』

「事実今日も電話でお前に時間取られてるだろ。」

『そんなこと言って~、本当は私と電話できて嬉しいんでしょ?』

ニマニマとしていることが容易に想像できる声色で言ってきた。

「全然。」

『え~?私は雄介と電話できて嬉しいよ?』

「お前が掛けてきたんだからそりゃそうだろうな。」

『雄介も私から電話掛かってきて嬉しかったでしょ?』

「別に。むしろ用事ないなら切るって言ったの覚えてるか?」

『も~、そっけないなぁ。』

「そっけないか?普通だろ。」

『そっけないよう!昔はあんなに可愛かったのになぁ。』

「いつの話してるんだよ。」

『幼稚園生くらい?』

「幼稚園生だったら誰でもかわいいだろ。」

『そんなことないよ。雄介が特別かわいかったと思う!』

「男でかわいいって言われても嬉しくないけどな。」

『そう?よく女子の間で男子のことかわいいって言ったりするよ?』

「全然嬉しくねえ。」

『え~。でもふとした時に見せるかわいさも魅力の一つだと思うけどなぁ。』

「そうか?だとしてもかわいいって言われても全然嬉しくないけどな。」

『え~。そうなんだ。じゃああんまり言わないようにしよ~。』

「おう、ぜひそうしてくれ。」

会話に終わりが見えたところでチラリと時計を見る。

もうずいぶん話していたような気がする。

「あ。そろそろ電話切らないと。」

気付けばもう22時だ。

『え~?もう?もうちょっと話してたいなぁ。』

「宿題まだ終わってないしな。お前もまだだろ。」

『ちぇっ。バレてたか。』

「ちゃんとやれよ。」

『はぁい。』

やる気のなさそうな返事が返ってくる。

「やってなくても明日移させてやんねえからな。」

『ケチ~!』

その返事とともにギシッときしむ音がした。ベッドから起き上がって勉強机に向かったらしい。

「じゃあな。」

『うん、また明日ね。』

そう言って電話を切った。

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