14´・1コルネリオと悪魔《11月》
「何でしょう?」
名前を呼ばれた悪魔は、にたりとする。
コルネリオはそちらに顔を向けることなくオリヴィアとロドルフォを鬼の形相で睨みつけ、さっと指差した。
「最後の願いだ! あの男、ロドルフォを救え! 刺される前の、死ぬような怪我のない、とにかく助けろ! 死なせるな!」
「はぁ!?」親友の叫びに悪魔の顔が歪んだ。「何を言っている!? 最後の願いだぞ!?」
コルネリオは悪魔の襟首を掴んだ。
「分かっている! 早くしろ! お前と俺は一勝一敗! 貴様の時間遡りでは信用できん! 今すぐ助けろ! あいつが死んだらどんな手を使ってでも貴様を滅ぼしてやる!」
「痴れ者が!!!」
悪魔はそう叫び、瞳が一瞬赤く光った。
「早くしろ!」とコルネリオは悪魔を揺さぶる。
「もう済んだ」
平静なベルヴェデーレの声に振り返ると、ロドルフォが間抜けた表情でゆっくり半身を起こしていた。それから自分で自分の胸を叩く。
「……傷が……」
奴が血まみれであることは変わらなかったが、服の破れ目からのぞく胸には傷も血も見えなかった。
なんとはなしに皆の視線がコルネリオに集まる。
「……コルネリオ様が、治したの?」
オリヴィアの掠れた声。
答えるのは沈黙だけ。
ふと気づくと、扉をダンダンと激しく叩く音がしていた。
ベルヴェデーレがそれを開く。なだれ込む衛兵たち。
半身を起こしていたロドルフォが再び前のめりに倒れ、オリヴィアが悲鳴を上げる。
それをコルネリオは睨みつけているように見える。
俺はビアッジョがアダルジーザを拘束しているのを確認すると、幼馴染に歩み寄った。そうしてその肩に静かに手をおいた。
◇◇
それから城は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
王妃暗殺未遂事件だけでも大事なのに、犯人も元王妃なのだ。
城中の衛兵、騎士が総動員となった。
ただ、ロドルフォが倒れたのは演技だった。彼の怪我はきれいになくなっていたが、服は血まみれで裂けている。彼はその不自然さを考えて一瞬の間に判断、倒れて怪我をしているフリをしたらしい。
騒ぎの混乱を利用して治療が済んだフリ、軽傷のフリをしている。なかなかの傑物だ。
オリヴィアの部屋の前にいた衛兵は助からなかった。喉を掻き切られていて、恐らく即死に近かっただろう。
アダルジーザも肘から先の両手を失くし大量出血をしたが、ビアッジョが、全てを話すまでけして死なせはしないと必死に止血したおかげで一命をとりとめた。
彼女は良くも悪くも正気を保っており、焼きごてをその美しい顔に近づけるだけで、こちらが知りたいことは全て話した。
城へ入る手引きをした協力者はいるが仲間はいないこと、侵入したのは昨晩真夜中過ぎで今日の陽が落ちるまで隠れていたこと、隠れ場所は指定されていたこと、そして標的はオリヴィア。コルネリオは隙をついたとしても殺れないから、どうしても殺りたいのならオリヴィアの後にするよう言われたたこと。
そして、手引きした者の顔はわからないが若い男で、騎士、従卒、衛兵といった職業だろうこと。
その告白を受けて、裏切り者狩りが始まった。
一方で侍女の話によると、アダルジーザは普通に部屋に入って来たという。その美貌と服装から、一瞬、どこかの貴族が遊びに来たのだと思ったそうだ。だがせの手に握られていた血まみれの剣、服についた赤い色からすぐに異変に気付いた。
だがそのとき既にアダルジーザはオリヴィアに駆け寄り剣を振り上げており、そこへロドルフォが飛び出して、刺された。
ロドルフォは、持っていないことを忘れて剣を抜こうとしてしまったらしい。その隙に刺されたという。
あとは見た通りだ。きっと殺された衛兵たちも貴族の婦人が遊びに来たと油断してしまったのだろう。
アダルジーザの尋問が進むに連れて、更に詳細な経緯が判明した。
彼女はワガーシュにより故国だった街の娼館に確かに売られ、その仕事に就いていた。
ある日やって来た客が、コルネリオと三番目の王妃の仲睦まじさを延々と話してアダルジーザを煽った挙げ句、
「王妃を暗殺したら、あなたをツヴァイの王女として我が国に迎えよう。最高級の敬意を払い、最高級のドレスに宝石、料理、あなたが望むものを全て与え、いずれは国王の正妃となっていただこう」
そう、約束したと言う。アダルジーザは即了承し、翌日、その客は彼女を娼館から逃亡させてくれたそうだ。そうして親切にもメッツォの都まで送り届けてくれたという。
その他彼女の話や、侵入した晩の様子、その他の因子から、事件の数時間後にはベニートが捕まった。となればボニファツィオもだ。
拷問好きのボニファツィオは自分が拷問されることは嫌いだったようで(といってもかなり粘ったらしいが)、全てゼクス王室の策略だったと吐いた。
ゼクスの密偵だったボニファツィオは母国に、コルネリオに弱点があるならオリヴィアと子供たちではないかと報告していたらしい。
ゼクス王室側は王室側で、次の侵略は自分の国ではないかと考えていたという。
そこでコルネリオに起因する理由でオリヴィアが暗殺されれば、コルネリオにダメージを与えられ、尚且つ隣国ノインが味方について自国に良い状況になると踏んだ。
そしてまるでその考えを後押しするかのようなタイミングで、前王妃が娼館に売られたとの情報が入った。
ノインの一行がメッツォを訪れることまでは予測していなかったらしいが、それが分かったとき、どうせなら彼らの滞在中にオリヴィアを殺そうと、急いでアダルジーザを送り込んだそうだ。
ボニファツィオの供述からゼクスの大使館も犯行に絡んでいると判明したので、そちらも急襲し、大使を含め事務員に至るまで全員を投獄した。
ノイン側は事件が起こったことについてメッツォ側に対しては寛容だった。それどころか、ゼクスに対して共闘する、と約束してくれた。
アダルジーザ、ボニファツィオ、ベニートは三日後、教会庁前の大広場で公開処刑されることが決まり、事件はスピード解決したのだった。
◇◇
だが勿論、特大の問題が別にある。
胸に致命傷を負い死にかけていたロドルフォが、どうして健康体に戻ったのか、ということだ。
ビアッジョは俺にむかってはっきりと
「疑問だらけだが、今はまず事件解決を最優先する」
と宣言し、有言実行。やはり我々の参謀は素晴らしい。
一方でコルネリオは事件の対応に追われていて説明する時間の設けようがなかった。ビアッジョにもオリヴィアにも、落ち着いたら全て話すとのことだった。
国王の腹心たる俺とビアッジョがこの件の諸々を終えて一息がつけたのは、翌日の夕方だった。ふたりで揃ってコルネリオの私室へ行くと、親友は驚くほど柔和な表情だった。
椅子に腰かけたかどうかという性急さで、
「オリヴィアには一足先に全て話した」
と言う。
親友の表情を見る限り、良い反応だったのは間違いない。
「彼女はなんだって?」
そう尋ねると奴はなんと、照れた顔をした。そんな顔はデルフィナが死んでから、見たことがない。
「最後の願いを自分のために使ってくれて、ありがとうと言って、生涯俺を愛すると誓ってくれた」
幼馴染は幸せそうな顔をする。
「ロドルフォとはお互いに、初恋の相手だそうだ。だがそれは娘時代の話で、今はオリヴィアと子供たちを大事にする俺を愛しているとさ」
「良かった」と俺。
「最高にお似合いの夫妻ですよ」とビアッジョ。
『全て』話したのだから、コルネリオが悪魔と契約していることも話したのだろう。それを知ってもなおオリヴィアは夫を愛すると言ってくれたのだと思うと、彼女はコルネリオにとって最高の妻だと言える。
正直なところ、奴がロドルフォを助けたことには度肝を抜かれた。こいつはいつだって自分を基準に物事を考えてきたのだ。例外は俺ぐらいのものだ。だけれどもしエレナが死にかけて俺が半狂乱になっても、悪魔にエレナの助けを乞うことはないだろう。
オリヴィアにとってもコルネリオは最高の夫に間違いない。
親友はビアッジョの言葉に、一瞬だけ遠い目をしたが、その後はしっかりと頷いた。そして――
「では、ビアッジョ。全てを話そう」
親友は静かにそう言って、ビアッジョは居ずまいを正した。
◇◇
口を挟むことなくコルネリオの話を聞き終えたビアッジョが最初に言ったのは、
「その『最後』の願いをオリヴィア様のために使ったのですか。私は今ほどあなたについてきて良かったと思ったことはありませんよ」
だった。
予想外の反応にコルネリオと顔を見合わせた。
「悪魔の助けなぞなくて大丈夫。あなたが世界の王になるまで、アルトゥーロと私が死なせやしませんからな」にたりとするビアッジョ。「無論、私も死にません。アルトゥーロも気をつけろよ」
「……俺は今ほどお前を格好いいと思ったことはない」
思わずそう言うとビアッジョは
「何!?」
と声を張ってから、笑った。
「私は当然のことを言ったまでなのだがな」
「ビアッジョ、アルトゥーロ、頼むぞ」
コルネリオの力強い声に、俺たちは、勿論だ、と返した。
「だが問題はベルヴェデーレだな。これでビアッジョとオリヴィアが奴の正体を知ったわけだ。嬉々として誘惑をし始めるんじゃないか?」
俺がそう言うと、幼馴染は何とも言えない顔をした。
「地獄だかどこだかに帰った」
「帰った?」
「そう。俺はつまらないそうだ。怒り心頭でな。死んだら魂をとりに来るが、それまでは好きに遊んでいろだとさ」
「ならばベルヴェデーレはもういないのか? このタイミングで姿を消すのは、面倒だな」
「いや、きっちり死んでいけと言った。それであいつは夕方、階段から落ちて首の骨を折って死んだ。遺体は葬儀屋が回収済み。明日は葬式だ。といっても中身は別の何かにすりかわっているだろうがな」
「……そうか」
かつて兄貴分だったベルヴェデーレが、消えた。
ベルヴェデーレの皮を被った奴も、それなりに面白かった。
思いもよらぬ突然の別れに、一抹の淋しさを感じる。
「……すまんな」
コルネリオの言葉に顔を上げた。
「本物のベルヴェデーレを殺したのは俺だ。あいつには巻き添えにするほどの瑕疵はなかった」
「……ですが、『その時』王妃についていた衛兵です」静かにビアッジョが言った。「あなたに殺されなかったとしても、異変に気づくのが遅れた責任はとらなければならなかった」
「そうだ」と俺。
王妃、第一王子、ふたりの女性が亡くなったのだ。ベルヴェデーレは事件後、一ヶ月の謹慎に処せられたけれど、処分が軽すぎると非難されていた。その答えが、彼は今後三年間無給・無休かつ王の盾になる、というものだった。
その条件は勿論彼が悪魔にすり変わったからだった、とコルネリオから聞いている。ベルヴェデーレが人間のままだったら、やはり相応の処罰が下された筈だ。
「ベルヴェデーレのことは、仕方ない」
続けて言う。
だがコルネリオが、あいつのことを『すまない』なんて謝るとは思わなかった。
幼馴染はだいぶ変わったようだ。
「それはともかく、あとは侍女とロドルフォをどうごまかすかですな」
「侍女は問題ないとオリヴィアが話していた。詮索しないでほしいと頼めば大丈夫、だそうだ」
事件のとき、必死に主を庇っていた彼女の姿を思い出した。あまり良く知らない女だがあの様子を見る限り、オリヴィアとは深い信頼関係があるのだろう。
「だとしたらロドルフォですね。咄嗟に怪我が消えたことを隠した本意は何か」
「あいつから内々で話したいと言われている」とコルネリオ。
「ならば今、呼びましょう」
俺も頷く。
コルネリオは、
「ベル……」
と声を張り上げ、途中で止めた。
「……しばらく不便だな」
すかさずビアッジョが立ち上がり、廊下の衛兵に声をかけに行った。
「それなりに面白い奴だった」とコルネリオ。「異常に短気でな。プライドをつついてやると、すぐむきになる」
「ああ、それは俺も思った。あれで本当に大悪魔なのか」
「さあな」
実は昨日、ほんの一瞬だけ悪魔の正体らしきものを見たような気がするのだ。
コルネリオが最後の願いを言い、それを叶えるために(多分だが)悪魔の目が赤く光ったときだ。
ベルヴェデーレに山羊のような角と蠍のような尻尾が見えた。
錯覚にしては蠍なんて、突拍子もなさすぎる。あれはあいつの本当の姿の一部なのではないだろうか。
それでもベルヴェデーレの顔でにたりと笑う様よりは、おぞましさを感じなかった。不思議なものだ。
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