ヘンタイ飼ってます

1話 事件発生!


 じゃらじゃらじゃらりと鎖の音が響く。

 窓から差し込む光に当てられて、鈍く光るその鎖のその先には赤い首輪に繋がれていて、その首輪にはポチと適当な名前が付けられていた。


 けど、ポチという名前に反して首輪を付けているそれは犬ではない。

 それは私と同じ制服を着ていて、柔らかな顔立ちで…美少女で。

 つまりは私は美少女に首輪を付けて、学校内を散歩しているのだけれど、一つだけ訂正させてほしい。


 決して、決して私自らがこうしてるわけじゃない。

 

 これはあくまで監視の一環。

 こうでもして繋いでおかないと首輪の美少女は何をしでかしたものか分からない。

 彼女の名前は百瀬ユキ。少し前までは秀才、天才、お嬢様でお姉様と、あらゆる学級から持て囃されていた天才…けどその正体はそんな皮を被った。


「変態…!」

「えへ、えへへ!!ハルちゃんもっと褒めてー?」


 侮蔑と蔑みを含んだ声で変態を罵倒する。

 けれど気持ちの悪い笑みを浮かべて百瀬ユキこと先輩は蕩けた瞳を揺らしながら、よだれを垂らして私を見つめる。


 なんでこんなことになってしまったのか?

 私は変わり果てた先輩、いや本性を曝け出した先輩を見て過去を思い返す。

 あの時、必死になって事件解決を目指さなければ…と何度も後悔する。そうすれば私はこの人を好きでいられただろうか?

 

 それは、まだ先輩が学園内で天才として名を馳せていた頃。

 そして、私こと犬飼ハルがその時に起きていた事件を解決するために学園内を駆けていた頃まで時は遡る。



 パシャリとシャッター音が鳴り響く。

 そこは女子更衣室。まだ生徒達が着替えている最中の頃、あられもない姿を写すように閃光が瞬いたことをキッカケに事件は起きた。


「女子更衣室に盗撮が出たんだってー!」

「え!?犯人は捕まったの?」

「いや、まだらしいよー?なんか証拠がないらしくて〜」

「えーこわーい!」


 ざわざわざわと噂が飛び交う。

 ここは私立の女学園、男が入り込むなんて有り得ないこの場所に置いて、盗撮事件が起きた事から不穏な空気が流れ始めていた。

 そして、それを解決するために大の男嫌いの私は犯人確保のために身を乗り出した。


「ぜっったいに許せません!!」


 だんっ!と机を殴りつけるように叩く。

 そのあまりの衝撃音に私の姉もとい生徒会長の犬飼ユリは耳を塞ぎながらも、けらけらと愉快に笑みを浮かべる。


「相変わらずの男嫌いだなぁハルは」

「当たり前です!盗撮なんて…こんなこと許せません!」


 ぐっと拳を握る。

 私、犬飼ハルは大の男嫌いで有名だった。

 昔起きた事件で男が嫌いになり、性犯罪に対して嫌悪感を表す私にとっては今回の事件はとても許せなかった。


「だからお姉ちゃん!この事件、私に任せてほしい!!」

「やる気があっていいねぇ、じゃあ任せようかなー?」


 そうして、盗撮犯確保のため私は緊迫感のない姉を無視して生徒会室を飛び出した。



「…って言ったはいいけど、どうしたものかな……」


 と言っても犯人を捕まえる手立てはない。

 猪突猛進、私の悪いところが出たなぁと反省しながら私は歩きながら作戦を考えることにする。が、考え耽っていたところで誰かとぶつかって衝撃が走った。


「きゃっ…!」

「あ、ごめんなさい!」


 聞き慣れた可愛らしい声に私は血相を変える。そして、倒れゆくその人を止めるために必死に腰へと手を伸ばした。

 難なくキャッチして、ぐぅっとこちらへと力を込めるとその人の顔が視界いっぱいに広がる。


「先輩!」


 柔らかな顔立ち、可愛いとしか例えられない、そのふわふわとしたその人は私をみて微笑む。


「ありがとハルちゃん、助かったよ〜」


 しゃらんと栗色の髪が揺れる。

 私はほっと息を吐くとすぐに頭を下げた。


「すみません!考え事をしていて…前を見てませんでした!!」

「別になんともないから大丈夫だよー?」


 ほらっ!と両手をぱっとみせて何ともないよー!とポーズを取る先輩。

 かわいい!!と率直な感想を抱きつつも私は自分の不注意で起こしたことにもう一度謝罪しようとした。


「でも!」

「大丈夫だから」


 すっと開きかけた唇に指が当たる。

 柔らかくて細い指が、私の唇を塞ぐ。


「え、わ、わわわっ!?」

「ハルちゃんは真面目だからね、これくらいしないと止まらないから」


 くすくすと小悪魔みたいに笑う先輩。

 先輩とは長い付き合いだから私の扱い方が分かっているのか、その指で唇を撫でたあと滑らすように口から離れていく。

 そして、その指は先輩の口へと移動して指の腹が先輩の唇へと当たった。


 か、間接キスっ!!


「わ、わわわっ!」

「ふふ、相変わらず反応が面白いなぁハルちゃんは!」

「か、からかわないで先輩!」

「からかい甲斐があるハルちゃんがいけないよ」


 くすくすと小さく笑うと先輩は「じゃあ私は…」と急ぐように背を向ける。

 けど、もう少し…話していたいな…。

 そう思った私は話題を探す、そして先輩が持っていた鞄に目を付けた。


「それより、まだ帰る時間じゃないですよ?その中どうしたんですか?」


 それは指定されている鞄とは違うものだった。

 その黒色の大きな鞄には何が入っているのだろうか?純粋に気になる疑問をそのまま言うと先輩は大きく肩を揺らした。


「え、えと…」

「ちょっと見せてくださいよ」


 好奇心のままにその鞄に手を伸ばす。

 けど、触れる前にすーっと遠ざかっていった。


「ごめんね、これ貴重品だから…」

「え、あぁっ!そうなんですか?そうとは知らず…ごめんなさい先輩!」

「いいのいいの、じゃあ私行くね?」


 もう一度背を向ける先輩。

 けど、思い出したようにもう一度呼び止める。

 

「あの先輩」

「ん?」

「今日、盗撮が起きたらしいんです。また起きる可能性があるので…気をつけてください!」

「それと、もし襲われそうになったらわたしが助けますから!」


 はぁはぁと息を吐きながら言いたいことを全てを吐く。

 先輩は少しだけ驚いた表情を浮かべると、いつもの優しげな笑みを浮かべて。


「うん、頼りにしてるよハルちゃん」


 そう、微笑んだ。

 


 百瀬ユキ。

 彼女は姉の親友で私が一番に尊敬する人。

 品行方正、容姿端麗、彩色顕微。

 欲しいものを欲しいままに、才能に恵まれすぎた先輩はその姿から「お嬢様」や「お姉様」と呼ばれる程の人物だ。


 そんな誰にでも好かれて、尊敬されるその人は私の憧れで初恋の人だった。


 故に、先輩のいるこの学園で盗撮事件が起きているのが許せない。

 もし先輩の一糸纏わぬ生まれたままの姿を盗み見られたとしたら私は私で居られない。

 だから…!!


「私はこの事件を解決してみせるッ!!」


 ここは寮の一室、学校も終わり夜もふけるこの時間で私は声を大にして叫んでいた。

 そんな私がうるさかったのか、ルームメイトである夢野ユカが不機嫌全開で私の足をつねる。


「いたぁ!!」

「お前まじうるさい、この堅物バカ」

「ご、ごめんよユカ…」


 夢野ユカ。

 私のルームメイトでいつも眠たげ、実際授業中も寝ているが何故か成績は上位なので誰も怒るに怒れない子。

 身だしなみに興味ないのか髪はいつも寝癖でぼさぼさ、薄緑の綺麗な髪がもったいない…と私はいつも思っている。


 そんなユカが珍しく事件について聞いてきた。


「そういえば盗撮があったんだっけ?」

「うん、最悪な事にね…」

「ハルが嫌いなやつだねー。てことはさっきのテンションはその事件を追ってるってことでおけ?」

「おけ、ただ乗り出した割にはどう動けばいいのか分からないけどねぇ…実際、私なんかより警備員に任せた方がマシだし」


 そう、現在は時間が起きた事で警備員でいっぱいだった、もう一度盗撮犯が来るとは思えない程の警備体制で再犯はあり得ないと思うのだけれど……。


「ただ…不可解な事がある」

「ほう?」


 ユカの眠たげな目が少し開く。


「一度も監視カメラに映ってないんだ」

「……そりゃ映ったらアウトだから避けるに決まってんだろ?」

「確かにそうだけど、ここの監視カメラは隠されているんだよ?何より犯人からすればここは未開の地。そんな一度の犯行で監視をすり抜けて更衣室に辿り着くなんてそれってあり得るかな?」


 言い終えるとユカは「たしかに…」と小さく頷くと確認するように口を開いた。


「じゃあつまり、これは外部の犯行じゃないって言いたいのか?」

「……そう、なんだよね」


 つまりこれは内部の犯行。

 でも、この学園に監視カメラの位置も知っている人間なんて数は絞られると思うけど、それでも犯人に辿り着けるかと言われると難しい。


「…なんかいい案はないかなユカ?」

「んーー…あ、そうだ」

「何かあるの!?」


 何かを思いついたユカに縋るよう、私は肩を思いっきり掴んでユカの小さな身体を早く言えと言わんばかりに揺らす。


「揺らすな揺らすな!!いい?作戦はこうだ」

「ごくりっ…」


「盗撮なら盗撮しちゃえばいい、つまりは深淵を覗いた時、深淵もこちらを覗いているのだ作戦だっ!!」

「……は?」

「要するに、こっちも盗撮してしまえってこった!!」


「はぁ〜〜〜!?」

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