星の輝きが悪意に満ちたら。

花沢祐介

空を見上げて思うこと

「星々の輝きは、きわめて善意的なものである」


 そんな思想はすでに過去のものとなった。


 現在地球に暮らす生命体で、夜空に浮かぶ星々の光を目にするものはほとんどいないだろう。


 文献によれば、かつて人間たちは星空をロマンチックなものとみなしていたようだが、私達にとってはにわかに信じがたい話だ。


 ★★★


「夜空を眺めているとね、星たちに命を吸われちゃうんだって」


 ある時、そんな都市伝説が流れ始めたという。


 当然だれも本気にはせず、ありふれたオカルト話(子どもが夜に出歩かないための作り話と言われていた)としか思われていなかった。


 星々が命を吸い取るという、突飛な都市伝説に感化された若者たちの間で星空キャンプが流行り始めると、少しずつ雲行きが怪しくなってゆく。


 ――急死する若者が増え出したのだ。


 人口推移データを見てみると、若者のみならず、全世代体的にその年から死亡者数が明確に増加していることがわかる。

 当時行われた調査では、死亡者は夜に出歩く機会の多い人に集中していることも判明した。


 このような異常事態を受けて、当時は与太話だと取り合わなかった人々も考えを改めざるを得なくなっていった。


 ★★★


「本当に星が命を吸っているのかもしれない」


 人間たちよりも早く深刻な影響を受けたのが、自然界に生きるものたちだった。


 野外に生きる動物、水圏で暮らす生き物、小さな虫たちにさえ被害が及び、連鎖的に植物も大きなダメージを受け始める。

 夜空のもとに生きるものは皆等しく、その生命力を奪われていった。


 こうして地球のあらゆる地域で甚大な被害が広がってゆく中、各国代表の集まる国際的な対策会議が開催された。


 原因を解明するのが先か、シェルターを作って安全を確保するのが先か。

 あるいは、どこか安全な惑星を求めて地球を脱出するべきなのか。


 様々な議論が交わされたが、結局のところ結論は学者たちの研究が進むまで先送りとなった。

(その間、日本政府は夜間の外出禁止を呼びかけていたようだ。)


 そしてある時、イギリスの学者が確証を持ってして発表する。


「夜空に浮かぶ星々は間違いなく、地球に生きる全ての動物から生命力を吸い上げています」


「この現象は、夜間のみ発生します。晴れていても、雲が空を覆っていても、夜間ならば必ずです。しかし、日中にはなぜか発生しません」


「また例外的に、植物だけは生命力こそ奪われていないようですが、このまま生態系の崩壊が進めばそう長くは持たないでしょう」


 この学者の発表をもとに世界共通の方針が決定され、私たち人類は、夜の間だけ空が覆われる開閉式のシェルターの中で生きてゆくこととなった。


 そうした情勢のなか、国力の差はやはり致命的な軋轢を生じた。

 充分な設備を用意できず、事態を静観することしか出来ない国々も多かったため、資源や領土を巡って争いが頻発したのである。


 天災にも人災にも見舞われ続けた地球は荒れに荒れ、かつての緑豊かな美しい景観は、時間とともにただただ擦り減ってゆくのだった。


 ★★★


「我々人類は、この惑星に住むものの使命として、全ての生命を保護しなくてはならない」


 長い年月をかけて行われた数々の取り組みによって、ようやく天災や人災の被害が落ち着いてきた頃、世界の代表者なる人物がそう宣誓した。


 次に人類が目指したのは、動植物の保護だった。

 現存種の保存と、人類を含めた生態系の保持、という二つの観点から決定されたそうだ。


 すでにその時点で大半の種が絶滅の危機に瀕していたが、保護の実施に反対する者もいなかったという。

(そもそも食糧問題があまりにも深刻で、そうするほかの選択肢もなかった。)


 そして宣誓から半年後「日が昇っている間に生物たちを保護(実際には捕獲だが)し、シェルター内の特別区域に収容していくことで共存を図る」計画が開始された。


 様々な苦労の末、人類は新たな形の生態系を構築することに成功し、どの生物も夜空を見ることのない世界が創り上げられたのだった。


 ★★★


「このように、星々から地球上の生物に向けて発せられる生命力吸収エネルギーを逆に利用することで発電を行っています」


「そうして蓄えた電力を使用することで、シェルターの開閉は行われているのです」


「つまり人類はいかなる時も知恵という武器を極限まで活かし、私たちの生きる現代まで……」


 ――キーンコーンカーンコーン。


「……それでは、今日はここまで。しっかりと復習しておくように」


 ――ザワザワザワザワ。


 ギーと椅子を引く音。


 ガヤガヤガヤガヤ――。


 話が小難しいので眠くなる、と学生たちの間で評判の教師による授業が終わり、欠伸あくびをしながら教室の窓の外を眺めてみる。


 そこには、いつもと変わらない青空が広がっていた。

 無機質にそびえ立つシェルターの壁がもしも視界に存在しなかったら、星々の脅威などまるで無縁と思えるほどに清々しい晴天だ。


 私たちの世代は、生まれた時からこうした世の中で生きてきたため、今の環境に疑問を抱くことは特にない。

 それに全く不自由がないわけではないが、毎日それなりに満ち足りた生活を送っている。


 ――けれども、時々。


「仲間や家族、あるいは大切な人と共に、星空を見上げるというのはどんな体験なんだろう」


 と、太陽が燦々と輝く昼間の空を見上げながら、ぼんやり思うのであった。

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星の輝きが悪意に満ちたら。 花沢祐介 @hana_no_youni

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