文学喫茶オムレット
松浦どれみ
第1話
「店長。新メニューの試作品です」
「おおっと、変わり種っぽいな」
水曜日の昼下がり。ランチタイムが終わり片付けもひと段落した『文学喫茶オムレット』では、スタッフの愛理が新メニューを考案していた。
カウンター席で一休みしている店長の藤崎に、試作品を盛り付けた皿とコーヒーを差し出す。白い陶器の皿の上では、ふわふわとしたパンケーキのような生地が厚切りのハムととろけるチーズを包み込んでいた。空いたスペースにはミニサラダもついている。
「はい。お食事オムレットです。生地はデザートオムレットよりしっかりめです。中の具はシンプルにハムチーズにしました」
「うまそうじゃん。いただきます」
藤崎が大きく開けた口へオムレットを運び一口かじる。四分の一ほど欠けたそれと、咀嚼する彼の様子を、愛理は固唾を飲んで見守っていた。このメニューが新メニューになるかどうかで、この店の今後も変わってくると思っているのだから当然だ。
「うん。うまいねえ、うん」
時折コーヒーを飲んだりサラダを食べたりしながら、五分程度で皿の上は空になった。藤崎は満足そうに口角を上げ、最後にコーヒーを口に含み、ゴクリと喉を鳴らし飲み込んだ。
「ど、どうでしょう?」
「いいね。早速メニューに加えるか!」
「はい! あ、店長メニューの名前なんですが……」
「名前?お食事オムレットじゃないの?」
いつもは自分から名前の相談なんてしない愛理の発言に、不思議に思った藤崎は軽く眉間に皺を寄せて首を傾げる。愛理は自分の行動が若干不自然なのは承知の上だったが、藤崎の鈍感さに賭け、笑って誤魔化すことにした。
「はい。お店の名前にちなんで、『ハムレット』はどうですか? ハムですし」
「ああ、ハムのオムレットで、店も『オムレット』だし『ハムレット』か。洒落てんじゃん愛理! 俺の次に」
最後の一言が不本意ではあるが、笑顔は崩さない。
「じゃあ、決まりでいいですか?」
「いいよいいよ。決まりな!」
「はい。後で
「おう、頼むな」
愛理はコーヒーを飲み切って銀行へ向かう藤崎を見送った後、身につけている黒いエプロンのポケットから急いでスマートフォンを取り出し、指先を素早く動かし、メッセージアプリを起動してメッセージを送信する。宛先はアルバイトスタッフの真白だ。
『第1段階完了。メニューにハムレット追加!』
『おつです。あとは任せてください。若干大掛かりですけど作戦はあります』
すぐに送られてきた返信を確認し、愛理はにっこりと笑い、皿とコーヒーカップを洗いカウンターの拭き掃除を始めた。
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