変化とは、常に勇気を必要とするもの。――2
サビだらけの階段は、一段上るたびにギシギシと
階段を上りきった俺は通路を奥まで進み、
「……ただいま」
まだクビになったショックから立ち直れていないのか、発した自分が驚くほど暗い声だった。
玄関で靴を脱いでいると、パタパタとスリッパを鳴らす音が聞こえ、
「お帰り、おにぃ!」
水色のワンピースの上にピンクのエプロンを羽織ったその少女は、フライ返しを手にしている。
ブラウンのミディアムヘアと、クリクリとした黒い目を持つこの少女は、小学六年生の俺の妹――
「お夕飯できてるよ。今日は牛肉が特売だったから、半年ぶりに牛丼を作ってみました!」
ニパッと優衣が笑う。
ヒマワリみたいに明るい笑顔。この笑顔を曇らせたくはない。
だから俺は、抱えている
「そっか。本当にひさしぶりだなぁ。楽しみだよ」
「けど、まずはうがいと手洗いだからね!」
「はいはい」
眉を上げ、優衣がビシッと指さしてくる。相変わらずしっかり者な妹だ。
靴を脱いだ俺は洗面所に向かい、優衣の言うとおり、しっかりとうがい・手洗いをする。
風邪予防を終えてダイニングに向かうと、俺と優衣の母親である
俺はギョッとする。
「母さん!? 起きていて大丈夫なの!?」
「お帰りなさい、真。大丈夫よ。今日は体の具合がいいから」
母さんが俺を安心させるように目を細めた。
まだ三〇代にもかかわらず、母さんの頭は
そんな母さんの姿を目にして、優衣の前では引っ込めていた憂鬱が、再び
虚弱体質の母さんは、一日のほとんどをベッドで過ごしている。働くことなんてとてもじゃないけどできない。
小学六年生の優衣ももちろん働けない。いや、仮に働けたとしても、勝地家の家事をすべてこなしてくれているのだから、これ以上働かせるわけにはいかない。
俺と優衣の父親は、母さんと離婚してから音信不通になっており、頼ることはできない。まあ、あんな父親に頼るなんて死んでもしたくないけれど。
つまり、俺たち三人家族のなかで生活費を稼げるのは、稼がなくてはいけないのは、俺なのだ。
けれど、バスタードから追い出された俺には、Eランクダンジョンを攻略する
現状でも貯金を切り
「真? 暗い顔をしているけど、大丈夫?」
悩んでいた俺は、母さんに声をかけられてハッとした。
母さんは眉を『八』の字にして、心配そうに俺を見つめている。
母さんを心配させたくない。これまでたくさん苦労をかけてきたんだ。もう、母さんにはつらい思いをさせたくない。
だから、俺は笑顔を取り
「大丈夫。なんともないよ」
「……本当?」
それでも母さんの表情は晴れなかった。俺の笑顔は
慌てて俺は嘘を重ねる。
「本当に大丈夫だよ。ダンジョン探索でちょっと疲れただけだから」
「無理はしないでね、真。ダンジョン探索は危険なんでしょう? なによりも、あなたの命が大切なんだからね?」
いまだ不安そうにしながらも、母さんはそれ以上なにも言わなかった。
もしかしたら、母さんは俺の嘘を見抜いているのかもしれない。見抜いたうえで、深く
母さんに『ありがとう』と言うべきだろうか? 『ごめんね』と言うべきだろうか? 黙っているべきだろうか? 俺にはわからない。
ただひとつ、『バスタードを追い出されたんだ』と、真実を口にしてはいけないことだけは、わかった。
ひさしぶりに優衣が作ってくれた牛丼は、しかし、味がよくわからなかった。
味わう余裕がなかったからだ。
味わうどころじゃなかったからだ。
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