第2章
生殺しのホーリーナイト
第18話
※引き続き、
十二月の中旬。
青野
期末テストから解放された二学期のロスタイムのような日々。
教室はまるでふつふつと煮える鍋のように、どこか浮ついた熱気をもっていた。
特に昼休みには、各々のグループで集まって楽しげな声が散発される。
要はみんな、冬休み、とりわけクリスマスの話題で持ち切りなのだ。
そんな教室の端っこで私は弁当を、栞は菓子パンを黙々と口に運んでいる。
一緒にいることに変わりはないけど、体育館裏に逃げたり、人目をはばかることはしなくなった。
外は寒いし、彼女とは普通の友達関係だし。
「一人暮らしはどう?」
「特に問題ない……よ」
「そっか」
「空のお弁当、おいしそう……だね!」
少し気がかりなのは、栞の語尾がとても
あと目が合うと、栞は慌てたように顔を逸らす。私は彼女の長いまつ毛を追うばかり。
外で吹いた北風が教室の窓をガタガタと揺らした。
友達としては関係が浅すぎる。数日に一回は夜に通話をしてるけど、九割無言だし。最初はそれも心地よかったはずなのに。
クリスマスに何かできないだろうか。
具体的な策が浮かばないまま日々は過ぎていく。
「
栞の名前が呼ばれるのは珍しいなと顔を上げると、クラスメイトが二人立っていた。
だから代わりに私が応える。
「さっきーといわちゃんだ。どうしたの」
「夏目の怪我が治ったし、このあと遊びにいかね? ついでに青野さんも」
「青野さん目当てですって素直に言いなさいよ、さっきー」
赤みのあるロングヘアを二つくくりにしているのがさっきー、背の低いショートヘアでたれ目なのがいわちゃん。
さっきーの調子の軽さを、いわちゃんがたしなめる。普段から息の合う二人組は、クラスカーストの外を気まぐれに飛んでいる。
だから順列から転がり落ちた私と、そもそも参加を拒否している栞にも軽く話しかけられるのだと感じた。
それはともかく、栞目当てってなに。
「遊びにって、二人で行けばいいじゃん」
「いわちゃんが青野さんと仲良くなりたいって」
「それはさっき―の方でしょ!」
二人は羽織ったカーディガンを引っ張り合って、なんだとこのやろーとじゃれ合っている。
「どうして今さら?」
「最近見てて思ったんだけどさ、夏目と青野さん、負のオーラが消えたよねぇ」
さっきーの言葉に同調するよう、隣のいわちゃんも私たちに視線を注ぐ。
普段絡むことなんかないのに、あまりにも滑らかに、私たちの変化を言い当てた。
二人とも普段から人間関係をよく見てしていて、気配りをして、それできっと二人だけの居場所を守っている。
栞が目当てといいながら、声をかけてきたのは二人の優しさだ。
ちょっと反省。
「私はいいよ。栞はどう?」
栞はパンの袋を机に置き、ぶんぶんと大きく頷いた。
普段の姿とは打って変わって、肩に力を入れたまま、ヒビの入った氷のように顔を強張らせている。唇の端がわずかに上がり、パキパキと音を立てているみたいだった。
また放課後に、と二人が去っていった後、ようやくいつもの気だるい様子に戻った。アンニュイを
「うまく笑えてた?」
「笑ってたの!?」
「じゃあ、笑ってないことにする」
今度は口元を隠し、あからさまに私から目を背けた。その頬にはわずかな赤味が差している気がした。
「なんじゃそれ」
人付き合いには我関せずの栞が、わざわざ笑おうとした。
その変化の理由をあれこれ考えているうちに帰りのホームルームは終了していた。
捻り出した結論は「いきなり話しかけられてびっくりした」の一点だけだった。
四人で学校を出てバスに乗り、繁華街を抜けた先にある複合ショッピングモールに向かう。
エントランスには巨大なクリスマスツリーが飾られ、角張ったビニールハウスにも見える吹き抜けの屋根からは浅い自然光が差していた。
モールを出た先の港湾部を含め、この一帯は格好の遊び場となっている。
そこに集う若者は立ち並ぶアパレルやグルメショップを餌にする魚群のようだ。
出発してから一言も発しない栞は、私の横についてちらちらと視線を送っていた。
「さっきー、いわちゃん、今日はどこに行くの」
「女子高生たるもの、真っ先にゴールを決めてしまったら、若さと感性が枯れちまうのさ」
「しばらく適当にぶらつきたいんだよ」
「あの!」
北館と南館、まずはどちらに行くか決めかねていると、栞が紙鉄砲を鳴らすように口を開いた。
「あんまり歩き回るのは嫌、かも、です」
三人の視線が萎縮する彼女に注がれる。
言葉尻が弱く、場の空気が嫌な凍り方をした。
「青野さんはインドアなんだね」
「さっきー、ちょっと耳かして」
いわちゃんがさっきーに何やら耳打ちをする。
栞の言葉の意図が私だけ掴めずにいて、心細い。
「何それ! ほんと? すきぴかよ~」
「さっきー抑えて抑えて」
二人分の好奇の目が向けられる、私に。
私に?
自分の顔に指をさすと、さっきーはからかうような半笑いで、いわちゃんは少し嬉しそうな顔になっていた。
「おっけー。夏目、青野さん、この先に行ってみたかったカフェがあるんだよね。今日はそこに行こう。そこだけに行こう」
前を向いた二人についていく。聞き取れないけど、今度はさっきーがいわちゃんに肘うちをしてふざけていた。
ショッピングモールを東西に素通りし、湾岸の屋外施設にたどりつく。倉庫跡地に建てられた開放感のある三層構造。
潮風は冷たいけど外は自然を感じられるから悪くない。
二階のメインストリートには、海の見える飲食店がずらりと連なっている。そこに吸い込まれていく客を見て、いわちゃんは「わかってないなあ」と鼻を鳴らした。そんな彼女にさっきーも得意げだった。
真ん中の通路から海と反対向きに一度、さらに一度曲がり、その突き当たりには一件のカフェが構えていた。
こげ茶色の看板が日の当たらない壁と同化し、遠めから見ると物置になっていてもおかしくない。控え目な白い文字で「喫茶ハマナス」と書かれていた。
「まさに隠れ家。最高、エモい」
「逆に映えるねえ」
探検家のように目を輝かせる二人に対し、栞は気まずそうに体を揺らしていた。
「栞?」
「ううん。空こそ足が治りかけなんだから、あんまり歩き回らないで」
平気と返す前に、前の二人に急かされる。
重い木の扉をくぐると、潮の香りが瞬く間にコーヒーの香りで上書きされた。
なるほど観光地に似合わぬ落ち着いた雰囲気が逆に映えるのか。
若い女性店員が私たちを出迎える。
「いらっしゃいませ~四人ですねって、しおちゃん?」
しおちゃん。
「しおちゃんはやめてください。こんにちは、花さん」
花さん?
明るく出迎える店員に対して、栞はまたも固い氷の割れるような顔を、本人曰く笑顔を作っている。
緑のエプロンに付けられたネームプレートには「浜梨 花」と書かれていた。
栞は、知らない土地で一人暮らしをしていて、一人ぼっちで、友達は私しかいなくて。
「栞ちゃん、お友達連れてきてくれたん? 偉いな、助かるわ」
んん?
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