初恋の賢者がやってきた!

熊倉恋太郎

とある雨の日、初恋の人がやってきた

「ごめん……泊めてくれない……?」


 ザッと通り雨が降った夏の夕方。

 俺の家に賢者さまがやってきた。


「急にこんなお願いをしてごめんなさい。混乱してるのはわかってるけど……」


 両手を合わせて拝むようにお願いしてくる賢者さま。


「えっと……お久しぶりです。まあその、ひとまず上がってください」


 状況がよくわからず、俺は一旦家に上がってもらうことにした。



 俺は魔道具店で働く、ごく一般的な男だ。見た目はまあ普通。良くも悪くも、だが。

 学生の頃は魔法の勉強一筋だったから、彼女がいた経験はない。


 そして、俺が出したタオルで髪を拭っているのが、俺の魔法の師匠であり国の危機を救ったこともある賢者、リルネさまだ。


 手入れのされた白に近い銀髪は、タオルで水気を取るたびにその輝きを取り戻していく。それとは対照的に水を弾く白魚のような肌に、涼しげなサマーワンピースが水を吸って重く張り付いている。


 見た目は十代そこらの女学生にしか見えないが、魔法で成長を止めているらしい。ウワサだと、実年齢は二百歳を超えているとかいないとか。


 こんな見た目を維持できるということは、攻撃魔法もとんでもないわけで。


 俺がリルネさまに教わっていた頃、突如として街に飛来してきた数百のガーゴイルの群れを、小指から出した小さな光の球で消滅させた時にはアゴが外れるかと思った。


 そんな規格外の力で、街を蹂躙しようとした魔王を撃退したリルネさまは、この街のみならず世界中で慕われている超有名人だ。


「そんなリルネさまが、どうして俺のところなんかに?」


 あらかた髪を拭い終わったタイミングで、リルネさまに質問する。


 すると、非常にバツが悪そうな顔をして、リルネさまが答えた。


「その……端的に言うとね、魔法が使えなくなったのよ」


「……は?」


「魔法を使う原理はわかるよね?」


「リルネさまに教えてもらったので……空気中に漂う魔力を固めて方向性を定め、解放するんですよね」


 こんな風に魔法は発動するものだから、内面に作用する魔法は数少ない。まあ、リルネさまほどの実力があれば、不可能なんて無いんだろうけど。


「わたしって、魔法で成長を止めたのよ。でもこの魔法に重大な欠陥が見つかったのよね……昨日」


 目線を逸らしながら、リルネさまが言う。


「実はこの魔法、使っている内に魔力を使う方向性がコレ一本に絞られちゃうようになっててね……わたし、不老魔法以外が使えなくなっちゃった」


 舌を出して「てへっ☆」とするリルネさま。


「いや大事件じゃないですか!」


「そうなんだよね〜。結構シャレにならない感じに大事件なの」


 それにしては反応が軽いリルネさまだ。


「なっちゃったものはしょうがないし、新しい人生を楽しむか〜、と思ったんだけどね。この事を国王や勇者に報告したら、わたし殺されちゃうんじゃないかなって」


 国一番の戦力が突如使い物にならなくなったなんて大事件、当然国が黙っていないだろう。もちろん、それに甘えていた国民も大慌てだ。


「最後に二つだけ魔法を使えそうだったからそれをストックして、キミの元までやってきたんだ。学校にいた時は実家暮らしだったのに一人暮らしになってて、探すの大変だったんだよ?」


「いやいや、だからってなんで俺のところなんですか」


「えへへ……知りたい?」


 見た目相応のかわいらしいイタズラっぽい笑顔で、リルネさまが言う。


 ……あの頃と変わらないな。見た目だけじゃなくて、中身も。


「お、やっぱりそう思ってくれてたんだ」


「えっと……?」


「最後に使う魔法は決めてたんだよね。片方はわたしが賢者だってわからないように見た目を変える魔法。もう一つは……」


 リルネさまがもったいぶって溜める。


 両目を瞑って、ウインクするみたいに右目だけ開き、立ち上がった。


「リ、リルネさま?」


「えいっ」


 小さな掛け声とともに、リルネさまが俺に抱きついてきた。


「キミ、わたしのこと好きでしょ」


 ぎくっ


「あ、今動揺したでしょ。今のは魔法を使わなくてもわかったよ」


「い、今のはってことは……」


「わたしが魔法を使えるようになってからずっとね、人の心を見ながら生きてきたの。できるだけ良い人と付き合いたいでしょ? まあ、色々汚いものも見てきたけど」


 どうしたら良いかわからず両手を上げている俺を、リルネさまは上目遣いで見てくる。


「学校でわたしの年齢の噂を流したのもその一環なの。こんな見た目でずっと年上だって聞いたら、人はどんな反応をするかなって」


「それで……?」


「キミだけは、この噂を聞いても変わらず好きでいてくれたの。年齢のせいで心が離れたり、逆に近づいたりもしない。ありのままのわたしを見てくれていたのが、キミだった」


 懐かしむような、それでいてどこか寂しげな様子で、リルネさまが言う。


 そして、急に笑ったかと思うと、俺をいっそう強く抱きしめた。


「その時から、好きとか嫌いとかじゃなくてキミのことが気になってたんだよね。どんなこと考えてるのかな〜、って。その後すぐ、国王に呼ばれて学校を離れちゃったけど」


「ああ、そうでしたね。あれは結構……びっくりしました」


 ふふふ、と楽しそうに笑うリルネさま。魔法を使わずに恋慕を察するのは年の功なのか、それとも俺がわかりやすいのか。


「ねえねえ。惚れた弱みでさ、わたしをこの家に住まわせてくれない?」


「それが本題ですか……」


「うん、おねがい。ほら、あの頃妄想してたみたいに朝は優しく起こしてあげるからさ」


「その辺もバレてるんですか!?」


「いや、あてずっぽうで言った。でもそっかー。そんなこと思ってくれてたんだ〜」


 ニヤニヤ笑うリルネさま。


「ああもう……昔から結構子供っぽいところありますよね」


「年齢を止めた影響で精神が肉体に引っ張られるんだよね。常に若々しいなんて、全女性の憧れじゃない?」


「でもいずれ魔法使えなくなるんですよね?」


「ソコ突かれると痛いな〜」


 俺は一つため息をつく。


 ……しょうがない。好きなものは好きだ。


「じゃあ明日、リルネさま用の寝具を買いに行きましょうか」


「やった」


 リルネさまが嬉しそうな顔をして俺から離れる。


「ちょっと残念だったかな? ……言ってくれたらいつでもぎゅ〜っとしてあげるよ」


 小悪魔みたいな表情で囁くリルネさま。


 …………これで喜ぶって、チョロいんだろうな、俺。


「えへへ、これからよろしくね」


 花のように笑うリルネさま。


 そんなこんなで、俺は好きな人と一つ屋根の下で暮らすことになった。




「……ところで、抱きついてたのって雨を俺になすりつけるためですよね?」


「あ、バレた?」

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初恋の賢者がやってきた! 熊倉恋太郎 @kumakoi0606

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