MwILi

水;雨

第1話

 裏路地の顰みはどこよりも昏く、音に飢えていた。

 漣の打ち寄せも聞こえていた。

 世界は限定されているようで、その後ろ暗い属性にも関わらず、機密性が保たれていた。

 そこは穴場スポットなのだ。

 後ろめたい連中が、決してよいとは思われない、邪な秘密のよしなしごとをいかがわしくとりおこなっているのだ。

 許されるはずもなかったが、許す必要もなかった。

 吹き溜まりであり、危険地帯でもあったが、俺は癖で髪をくるくるといじっていた。

 中性的な顔立ちである。

 セミロングのストレートヘアは、女性よりをにおわせる。

 モスクの立ち上りが香っていた。

 ブラウスにスカート、それにボディライン。

 どこにでもいそうな、凡庸さ。

 こんなところにいるほうが、場違いだ。

 いや、迷い込んだ、むしろ、誘い込まれた獲物なのだろうか。

 いっておくが精神は、というより魂───量子化された人格と記憶の情報───は男だ。

 ボディ、身体が違うのだ。

 この物語多奏世界では世界は幾重にも重なり、ぶれて、ともなって知性持つ生き物もいくつかの身体を所有できる法則が渦巻いてしまった。

 ゲーム好きな連中は残機、と呼んで、すぐ失っては次から次へと乗り換えているようだが、俺にとってみれば正気の沙汰としか思えない。

 確かに、世界にはボディがあふれている。

 気にしなければ、非人間型、犬や猫でも何でもいい。

 このリアル型世界だって、人間だけで総人口は100億を超えている。

 いつからこんな状態に移行したのかは定かではないが、最初からではなかったのは確かだ。

 きっかけとなる出来事があったはずなのだが、みんなそれを忘れてしまっている。

 誰か、高位な存在が外科手術でもするみたいに、その部分が、きれいさっぱり、なくなっているのだ。

 あるものは”忘却の刻”と命名してみた。

 わりかし無難だが堂に入ってる。

 探究は進んでいるようで、延命治療のような停滞がえんえん続いている。

 お手上げするのも時間の問題かもしれない。

 そんな過ぎ去った過去よりも、生きているものにとっては、今だ。

 今、この時、この瞬間、一挙一動が何よりも増して、命をディールするのに値するものなのだ。

 死の淵を覗くものは真を得る。


 裏路地は、背の高い建物に囲われるように、影を多く背負っていた。

 ちょうど街の喧騒から断絶され、ミュートまではいかないが、わずかばかりの雑音が籠って、不愉快さが増している。

 汚物とゴミとがまぜこぜな、悪臭とも死臭ともつかぬ呼吸を妨げる空気がまだらに漂っていたようだがすでに鼻の機能は麻痺している。

 散らばるに散らばっていた。

 いらないもの、考えなしに捨てたもの、みたくもないもの……

 そんなところに見知らぬ相手といれば、気がどうにかなってきそうてなもんだ。

 さらにもって、喉元に鋭利な刃物を皮一枚で突き付けられていられれば。

 ごくり。

 喉元を、緊張のためにたまったつばが過ぎていった。


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