恋と呼ぶ暇もなく

赤いもふもふ

恋と呼ぶ暇もなく

 ああ、私、好きなんだ。

 そう気づいたのは、卒業式の三日前。彼女が男子の告白に返事をした、その瞬間だった。


 翌朝、私は気まずさを抱えたまま登校した。

「あ、麗奈。おはよう」

 いつも通り挨拶してくるかなたに生返事を返すと、かなたは聞いて聞いてと嬉しそうに話し始めた。

「あのね、昨日私、告白されちゃった」

「……そうなの」

「あれ、なんかテンション低い?」

「そんなことないよ」

 昨日覗いていました、なんて言えないから、なんとなくごまかしながら話を聞く。

 矢継ぎ早に語るかなたが言うには、その男子は一年前の文化祭でかなたに惚れたらしく、卒業してしまうからと告白してきたらしい。

「それで、ほとんど初対面なのにOKしたの?」

「うん。だって一年も想ってくれてたなんてよくない?」

「私にはわかんないな」

 言いながら、それなら私の立場はと思い至る。何年も一緒にいて、昨日恋心に気づいた。そんな私はその男子とどっちがましなんだろう。

「でね、麗奈にも紹介したいの」

「え?」

「もう卒業まで時間ないし、麗奈には私の彼氏見てほしいんだ」

「いや、ちょっと意味わかんないんだけど」

「だって彼氏だよ、はじめての」

 ようは自慢したいということなのか、かなたは放課後空いてるよねとそのまま予定を決めてしまった。今更断る理由も思いつけなかった私は、結局放課後にかなたが彼氏を連れてくるのを、教室で待つことになった。

「ただいまー」

「おかえり、でその人が?」

「そう、真人君!」

「えっと篠田真人です、よろしく」

「ああ、三崎麗奈です」

「ふっふーん。かっこいいでしょ、真人君」

 どや顔で言うかなたから、篠田真人に目を移す。正直言って、そんなにイケメンってわけでもないし、特にこれと言ってかっこよさは感じない。

「まあ、かっこいいんじゃない」

「でしょ? うらやましい?」

「はいはい、うらやましいよ」

「ふっふーん」

 満足したかなたは、適当な椅子に掛けてスマホをいじり始める。ただこれだけのために私たちを引き合わせたのかと呆れていると、そんなかなたの性格を知らない真人はほんの少し気まずそうにする。

「ああ、気にしなくていいよ。いつもこんなだから」

「そ、そうなんだ。えっと、麗奈さんはかなたとは昔から友達なの?」

「そうだね。ずっと一緒の学校だったし」

「へえ」

 頑張って話してくれてはいるけど、やっぱり気まずい空気は晴れない。それはそうだ、友人の彼氏と二人きり、初対面で何を話せというんだ。

「真人は、かなたのどこが好きなの」

「え、どこって」

「一年も片思いだったって聞いたけど」

「そんなことまで……。そうだな、やっぱり優しそうなところかな」

「優しい……このかなたが?」

「あ、あはは。まあ思ったより自由気ままな性格みたいでびっくりしてるよ」

 何も知らないじゃん、なんて思ってもそれを言葉にはできない。なんとか話題をつないでいると、かなたはあ、と思い出したように声を出した。

「やば、私今日買い物頼まれてたんだった」

「え」

「というわけで行くね。真人、麗奈、じゃあまた明日」

 後ろ手に手を振って、かなたは教室を出ていった。残された私たちの間には、さっきより大きな気まずさだけが残る。

「えっと、じゃあ私も帰ろうかな」

「そ、そうだね、じゃあまた」

「ああ、うんまた」

 そう言って教室を出ようとしたところで、後ろから呼び止める声がかかった。

「あ、あのさ」

「なに?」

「……ううん、なんでもない。それじゃあ」

「うん」

 家に帰ってから、私はあんなのがかなたの彼氏なんだという事実に打ちのめされていた。あんなかなたのことを何も知らないやつでも、かなたの特別になれるんだというその事実が、私の胸を痛くした。


 翌日、寝不足のせいで痛い頭を押さえながら、私はかなたに挨拶をする。

「おはよう、かなた」

「あ、おはよう麗奈。昨日はごめんね」

「ああ、別にいいよ」

 いつものことだし、と付け足しそうになるのをなんとか抑える。

「そう言えば聞いた?」

「何を?」

「卒業パーティーの話」

「卒業パーティーって、なんか卒業式の後にやるやつ?」

「そうそう」

 そういえば申し込んだ気もするけど、なんとなくで行くことにしただけで何をするとかは知らない。

「なんか申し込んだ覚えはあるけど、どうかしたの?」

「卒業パーティー、なんか高級なレストランでやるらしいよ」

「へえ」

「へえって、すごくない? 高級レストランなんて行ったことないや」

「別に、そんな騒ぐことでもなくない?」

「騒ぐことだよ、どんな料理が出てくるのかな、やっぱりコース料理とかなのかな」

「卒業パーティーでコース料理はないと思うけど」

 っていうか、多分レストランも場所だけだと思う。そんなに申し込み費用高くなかったから。

「とにかく、楽しみだね」

「ああ、まあそうだね」

 嬉しそうにかなたは笑う。正直そんなに楽しみには思ってないけど、かなたが楽しめるならいいかと私はひとり思った。


 放課後になって、いつも通りかなたと帰ろうとしたところで、教室の入り口からかなたに声がかかった。

「かなた、よかったまだいた。一緒に帰らないか?」

 篠田真人、そういえばそうだ。彼氏がいる子は彼氏と帰る、私も聞いたことくらいあるし知っている。

 かなたはいいよと返事をして、真人のもとまで歩いていった。かなたと会ってから何かない限りいつも一緒だったのが、変わっていくことをどうしようもなく思い知らされる。

「ちょっと、麗奈、まだ?」

「え?」

 かなたが私にかけた声の意味が分からず、聞き返す。するとかなたはきょとんとした表情で首を傾げた。

「えって、早く準備してよ」

「準備って、え、なに?」

「早くしないと、今日帰りに商店街よりたいし」

「いや、どういうこと?」

 本当に訳が分からず、会話が何も進まない。まさかとは思うが、私を待ってたりしないよね。

「どういうことって、早く帰ろうって」

「真人と帰るんじゃないの?」

「真人とも帰るよ?」

 なに当たり前な顔をして言っているのか。となりにいる真人も状況が飲み込み切れずに顔にはてなが浮かんでいた。

「ええと、かなたは俺と麗奈さんと一緒に帰りたいってこと?」

「え? 当たり前でしょ?」

「いや、当たり前じゃないでしょ」

 そうまでいっても、かなたは態度を崩さない。仕方なく折れる形で、私はかなたと真人、恋の相手とその彼氏という最悪の人選で帰路につくことになった。


「あ、新しいの入荷してない? やった」

「かなた、あんま一人で行かないで」

 商店街で、かなたは私の静止なんて無視して歩き回る。こうなるのが分かってたから、来たくはなかったのに。

「あ、あはは」

 真人はもうから笑いしかでてこないみたいだった。ここまでかなたが自分勝手だとは思ってなかったんだろう。

「大変だよ、かなたと付き合うの」

「そう、みたいだね」

「いやになった?」

「いいや、元気があって可愛いと思うよ」

 そう言う顔には、微笑みが浮かんでいる。あのかなたに付き合える人がいるなんて、私以外で。

「不満?」

「え? なに?」

「自分以外がかなたの隣にいるの」

「は?」

 いきなりのことで、とりつくろえず聞き返す。意味が分からない。

「ずっと友達だったんだし、そういうのもあるかなって」

「ああ、別に。かなたの選んだことだし」

「そっか」

 なんだか気まずくなって、それ以降私と真人はほとんど会話をせずにかなたを追うだけとなった。


翌朝、卒業式の当日。濃くなったくまを隠して、私は登校する。

「おはよう麗奈」

「おはよう」

 一段とめかしこんだかなたに、熱くなる胸を抑え込みながら、先生の話を聞く。卒業式の段取りを話す先生を見ていると、こんな私にも覚悟ができてくる。

「これで終わりなんだ」

「そうだね、なんか感慨深いっていうのかな、こういうの」

「っ、声出てた?」

「うん」

 溢れる言葉を抑えて、私は卒業式に臨んだ。


 卒業式は、あっという間に終わった。これまでに二回も覚えのあるその進行は、鮮明で仰々しいものに感じられた。

 教室に戻って先生が解散の令を出すと、私たちは卒業パーティーに向けて動き出す。一度帰って支度をしたりするものもいる中、私とかなたは直接会場へ向かおうということになった。

「あ、真人も連れてくるね」

「え、まあ、それはそうだね」

 一瞬出かけた否定の言葉を何とか飲み込む。

「いた、真人ー」

「ん、かなた」

「卒業パーティー一緒にいこ」

「おっけ……て、麗奈さんも一緒なの」

「そりゃそうでしょ」

 どれがどうなんだと言いたいところだけど、私はいつものつっこみはしない。

 私の静止がないかなたは、いつも以上に自分の思い通りに私たちを導いていく。

「あ、そうだ。行く前にこの辺一緒に歩こうよ」

「え、なんで?」

「いろんな思い出とかさ、あったじゃん」

「思い出って……」

 私はそうだけど、真人にはほとんどないんだよ。

「じゃ、行こ」

 私たちは言われるまま、かなたに追従する。かなたは説明するように、一つ一つの思い出を語っていく。

 こうやって見ると、私は本当にかなたとばかりいたことが分かる。もしかしたら、もうずっと前から私はかなたに惹かれていたのかもしれない。

 思いかけたそれを振り払うように首を振って、私はかなたにパーティーの時間を伝える。

「そろそろ行かないと、間に合わないよ」

「そっか、そうだね。行こっか」

 そう言って、かなたはやっぱり一人ずんずんと進んでいく。私と真人はため息をつきながら追いかけるのだった。


 卒業パーティーは、案外すっと終わった。泣いてる人や騒いでる人はいたけど、私たちには比較的無縁だった。

「終わったー」

「終わったね」

 私たちは、会場から出て一緒に帰路につく。あいかわらず真人と私が一緒に付いていく意味が分からない組み合わせで。

「あ、私忘れ物したかも、ちょっと待ってて」

 言って走っていくかなたに呆れながら、伸ばした手を引っ込める。それを止めるのは、もう私の役目じゃない。

「はあ、結局かなたは変わらなかったなー」

「変わらなかった?」

「あ、声、出てた?」

 いるのを忘れかけていた真人の言葉に返事をすると、私はかなたのこの性格が昔からのものであることを伝える。

「高校卒業するころには、さすがに落ち着いてるかと思ったんだけどね」

「ああ、なるほど」

「まあ今後も付き合っていくなら頑張らないとね」

「ははは」

 つい先日あったばかりの私たちも、これだけ放っておかれれば笑い話位できるようになる。かなたのあの性格が一ミリも変容を見せなかったのは、逆にすごいのかもしれない。

「そういえば、麗奈さんさ」

「なに?」

「聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「私に? 別にいいけど」

 なにやら仰々しく聞いてくる。一言置かないといけないようなこと、あったかな。

「あの日、泣いてたのって、やっぱりかなたが好きだから?」

「……え?」

 突然のことで、何が何だか分からない。いやそんなことはかなたといると割とありがちだけど、それとは比にならないくらい訳が分からない。

「どういうこと?」

「俺、見てたんだ。俺が告白した日、陰で泣いてたの」

「は? いや、え、なに」

 混乱した頭では言葉を出せない。落ち着こうと息を吸って、入ってきた冷たい空気が現状を正しく認識させる。

「見てたって、あの日私がいるのに気づいてたってこと?」

「うん、最初はなんで泣いてるんだろうって思って、もしかしたらってくらいだったけど」

「けど?」

「かなたを見る目が、俺と同じだなって思ったから」

 最悪な状況だ。間違いなくアウトな状況。同性の友達を好きだってことを、その彼氏に気づかれた。何から言えばいいのか分からず、ただ空気だけが口から洩れる。

「言わないの? かなたに」

「……は?」

「俺は、言うべきだと思う」

「真人、何言ってるか分かってる?」

「分かってるよ、馬鹿なこと言ってる」

 言えるわけないって、一番わかってるのは真人じゃないのか。そう言いたい気持ちを押さえつけると、胸の痛みが増していく。

「でもさ、見てられなくて」

「見てられない?」

「ずっと、辛そうだから」

「辛そうって、私が?」

「ううん、かなただよ。かなたに聞かれたんだ、麗奈になにかあったか聞いてみてくれないって」

 かなたが真人にそんなことを。当然だ、私がかなたを知ってるくらいに、かなたも私を知ってるんだから。やたらと真人と二人にすると思ったら、そんなことを考えてたなんて。

「私には言えないみたいだからって、辛そうだった。このまま卒業で離れ離れになったら、かなたはきっと悲しむから、だから言ってほしい」

「……勝手に言うね、私の気持ちは無視?」

「……言わないと、きっと後悔する。恋ってそういうものだろ」

 恋、恋か。

「私のは、恋じゃない」

「え?」

 真人と会ってから、かなたは私じゃなくて真人を優先するようになった。かなたの一番は、私じゃなくなった。それでも、私はそれを止めることも、引き戻すこともできない。

「かなたは、私といる時よりも幸せそうにしてる。だからいいの」

 きっと、離れれば私のことも忘れてくれる。それでいい。

「そんなのって」

「私はもういいの、かなたも私離れしなきゃ」

 そうして、幸せになってくれれば、それでいい。私の気持なんかどうでもいい、そう思える私のこれは、きっともう恋じゃない。

「それにかなたが辛そうなら、私なんかより真人がなんとかしないと。かなたの、彼氏なんだから」

 そう言うと、真人はそれ以上何も言わなかった。私はかなたが好きだけど、これは恋じゃない。きっと、恋と呼ぶ暇もなく、私はかなたを。

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