第9話

 当たったのは柔らかい感触だった。さっきのバスケットボールみたいな痛みは、ほとんどなかった。


 たぶん人間の体に当たったのだと思う。そして、僕と激突した小さな体は、吹き飛ばされて地面に転がった。


「……イタタ……」


 イタタ? ……ああ、痛いってことか。って、そんなことを考えている場合じゃない。謝らなければ。


「ご、ごめん……」

「いえいえ」その女の子は元気よく立ち上がって、「ボクも急に飛び出して申し訳ないです」

 

 ボク……たぶんこの子は女の子だと思うのだが……まぁ一人称なんてどうでもいいか。

 

 明るそうな少女だった。おそらく後輩だろう。少し茶色っぽい髪はツインテールにまとめられている。小さめの体だが姿勢はよく、元気いっぱいに見えるので、実際の身長よりも大きく見える。


 ……この子は、見覚えがある。それにボクっ娘であることを踏まえると……


花咲はなさき、さん?」

「え? そうですけど……どうしました?」


 花咲はなさきはな。雪月風花と呼ばれる美少女の一人。そして、攻略本に掲載されているヒロインの1人。


 雪月風花と呼ばれているのだから、次に出会うのは『風』にあたる人物だと思っていた。今まで出会った順番が『雪海ゆきみさん→月影つきかげさん』だったからだ。しかし出会う順番は、あくまでも僕の行動次第らしい。


「先輩? おーい」

 

 硬直する僕に対して、花咲はなさきさんは手を振る。生存確認だろう。


 ……なんて返答すればよいのだろう……もっとしっかりと攻略本を読み込んでおくんだった。そうすれば、きっと好感度を上げることができたのに。


「先輩?」花咲はなさきさんの声音が、本気で心配するものに変わる。「……大丈夫ですか?」

「あ……えっと……」


 返答に迷った瞬間、少しだけ覚えていた攻略本の中身が思い出された。断片的にしか思い出せなかったけれど。


 ◆



選択肢A ????

選択肢B 「あんまりキミがキレイだったから、見とれてしまったよ」

選択肢C 「あー! 肩が外れちゃったよ……慰謝料をもらわないとなぁ……」

選択肢D 土下座して地面を舐める



 ◆


 ネタ選択肢しか覚えてない。なんて役に立たない記憶力なんだ。こんな選択肢選んでも好感度が上がるわけもない。

 というか選択肢C……土下座するまでは百歩譲ってわかるが、地面を舐める理由がわからない。


 ……この中で好感度が上がりそうなのは選択肢Bだけれど……こんな甘い言葉を吐く度胸はない。せめて選択肢Aが思い出せればいいのだが……


「……?」


 いつまで経っても返答をしない僕に、花咲はなさきさんは首を傾げる。そりゃそうだろう。僕だって自分のコミュニケーション能力のなさに驚いているのだから。


「……あの……先輩?」花咲はなさきさんはいよいよ困り果てて、「と、とりあえずボク、行きますね。ぶつかってすいませんでした」


 ペコリと頭を下げて、花咲はなさきさんはその場をあとにした。


 ……とにかく、これで僕は雪月風花の4人のうち、3人と出会ったことになる。


 それにしても……僕のコミュニケーション能力低すぎだろう。

 最初の雪海ゆきみさんのときは、攻略本の内容を覚えていたから会話ができた。そして、次の月影つきかげさんのときは、ある程度攻略本の内容を覚えていた。だから、ある程度会話ができた。

 そして今回……花咲はなさきさんとの会話……見るも無惨なものだった。会話らしい会話は1つもできず、変なやつだと思われたことだろう。


 ……本当に情けない男だな僕は……

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