第四十四話

◇◇◇宮地日葵


 帰り道でのことです。

 頼方様へ帰着の報告と復命をすべく、お越しいただきたい旨を伝えるため水野さんの屋敷へ行こうかと政信さんと話していると、三左さんがそれならもう伝えたぜとドヤ顔で報告してきました。


 天狗村で政信さんが推察していたように、村人を各地に放って情報網を構築しているのは間違いないようです。

 本当にこの偏屈爺は有能ですけど、いけすかないじいさんです。


 しかし、お陰で各自の屋敷にそのまま戻れる事になりました。

 さすがに旅の終わりは疲れを感じるものですね。帰り道はそこまで感じませんでしたが、家に帰れると思うとじんわりと疲労を感じるようになりました。

 偏屈爺さんは山波屋敷に押し付けました。うちに来られるのはちょっとあれですし。


 伝言をしてから山波屋敷により方様がお越しになるまでの時間差があるので、一度別れて自宅で休むことになりました。

 夕餉前の時間に再度集合です。


「山波政信、宮地日葵 両名無事帰着しました」

「よく無事に帰ってくれた」


「これなる者が忍びの棟梁 風羽の三左と申す者にございます」


 三左さん、さすがに頼方様の威光に気圧されたようです。

 今までの舐め腐った態度は消え去り、頭を下げ畏まっています。その姿勢から微動だにしません。

 かといって三左さんが口を開かないのは緊張のせいではないはずです。

 おそらく、立場を慮って直答しないようにしているのでしょう。


 流石に頼方様の性格までは調べられなかったようですね。頼方様ならそんなこと気にせず、いつものように話した方が気に入ってもらえると思いますよ。


「かしこまるな。三左。楽にして良い」

「はっ。ありがたきお言葉。忍びのような下賤な者に同じ座敷に同席させていただくばかりか座布団まで。しかし我ら忍びの者など庭先で充分にございます。ご尊顔を拝謁する事さえ恐れ多いのです。命じてさえ頂ければ、どのような任務も厭いませぬ」


 三左さんは普段の様子からは思いもよらない態度。折り目正しく控える姿は武士そのもの。いえ、武士より礼法を弁えているようです。

 長い間、主君を持たず逼塞して世情の情報を集める日々。

 私なんかが想像もつかないのですが、日の目を見る事を夢見て、もしくは仕えるべきき主君に求められるのを夢見て逼塞して暮らしていたのじゃないかと思ってしまうのです。

 それほどに三左さんの態度は、丁寧に、そして頼方様との関係を大切にしている事が見て取れます。


「自分が求められる仕事を全うできるのは素晴らしい事だな。だがな、三左よ。生まれだけで決まる人の貴賤など如何程のものか。俺はお前の才に惚れてるよ。それ以外の事は気にするな」

「ありがたき幸せ。頼方様の器量の大きさに感服しております。しかし我らの技能をお見せした訳ではございません。少々過分なお言葉かと」


 実際見た側からすれば過分ではないですね。こればっかりは癪ですけど。まあ、これは政信さんも同意見でしょう。我ら庭番の人間であれば忍びのような事もたやすいかと思っておりましたが、本物の忍者と比べれば、幼子と大人程の差を感じました。


「そんな事はない。政信が優秀な忍びだと言っていた。それで充分だ」

「山波様へのご信頼羨ましゅうございます」


 信頼ですか。大人っぽい考えですね。私は頼方様に信頼されているのでしょうか。


「信頼は築くものだ。これから良い仕事をして築けば良い。それより聞いているぞ。普段はもっと人を食ったような話し方だそうだな。元に戻しても良いぞ」

「友や同僚ならいざしらず、御主君に対してそのような言葉遣いなど出来ませぬ」

「俺には友が少ないから、それでも嬉しいのだがな」


 頼方様お優しいのに、ぼっちさんなのですね。偉い方はそうなんでしょうか。


「流石にそれはご容赦を」

「まあいいさ。三左、お主に忍び衆の育成を命じる。庭番の部屋住みから見込みのある者を選び出し育てよ。やり方は任せる。金が必要ならまさのぶに相談せよ」


「承知」

「政信、それで良いな」

「はい。よろしいかと」


「日葵殿、お待たせいたした。女子の身でありながら長旅ご苦労であったな。しかも中々の活躍だったようだしな。政信の手助けをしてくれて助かった」

「いえいえ。とても良い経験となりました。高野山もこの目で見る事ができ大変幸せでした」  


 私たちのような貧乏人が働きもせず、大手を振って出かけられたのは、頼方様の任務があったからこそ。それも高野山という神聖な場所というおまけ付き。いわゆる伊勢参りのような紀州の者にとって羨ましがられる旅でした。日当も貰えますから家にも迷惑を掛けず、寝食も頼方様持ちで、旅は快適、楽しみしかありませんでした。


「そうか。何か褒美でもと思ったが、どうかな。団子とかが良いかな?」


 ご褒美ですと?! これはあれですね! お団子……じゃなくて、忍者修業を求めちゃっていいんですよね! お団子は頑張れば自分で買えますが、忍術を教わるのは、頼方様の許可が必要です。


「それはとても心が惹かれるのですが……褒美を頂けるのであれば、私にも忍術修行を受けさせて貰えませんか?」

「もちろん良いぞ。なんせ、日葵殿が手柄筆頭だからな。せっかくだ。団子も付けてやろう」


 優しい! 好きです! 頼方様! 胸が高鳴ります。調子乗っちゃっていいですかね? いやいや、ここは冷静にならねば。落ち着くのです。

 交渉は大きく出て小さな要求を通す。これが鉄則です。


「最高です! お団子は一年分ですか?!」

「流石にそれでは、政信の給金を超えてしまうよ。そうだな。旅の日数分でどうだ?」


「ありがとうございます! 冗談だったのですけど、頼方様のそういうお優しい所、好きです!」

「ははは!それは嬉しいな。そういえば麩饅頭は食えたのか?」


「あ〜!! 麩饅頭たべそこねました!!!」


 こんな感じで私の忍者探しの旅が終わりました。これからお花売りに忍術修行、忙しくなりそうですね!

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