幼少期編 第十五話

四日目

 朝、昨日とは違い、いつものように起きられた。水野も丁度起きたようで揃って顔を洗いに外へ出た。


 田野が地べたに平伏している。なぜだ? いや、いつからだ? 面喰ってしまって、なんと声をかけてよいかわからぬ。


「若君様におかれましては、ご健勝のこととお見受けいたし、某、感に堪えませぬ! 不肖、田野めが身の回りのお世話をさせていただきたく! 水汲み火起こしなんでもご命じくだされ!」


 皆起きだす時間とはいえ、朝方からずいぶん大きな声で挨拶してくる。朝起きた人間にご健勝っていうんだっけ。


「身の回りのことは自分でできるので大丈夫で……」

「さすがは若君様!殿のご子息様ともあれば何もせずとも良いものを」


 大げさなうえに話を遮ってまでいう事か?身分を明かしてから、やけに下手に出てくる。権力に弱いタイプか後ろめたいことでもあるのか。はたまた、その両方か。

 加納屋敷に居たころによく見た信用できない大人の典型的な人物に当てはまるように思え、少し警戒する。


「準備を終えましたらお声がけしますので、田野様のお仕事ぶりを拝見させてください。それに私は郡代としても未熟ですから田野様のお話をお聞きできれば助かります」

「お任せくだされ! こうみえても某は城内でも評判の代官だと自負しております。代官に任じられて十年の経験は伊達ではありませぬぞ! 昨秋の税の徴収も例年より多く郡代の宮川様にお褒め頂いたものです!」


「……頼りになりますね。では、後ほど、よろしくお願いいたします。」


「おい! 治右衛門。郡代様がお見えだ。作業を辞めさせて村人全員集めよ!」

 視察の同行が開始したとたんにこれだ。これでは視察にならぬし、俺は見習とはいえ郡代として、日ごろの様子を把握するべく来ている。農作業の手を止めて挨拶などいらん。


「田野殿、何もそこまでしなくても……」


「聞いたか治右衛門! 郡代様のご厚情により作業はやめずともよいと仰せだ! 郡代様に感謝せい!」


 無理に呼びつけておいて、来なくてよくなると感謝せいって、どういう思考回路をしているのか。そもそも田野はなぜこんなに威張り散らしているのだろうか。余計な事ばかりで視察どころではない。本当に疲れる。


 そして村名主も口答えもせず唯々諾々と従っているのも気になる。

 これは村人から直接聞かねば、正確な状況をつかめないだろう。


 田野は、妨害するために意識的にやっているのだろうか。仮に無意識でやっていたとしても、どちらにせよたちが悪い。なぜこいつが代官として評価されるのか不思議でしょうがなかった。


「田野殿の職務において一番大切なのは、小検見ですよね?」

「さすが若様! よくご存じで。われら代官は収穫前に担当の村々をめぐり、名主の取りまとめた生産量見込みを確認し、坪刈などを持って真偽のほどを確認するのです。なんせ某は優秀な代官ですからな! 村民どもの浅はかな隠し事など暴き立てきっちり税を徴収しておりますぞ。その時期にお越し頂ければ、某の神眼をお見せしましょう!」


「ははは……、楽しみにしております」

「ぜひとも!某も楽しみにしております。某が、こう、名主の顔を読み取り嘘偽りないか、一睨みすれば震えあがるものです。そうしたら、しめたもの。洗いざらい吐かせて予定より多く税を納めさせるのです。こう見えても某は優しい男ゆえ、冬を越せる分くらいは、目こぼししてやりますわ。農民など生かさず殺さず、この辺りが代官職の妙ですな!」


「……勉強になります」

「ぶははは!某のような優秀な代官に巡り合えて幸運でしたな」

 田野、笑い方まで個性的だな。


「……小検見では村全体の納税額を決めるのみで、村内の割り振りは名主の役割なんですよね?」

「さよう!だれがどれだけ負担するかは名主の権限になる。ある程度、作柄や田畑の等級で順当に割り振るようです。しかし儂ほどの代官であれば、名主に助言をすることもありますな!」


「それはどういった場合でしょうか」

「なに、村民どもには、碌に挨拶もせん奴や菜の提供を出し渋るやつがおる。そんな不届き者を名主にそれとなく伝えるだけじゃ」


「挨拶はどもかく、それは賄賂を要求しているという事では?」

「とんでもない!某は清廉潔白の身。賄賂などとは考えたこともございませぬ!」


 こいつどこまで本気なんだ。得意げに話していたから悪気はないのだろうか。ただ話しているうちに気が大きくなって喋ってしまったともとれるが。気が大きくなると言葉遣いも荒くなってきていたし、最初の時のような感じが地なのではないだろうか。

 そうなると農民を虐げるのに抵抗がないタイプになる。こいつは黒だな。



 その夜、田野の話だけでは大きく偏りがあったので名主や村民に話を聞くべく屋敷を抜け出した。まずは名主の家へ。おそらくあの二番目に大きな家だろう。


 コツ、コツ。戸を叩く。誰も出てこない。それなりに大きな家なので聞こえないのだろうか。


「ごめん!お聞きしたいことがあり、少々お時間を頂きたい」

「なんじゃ、うるさい。名主はおらぬぞ!まったく、せっかく気分よく酒を飲んでいたというに」


 こいつ、野宿でも構わないといって俺らに屋敷を譲ったくせに、名主の家に押しかけ自分の寝床にしたか。あまつさえ家主を追い出すとは。


 それであれば俺らが、どこぞの空き家で寝泊まりすればよかったものを。田野、やはりお前は信用ならん。

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