フリーホラーゲーム[ブラッディ・赤ずきん]

 カタカタ、カタカタとキーボードが叩かれる。

 カチカチ、カチカチとマウスがクリックされる。

 とあるマンションの一室。そこに一人の眼鏡をかけた女がいた。部屋の内装は一般的な女性の部屋というべきか。人形がちょこちょこあり、パソコンの近くに寝台、机にテレビと家具もそこそこで、カーテンは閉め切っていて薄い朝の日差しが入ってきている。

 そんな中で彼女はパソコンに向かい、何かをプログラミングしているようだ。

 データの大地を作り、データの木々や草花を配置し、データのキャラクターを配置する。

 音楽をつけ、正常にキャラクターたちが動くことを確認し。


「完成! 長かった……あー疲れたぁ」


 女はぐいぃと背伸びをして、何時間もパソコンに向かっていた体をほぐす。


「でも、今日できたこのゲームは最高の出来ね。さっすが私」


 そう自画自賛しつつ、誰にテストプレイしてもらおうかなと考えながら、彼女はスマホを起動し、Rainアプリを立ち上げた。そして、思いついた相手の画像をタップして、こう打った。


[やっほー、八重子。安奈だよ~。実はさ、この間言ってたゲームが完成したんだよ。で、その最初のプレイヤーとして、八重子にプレイしてもらいたいな~って思ったんだ。だから、次の休みに私の部屋に来てよ。待ってるからね~]


 鼻歌など歌いながら、女……安奈は八重子にRainを送る。そしてパソコンにゲームを保存した。

 そして、八重子が来るまで、貯めてたDVDの映画でも見ようかな……と思っていた時だった。安奈が微かに異臭を感じたのは。

 何やら、磯の香りを腐らせたかのような気持ちの悪い匂いと、さび付いた嫌な臭い。

 ゾクッと、背筋に嫌な冷たさが流れた。全身の鳥肌が立ち、軽い震えが襲って来る。

 そして感じた。今、後ろに何かがいると。

 その後ろにいる何かが、安奈に向かい語り掛けてきた。


「私の事、弄んで楽しかった?」


◇◇


 ゆっくりと、落ちていた瞼を開ける。どうやら、朝のようだ。

 閉められたカーテンの下から入る朝日が、窓辺をきれいに照らしている。

 かなり眠気でけだるいのは、昨日の仕事が忙しかったからだろう。だが、それは昨日の事。今日は休みだ。暇を楽しみたい。

 こういう風に、眠気のけだるさに任せて瞼を再び閉じるのも心地よくて……


 ピロン!


 閉じようと思っていたのに通知音が鳴る。どうやら、Rainが誰かから飛んできたようだ。私は先日のメリーさん事件の様にならないよう、気を付けて名前を見る。

 Rainの相手は安奈のようだ。彼女は私の大学からの友人で、フリーゲームを作るのが趣味の人だ。最近も私の変わった体験というか、夢を話したら食いついてきた。なんでも最近ネタが不足しているらしい。

 さて、そんな安奈が朝一番に連絡してくる理由。それについては心当たりがある。

 多分、彼女が作っているフリーゲームのテスターをやってほしいといった所だろう。

 どうやら、2件のRainが飛んできているようだ。

 最初の文章を見ると。


[やっほー、八重子。安奈だよ~。実はさ、この間言ってたゲームが完成したんだよ。で、その最初のプレイヤーとして、八重子にプレイしてもらいたいな~って思ったんだ。だから、次の休みに私の部屋に来てよ。待ってるからね~]


 なんて書かれていた。まあ、ちょうど今日は休みだ。友人のゲームを出来立て一番に遊ばせてもらえるなら、遊ばせてもらおうじゃないか。

 そう思いながら、次の文章を見てギョッとした。


[たすけて]


 助けて。そのひらがなの単語だけのRain。私は急ぎ身支度を整えて安奈のアパートの部屋へと向かった。

 彼女はドッキリなんて仕掛ける性格じゃないし、本当に助けが欲しいからあんな単語だけを送ってきたのだとわかる。

 しかも、ゲームの製作で助けて。という意味じゃなさそうだ。

 あぁ、無事でいてほしい。警察には軽率に連絡できないが、それも視野に入れつつ電車に揺られる。そして少々高くつきそうだが、タクシーを使って彼女のアパートへ。なお、運転手さんは黒い人型じゃなく普通の人だ。

 安奈の部屋の前に到着すれば、呼び鈴を鳴らし、彼女の名を呼ぶ。

 一回、二回、三回……だが反応はない。Rainにも呼び掛けてみるが無反応だ。既読すらつかない。

 ドアノブを握ってみる。嫌に冷たい金属の感触を手のひらに感じながらゆっくりと回すと、なんと鍵が開いているではないか。

 まさか、泥棒に入られたのかと思って意を決し飛び込むと……部屋の中には誰もいなかった。

 だが嫌な気配を感じる。なんというか、匂いと、空気の重さ。

 最近、何か嫌な事件が起こるたびに感じる、磯の匂いを嫌な感じにしたかのような臭いがこの部屋からするのだ。あと、血のような錆びた臭いも微かに。

 そして、なんというか空気が重い。空気がいつも以上に重さをもっているような、そんな異様な感覚がする。

 臭いや感覚は、部屋の真ん中に置かれた机の上のパソコンに近づくにつれ強くなっていく気がした。

 ゆっくりと、私はパソコンに近づいていく。

 パソコンの画面を見ると、そこには彼女が作っていたゲームの画面だろうか。「ブラッディ・赤ずきん」という文字と、スタートなどのアイコンが。

 触りたくない、関わりたくない。そう思う一方。

 安奈が危機に瀕してると思うと、何とかしなければ。そう思うくらいには、安奈のことは友人だと思っている。

 ゆっくりと瞼を閉じる。息を大きく吸う。吐く。

 そして瞼を開き、マウスに触れようとした時だ。

 マウスカーソルが動き、スタートのアイコンが選ばれる。

 しかし私はまだ、マウスに触ってもいない。

 何故。そう思っていると、デスクトップ型のパソコンの画面から、赤い液体が流れてきた。臭いからしてまさに血のようだ。

 これ以上なく気持ち悪い。生理的嫌悪感がひどい。だが、安奈が助けを求めてるんだと自分を鼓舞して、マウスに触る。

 すると、画面が赤く発光し始めた。目に悪そうな光で、とても眩しい。

 光はどんどん強くなっていき、私の意識がその血のような赤に浸食されていくのが分かった。

 不味い!

 そう思ったのを最後に、私の意識は暗転した。


◇◇


 はっと気が付けば、一面が赤い世界。そこに私は立っていた。

 ひどく錆び臭いというか、濃厚な血の臭いがする。

 足を動かそうとすると、ネチャ……とねばついた音がする。どうやら足元に広がってるのは、まさに血のようだ。

 そうだ、安奈は?

 そう思い、周囲を見渡す。ここがどこかよりも、彼女の無事を確認することが先決だ。

 彼女はすぐに見つかった。私から少し離れた場所で、血の床の上に倒れている。

 急ぎ彼女に駆け寄る。足元がグチュグチュ鳴り、ひどく気持ち悪い空気を一杯吸うことになり、生理的な吐き気がひどいが、それを飲み込む。

 彼女の傍に座り、そっと抱きかかえる。息はあるようだが、床の血にまみれていて、ケガをしているか等の確認ができない。

 声をかけてみると、瞼はピクリと動くが意識が覚醒にまでは至らないようだ。

 一体彼女に何が起こったというの?

 そう思っていると、後ろに嫌な気配を感じた。粘つくような視線。

 振り返ると、そこには赤い頭巾をかぶった少女が立っていた。

 非常に可愛らしく、お人形さんのような顔つきだが、周囲の雰囲気から今の彼女に感じるのは不気味さだけ。

 赤ずきんの少女は口を開く。


「あなたは、その女の知り合い?」

「ええ、友人よ。あなたは誰」


 誰という言葉を聞いた瞬間、彼女はケタケタと、不気味に大きな口を開け笑う。


「私がだれかですって? 見てわからない? 赤ずきんの少女よ」

「赤ずきんの少女……あの、童話の?」


 その言葉に、彼女は笑いをやめ睨んできた。背筋の凍るような憎しみのこもった視線が突き刺さる。


「違うわ。私は赤ずきんの少女。だけど、童話に出てくるあの幸せな赤ずきんの少女じゃないわ」

「ど、どういう意味」

「あなた、赤ずきんの少女を何人知ってる?」


 その質問の意図が理解できず、きょとんとしてしまう。それを見てイラついたのか、彼女は片手を出す。すると床の血が波のように襲ってきて、私は血まみれになってしまった。


「ふん! 赤ずきんの少女。それは、優しいおばあちゃんと、悪賢い狼と、優しい猟師さんと、純粋な赤ずきんちゃんの物語……でも。赤ずきんの少女の物語は、有名になりすぎた」


彼女が言葉を吐き出す度に、その足元の血が波打つ。まるで彼女の怒りに反応してるかのようだ。


「いろんな創作の赤ずきんの少女がいるわ。狼に恋するとてもとても優しい赤ずきんちゃんや、おばあちゃんを憎み、殺そうとする残酷な赤ずきんちゃんや……そして、私」


 彼女は安奈を睨み、指をさした。


「私は、その女の作ったゲーム[ブラッディ・赤ずきん]の主人公。赤ずきんの少女よ」


 そう吐き捨てるように言った。それを聞いて驚きつつも大きな疑問が浮かぶ。


「あなたはゲームの登場キャラなの? なら、なんで安奈をこんな世界に。あなたは安奈に作られたんじゃ」

「はっ! あなた、この世界をこんな世界といったわね。私もそう思うわ。こんな血まみれの世界は無いほうがいい。でもね、この世界を作ったのはその女よ」

「……っえ?」

「その女が作り、大多数の人間が遊ぶために作られたのがこの血まみれの世界。こんな世界に私は作られたのよ! ひどいわ、ひどすぎるわよ! なんで、私が何をしたっていうのよ!」


 彼女が怒りをまき散らす言葉を吐き始めると同時に、彼女の足元の血が盛り上がってきて、狼の姿になる。その数は5体。


「私だって、優しいおばあちゃんにお菓子を届ける赤ずきんでありたかった! 狼さんに意地悪されながらも、猟師さんに助けられる、そんなヒロインでありたかった! なのに、なのに!」


 血の狼はじりじりと私たちに近づいてくる。私は、安奈を抱えながら後ずさりつつ、ただ震える。

 狼も怖いが、ここまでの怒りをぶつけられる経験なんてなかった。ここまで悲しくて、ここまで憎しみにまみれた言葉があるのかと思った。


「私の母親は私を憎み、森に追放しようとした! 狼は、私を八つ裂きにしようと追いかけてくる! 猟師とおばあちゃんは結託して私を売りはらおうと……こんな世界を作ったのはその女だ! だからその女にも体験させてやるのさ! 私の辛さをね!」


 狼が掴みかかってきた。振りほどこうとするが、すごい力だ。すぐに、安奈と引きはがされてしまう。

 不味い、あの赤ずきんの少女は安奈を八つ裂きにする気だ。

 だが、どうにもできない。私を八つ裂きにする気は今はないようだが、私も狼につかまっている。


「助けて。誰か……」


 きゅっと、目をつむり、そう呟く。

 だが無情にも、血の狼は安奈に噛みつこうと……


◇◇


 その時、不思議なことが起こった。

 パァン!と、世界が輝きだしたのだ。

 そして赤一色だった世界が輝いた後に色を失いだす。

 そして、真っ白になったかと思うと……気が付けば、周囲は木々や草花生える、穏やかな森になっていた。

 私は、一体何が起こったのか全く理解ができなかった。ただ、それは相手も同じようだ。

 ただ一つ、事実なのは、私たちは急に血まみれの世界から、森の中に来てしまったという事だ。


「な。こ、これは?」


 赤ずきんの少女と私が困惑して周囲を見まわしていると、近くに一軒の家を見つける。

 その家から漂うのは、腐った磯の香りでも、血の錆び臭い匂いでもない。とても甘く、とても安心できる穏やかな匂い。

 その家の方からやってきたのは、一人の老婆と一人の青年。青年のほうは、私を何度も助けてくれた旅人さんだ。

 見知った顔を見たら、心底安心して腰が砕けてしまった気分になる。だけど何で?

 そんな私をよそに、怒り心頭な赤ずきんの少女は二人を睨む。


「誰よ、あんたたち!」

「私かい? 私はただの魔女さ。お菓子の家の魔女。といえば、そっちのお嬢ちゃんにはわかるかい?」


 私はびっくりしつつ、幼いころ読んだ童話の記憶を引っ張り出す。確か、双子が迷い込む話の……?


「で、俺は君たちをあの血だらけの世界からこの世界まで連れてきた、旅人さ」

「ふぅん? で、何の用よ! 私はこの女に」

「復讐するつもり。なんだろうけどねぇ、もうあなたにゃ無理な話さ」


 魔女は優しい笑顔で、赤ずきんの少女を見ている。

 それに困惑した赤ずきんの少女は後ずさりする。


「ど、どういう意味」

「あんたは、もうブラッディ・赤ずきんの登場人物じゃないってことだよ、赤い頭巾のお嬢ちゃん」


 その言葉に、目を見開く赤ずきんの少女。理解が追い付かないのか、ふらりと尻もちをついて倒れこんだ。


「えっと、その……どういうことでしょうか?」


 そんな私も理解がおいつかないので二人に質問した。


「あぁ、さっき旅人のぼうやがお嬢ちゃんの世界に行って、パソコンとやらからブラッディ・赤ずきんのデータ……と言うのかねぇ、それを消したのさ」

「わ、私の世界を、消した……?」

「そうだよ。君たち三人をこの世界に避難させてね」

「じゃあ、ブラッディ・赤ずきんは」

「もう存在しないゲームだ。だから赤ずきんの少女さん。もう君が誰かに襲われたり、憎まれたり、捨てられることはないんだよ」

「あ、あはは。おかしいな。嬉しい、のに、涙が」


 赤ずきんの少女が、呆然と涙を流す。それをみて、魔女が近づき、優しく撫でてやっていた。


「よしよし、まだ、感情が整理できてないんだね」

「でも、あの世界がもうないってことは、私はどうすれば」

「そうだねぇ、いるべき世界をなくした存在は、旅人になるのが定石だけど」


 そこで、魔女は旅人を見た後。


「あなたがいいのなら、私の家に来るかい?」

「……え」

「双子の兄妹がくるまでまだ時間があるのさ。それまでは、私、お菓子の家の魔女に役割はないんだよ。それに、一人暮らしは少し寂しくてね」

「いいの? 私なんかが」

「ああ、いいとも」


 その二人のやり取りを聞いていると、旅人さんがやってきた。


「さて、あとは二人の世界、二人の物語の話だ。八重子……さん。それとご友人さんは、元居た世界に戻ろう」

「あ、あの、安奈は」

「ああ、大丈夫。今体験したことは、全部、悪い夢だと脳が処理するよ」

「あ、りがとうございます」

「……まあ、良いってことだよ……ところで、なんだけど」

「はい」


 そこで少し言いづらそうに。


「君の家族構成……教えてくれないかな?」

「え?」

「い、いや。君、きさらぎ駅から帰った後にこういうことに巻き込まれがちでしょ? そういうときって、家族に霊感とか、そう言うのが強い人がいると多いんだ。まあ、きさらぎ駅を呼び水に開花したって感じ?」


 なるほど、家族の中に隠れ霊能力者がいて、同じ血だからこういうことに巻き込まれているのではと心配してくれているのだな。

 そういう意味では。


「そうですね、私の家族は、もう亡くなってる祖父母に、お父さん、お母さん、そして私ですね。で、その中で、その……霊能力? が強そうだったのは、お婆ちゃんかな?」

「そ……うか」

「ん?」

「いや、何でもない」


 旅人さんは頭を振り、優しい笑みを浮かべて。


「じゃあ、改めて。元の世界に戻ろうか」


 そう言いながら、旅人さんが差し出した手を、私はそっと握ってみた。

 暖かい。そう感じた瞬間、意識がスゥっと薄れていった。


◇◇


 目を覚ましたら、部屋で寝ていた。慌てて時計を見ると、電子時間は先ほど安奈からRainが来た3分前を表示していた。

 夢だったの?

 いや、夢なわけがない……気もする。

 だがRainには、安奈からの二件の履歴がない。

 どういう事なのだろうと思っていると。


 ピロン!


 と、安奈からRainが来た。


[やっほー、八重子。安奈だよ~。実はさ、この間言ってたゲームが完成したんだよ。で、その最初のプレイヤーとして、八重子にプレイしてもらいたいな~って思ったんだ。だから、次の休みに私の部屋に来てよ。待ってるからね~]


 私はそれに仰天しつつ、安奈に確認のRainを送る。


[ど、どんなゲームなの?]

[お、食いつきがいいね。それはね]



 赤ずきんちゃんと、ヘンゼルとグレーテルをクロスオーバーした、ホンワカ系ゲームなのだ!


◇◇◇

 お菓子の家の中。美味しいスコーンを作っているのは赤ずきんの少女。

 その完成ビスケットの机で待つのは、老婆と……


「なぁ、ぼうや」

「何ですか? おばあさん」

「いや、辛くないのかと思ってねぇ」

「何が、ですか?」

「私や、今の赤ずきんのお嬢ちゃんにあるものが、ぼうやには無い。ただ、色んな世界を旅する……ただ、それだけなのは、辛くないかい?」

「……辛いと言っても、どうにもならないのなら、言わないことにしていますから」

「……まったく、ぼうやのご先祖様は、何を思っていたのかねぇ」

「あはは、ま。会えるのなら、一発殴りはしたいですね」


 そういうと、この世界から旅人は去って行った。


「……まだ、俺は幸せな方なのかもしれませんしね」


 そう残して。

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