私メリーさん。最近SNSを始めてみたの。

 今日も今日とで仕事をこなす。

 パソコンに向かってキーボードを打って、仕上げた資料を上司に渡して、またパソコンに向かうといういつも通りの日常を過ごしている。

 先日、少し不気味なことを体験したが……そんな記憶も薄れてきて、また当たり障りのない日常が戻ってきていた。

 そんなある日のことだ。仕事仲間と一緒に休憩中の雑談をしていた時、不思議な話を耳にした。


「この間なんだけど、なんか相手の電話番号がバグってる電話がかかってきたのよね」

「え、幸美も? 私もよ。どっかで個人情報が漏れてるのかな……怖いなぁ」

「不気味だから着信拒否にしてやったんだけど、八重子も気を付けてね」


 最近、謎の電話が携帯やスマホにかかってくるということが多いらしい。

 だが、それに出たという人はいないようだ。当たり前だろう。今時、相手のわからない電話に出る物好きはいない。

 でも、どこかで個人情報が漏れているのなら……私も気をつけなきゃなぁ。なんて思いつつ仕事に戻る。

 その日の仕事は結構多く、今日は夜まで勤務しなきゃ終わらなさそうだなぁ……なんて軽く絶望しながら仕事に打ち込んだ。

 私の会社、もしかしてブラックじゃないかと思うがどうなんだろうか。私はここにしか勤務したことがないからよくわからないけど、たぶんブラックだろう。

 まあ、お給料はその分良いからあまり文句はないのだが。


◇◇


 夜の帳が降りて、窓の外は点々とビルの灯りが点いていたり、車の明かりが下を通るくらいの灯りしか無くなってきた。

 そんな中、私は夜になっても仕事をしていた。

 頑張ればその分、明日は……いや、もうすぐ今日になるのかな。今日はお休みだし、サービス残業ではないから給料もちゃんと出る。だから頑張ろう。と、自分を鼓舞しつつパソコンに向かう。

 でも、今日はものすごーく疲れた。あとはこの資料をまとめれば仕事は終わる。そう思い、必死にキーボードを打つ。

 偶にコーヒーを飲んだり、エナジー飲料を飲んだりするが。さすがに集中力も限界に近くなってきた。

 だが頑張れ。今日頑張った分、明日の私にいいことがきっとあるはずだ。

 そして最後の一行を打ち終え、やっと仕事が終わった。

 ぐいーっと背伸びをし、ふぅと息を吐く。もう今日が昨日になりそうな時間だ。

 今日は会社で寝るのかぁ……と思いつつ、仮眠室へ向かう。

 会社内には私以外にほとんど人は残っていないのだろう。空気が静かだ。

 そして簡易ベッドに布団を敷き、ゆっくりと瞼を下ろした。明日は何しようかなぁ……なんて考えながら。

 するとすぐに睡魔が襲ってきた。それにゆったりと身を任せ……


 ピロン!


 スマホのSNS通知音が鳴る。無視してやろう。もうこんな時間だ。

 そして、私の意識は夢の中に落ちていった。


◇◇


 ピロン!


 私の意識が喉の渇きで浮上した時に聞こえてきたSNSの通知音。どうやら、誰かが連絡してきたらしい。

 誰だろう。こんな時間に連絡してくるのは。

 そう思いつつ、重い瞼を開けスマホをスリープモードから起動させる。

 すると10件も通知が来ている。その通知の相手は「メリーさん」とやら。

 誰?

 私の通信SNSアプリ、Rainの番号を知ってる相手にそんな名前の人はいない。誰かがRainの名前を変えたのかな?

 不思議に思いつつも眠気頭の私は確認してみようと思った。完全に頭が起きていたら、そんなことはせずブロックしていたと思う。

 アプりを起動してRain画面になる。そこには。


[私、メリーさん! 今、〇〇駅にいるの]

[私、メリーさん! 今、〇〇通りにいるの]


 と、メリーさんを名乗る相手が自分の位置を伝えてきていた。

 変なの。と思いながらブロックしようと思うが、ふと気が付く。

 あれ、そういえば〇〇駅と〇〇通りって、この会社へ向かう通り道じゃなかったっけ。

 私は画面を下にずらす。するとメリーさんとやらが自分の位置を知らせているが、確実にこの会社に近づいていた。

 そして最後の二つを見て、ギョッとした。


[私、メリーさん! 今、あなたのいる会社の前にいるの]

[私、メリーさん! 今、あなたの寝ている仮眠室の前にいるの]


 今、メリーさんとやらがこの部屋の扉の向こうに?

 するとノック音が聞こえる。


 こんこん、こんこん。

 こんこん、こんこん。


 立ち上がって逃げよう。そう思うが何故か体が動かない。上半身を起こして、頭はすでにはっきりとしているのに、体がピクリとも動かない。

 ゾーっと、背筋を冷たい何かが走る。全身に何か嫌な汗が流れる。

 空気が息苦しいほどに重たくなり、磯の香りを嫌な感じにしたかのような香りが扉の方向から香る。


 バンバン、バンバン!

 バンバン、バンバン!


 ノック音が大きくなる。心が逃げろと訴えるのに、やはり体が動かない。

 不安と恐怖で、涙が一筋、目から落ちる。唇が引きつり震える。

 怖い。怖い怖い怖い!


 ガリ!ガリ!

 ガリ!ガリ!

 …………ガチャ。


 何かが扉をひっかく音。そしてカギが開く音が。

 扉がゆっくりと、じらして恐怖をあおるかのように開く。

 そこから顔を出したのは。


「ばぁ!」

「……っぃ」


 可愛らしい、長い茶髪の女の子だった。

 私は情けない声を上げる。体がやっと動いて、がくがくと震えだした。


「驚いた? ねえ、驚いちゃった?」


 そう可愛らしく、まるでいたずらが成功したかのようにニコニコと笑う少女。

 その顔は可愛らしく、無害そうな少女だ。

 そう。場違いな黒いフリフリドレスと、その右手に錆びた匂いを放つ、黒い短刀のような刃物を持ってなければ、無害そうな少女だった。


「あ、なた、は」

「あはは。震えちゃって可愛いなぁ。でもお馬鹿さんだね! さっきからRain送ってたじゃない、私、メリーさんってね」

「メ、リーさん」

「そう! メリーさんだよ」


 そして、少女は近づいてくる。体は震えるのに、布団の上から動けない。


「さーて、じゃあお馬鹿さんなお姉さん。久しぶりだから、痛くできるかわからないけど」


 そして、メリーさんは言い放った。


「まずは、足からだよね!」


 刃物を、大きく振りかざし、笑顔のまま……


◇◇


 刃物が、メリーさんの手が空中で止まっている。

 彼女は、不思議そうに自分の手を止める『手』を見た。


「アレ?」


 そう。まるで水面から手が出ているかのように、空中に手だけ出ているのだ。その周囲は波打っているようにも見える。

 その波打つ空中の歪みはだんだんと大きくなり、何もなかった空間に男性が現れていく。


「いたずら娘が。そこまでだ」


 その男性を私は知っている。あの駅で出会った旅人さんだ。

 服装も、顔も、姿は何も変わっていないが、顔は呆れを多分に含んでいる。


「あー! 旅人さん、何するのよ」

「何をするのよ、じゃない。こんなに怖がらせて……帰ったら、君のお母さんに報告するからな」

「うげ! それは……」


 少女は表情をころころと変えて旅人さんと話している。それを呆気にとられて眺めていると。


「まったく、この娘がとんだ迷惑を……って、あれ?」


 彼も私のことに気が付いたようだ。びっくりした表情をしている。


「君は……」

「は、はい。旅人さん。ご無沙汰しています」


 布団の上でぺこりとお辞儀をしてみると、体が動くのに気が付いた。

 旅人さんは心底驚いた表情から、些か呆然とした顔を経由して、何やら考え込んだ。


「えっと……」

「あ、ああ。ごめんよ。少し考え事を……元気そうで何よりです。で、この娘のいたずらに巻き込まれるなんて……ついていないというかなんというか」


 そう言われると何も言えない。この前に負の運は使い切ったと思ったのに!

 そして少女が口をはさむ。


「あれ、この人、旅人さんの知り合い?」

「ああそうだ。まったく……ほら、ごめんなさいしなさい」

「えー」


 少女は心底嫌そうな表情をする。その表情だけ見れば、普通に年頃の女の子だなぁ。なんて場違いなこと考えていると。


「できない悪い子は、お仕置に……」

「うえぇ、旅人さんのお仕置き……お姉さん。ごめんなさい」


 旅人さんが片手でデコピンのポーズをとると、彼女はやっと謝ってきた。

 取り合えず、旅人さんとの会話を聞いてたら恐怖も怒りも抜けてしまったので、許すことにした。


「本当に怖かったけど……もう二度としないなら良いですよ」

「ありがとう………たしか、岡実八重子……さんだったよね?」

「はい。岡実 八重子が私の名前ですけど……なんでそれを?」

「え、ほら。この間の社員証に書いてあったのを見たんだよ」


 なるほど、あの時に見られてたのか。少し恥ずかしいな……なんて思いつつ。


「旅人さんは、本名なんですか?」

「え?まあ……ね……それより!全く、この子のいたずらは度が過ぎていけない」


 何故かはぐらかされつつ、彼はメリーさんから短刀を取り、その刃を押す。すると、しゅっと引っ込んだ。まさかとは思うが。


「もしかしてその刃物」

「うん、悪戯パーティ用の引っ込む刃物だよ」

「よ、良かったぁ。本当に殺されるかと」

「本当にごめんよ。この子のお母さんにこってり絞ってもらうから」


 そう彼が言うと、少女は暴れはじめるが掴まれてる手はびくともしない。


「ほら、君の世界に帰るよ」

「いやだ! お母さんだって、昔似たようなことしてたのに……放してー!」

「だーめ」


 その様子を見て、くすりと笑ってしまう。そのまま旅人さんは空間の歪みに入っていき。


「では……えっと、その。お元気で」

「はい、旅人さんもお元気で」

「はーなーしーてー」


 そして、少女も一緒に吸い込まれていった。

 ああ、疲れた。恐怖が去ったら、どっと疲れが襲ってきた。

 明日の朝、きちんと起きれるかな。なんて不安に思いつつ、布団にドカリと寝ころんだ。

 そのまま、再び夢の中へと……


◇◇


 次の朝。何とか起きれた。

 まだ、なんだか体全体がダルいが、気合で起きる。

 ふと、Rainの履歴を見るが、メリーさん関連のは綺麗さっぱりに消えていた。

 やはり昨日のは夢だったのだろうか?

 ただ、そうだとすれば私は仮眠室に鍵をかけず扉を開けたまま寝たことになる。

 開いている扉を見ながら首をかしげていると。


 ピロン!


 とRainの通知音が鳴る。びくりとしてアプリを起動すれば、友人からのRainだった。



◇◇◇

 その後、私は仕事仲間に仕事を引き継いて帰宅した。ああ、休日だ!

 さーて、何をしようかな。なんて思っていれば。


 ピロン!


 誰かからのRainが飛んでくる。アプリを開くと。


[私、メリーさん! 今自分のお家にいるの。ごめんなさい。私、お友達が欲しくってついあんなことしちゃいました。

 お母さんにめちゃくちゃ怒られて、しばらくおやつ抜きです……

 でも旅人さんと知り合いなんて、あなた凄いね!

 旅人さん、凄く有名な旅人さんなんだよ。

 じゃあもう会わないとは思うけど、元気でね!]


 それを見て、何とも言えない気分になる。確かに死ぬほど怖かったが、こう謝罪されては、怒るに怒り切れないではないか。

 すると、Rainの履歴が自動で消えてしまう。

 なんとも不思議だな……と思いつつ。

 そうだ、今日はスマホカバーを買い替えよう。と思いいたるのでした。


◇◇◇

「ねえ、おばあちゃん」

「何だい? 八重子」

「なんか、最近変な気がする」

「変?」

「うん。私、なんだか妙に寂しいんだ。遊んでても、おやつを食べても……」

「そうかい……じゃあ、そういうときの、おまじないを教えてあげるよ」

「おまじない?」

「そう、そういう時は電話を枕元に置いて、瞼を閉じるんだ」

「……? それだけ?」

「そう、そうすると、不思議な電話がかかってくるんだよ」

「へー……」

「ま。枕元に電話なんて置いたら、お母さんに怒られると思うけどね。あっはは」

「もー!」

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