嫌いな人間

「クソッ!!なんなんだよあいつは!!」


私は今日もノートに書き殴った。


毎日のストレスは

その日のうちにリセットする。


これが私の習慣だ。


その日起こった嫌な出来事を、

このノートに書く事を習慣づけ、

そしてついさっき、

1冊目の最後のページが埋まった。


買った当初は


(こんなにページ数あっても無駄かな・・)


と思ったこの100ページのノートも

見事に100日きっかりで終わってしまった。



それで、リセットできているかというと、

残念ながらそんな甘い話は無く、

ストレスは溜まるばかり。

全くリセットできていない。


私は大きなため息と共に、

全ページが罵詈雑言で埋まったノートを

虚しく閉じた。


するとノートから黒煙があがり、

目の前に異形の者が現れた。


その者は言った。


「いやぁ・・

 こんなに濃厚な魔道具は久しぶりだ・・。

 ・・あぁ、失礼。

 私は・・まぁその、貴方達が言うところの

 『悪魔』みたいなものです。

 で、この魔道具は、貴方の・・?」


悪魔はノートを指差して問うた。

私は慎重にコクリとうなづく。


「なるほど、いやしかし凄いな・・。

 貴方は本当に・・・。

 ・・いいでしょう。

 貴方にはこの新しいノートを差し上げます。」


悪魔が私のノートを長い爪で

『トン』

と小突くと、

私のノートは再び黒煙に包まれ、

全く違うノートに姿を変えた。


それは禍々しくも美しく、

悪魔的な魅力があった。


悪魔は言った。


「このノートは

 『書かれた生物を消滅させるノート』

 です。

 例えば・・ほら、

 ちょうど窓の外に

 蛾が止まっているでしょう。」


悪魔は新品になったそのノートを開き、

『一番近くの窓に止まる蛾』

と書いた。


その途端、

蛾は半透明になり、

やがて消えていった。


「こんな具合です。

 もちろん、

 人の名前を書けばその人が消滅します。

 また、名前で無くとも効果はあります。

 現に、蛾に名前は無いでしょう?」


悪魔は講釈を続ける。


「ああ、一つ注意が・・

 ちゃんと的を絞らないと、

 消滅して欲しくない者まで

 消滅してしまいます。

 例えばさっき

 『一番近くの』

 と書きましたが、

 これを書かないと、

 世界中全ての『窓に止まる蛾』が消滅します。

 ・・まぁ、逆に言えば、

 気に入らない集団はまとめて始末できる

 という事・・

 くれぐれもお気をつけを・・」


そう言うと悪魔は不敵な笑みを浮かべ、

黒煙と共に消えていった。






かくして、私は悪魔のノートを手に入れた。


しかし私のやる事は変わらなかった。


毎夜毎夜、

その日起こった嫌な出来事を思い出しながら、

ノートに消滅対象を記していたのだった。






その日は特に腹が立っていた。


「クッソ!!クソッ!!クソッ!!!

 なんなんだあいつらは!!

 クソッ!!!」


私はもうどうにでもなれと

ノートに

『私が嫌いな人間』

と書き殴った。


その途端、

私の指先は半透明になっていった。


私はどこかで、自分の事が嫌いだった。

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