定番ですが"異世界転生"されちゃいました?!

002. あなたは生きたいですか、それとも……

　どのくらいの時間が過ぎたのか俺には解らなかった。

　延々と生命維持装置によって生きながらえている俺はただ自分の身体を見ているだけしかなかった。

　気がつけば部屋を出入りする看護師や医師が何か処置をしているのは判った。偶に病院関係者ではない人間が出入りするのも判った。

「貴方はあの身体に戻りたいと思わないのですか？樋口伊織（ひぐちいおり）さん」

　何処からともなく声がした。

　――俺に話しかけているのか？――

　伊織は声のする方を見ずに答えた。

「ええ、そうです」

　――こんな状態の自分に戻り奴なんていない！――

　伊織が叫ぶと何処に居たのか伊織の目の前に中世的な顔をした人がヒラリと舞い降りてきた。

　ニッコリ笑いながらその人は指を三本立てて話しかけてきた。

「貴方に選択肢をあげましょう」

　――あんたは誰だ？――

　伊織は眉間に皺を寄せ訝しんだ。

「失礼しました。私の名前は“リュスカ”。この世界でいうところの神です」

　――ふん、そんな人が死に損ないの俺に何の用だ？――

　神だと名乗る目の前に立つ男に伊織は少し苛ついた。

「ははは、確かに死に損ないですね。ですがその状態だからこそ貴方を助けられるかもしれない」

　――どういう意味だ？俺は死んだんだろ？――

　如何にもという話し方が気に入らなかった伊織はリュスカを目を細め鋭く見つめた。

「いいえ、貴方はまだ死んでいませんよ。だからこうして意識だけがここで浮遊しているんですよ。選んでください、貴方はどうしたいですか？」

　――どうしたいって……俺にだってわからない！――

　伊織はリュスカの求める答えが何かわからずリュスカを睨みつけた。

「……それでは選んでください。一つ、この樋口伊織（ひぐちいおり）の身体に貴方の“意識”を戻しこれまで通り樋口伊織として生きていく」

　リュスカは指を一本立てた。

「二つ、この樋口伊織としての生を終わらせ、輪廻の輪に入り新しく別の人間の人生を歩む。但し、私はこの世界の神ではないので輪廻の輪に戻したとしても、いつ生まれ変わることが出来るかわかりません」

　少し不安な顔をしながらリュスカは指をもう一本立てた。

「そして三つ、ここの世界とは異なる世界に転生して違った人生を経験する。こちらは私の世界へと転生させますのですぐに生まれ変われますよ」

　ニッコリ笑ってリュスカは三本目の指を立てた。

　――ふーん、だから？――

　納得できないといった表情でリュスカを見た。

「伊織さん、貴方はこのままだとずっとこの部屋で何もすることなくただ自分の身体を見つめて過ごすのですよ？今現在の医療で意識が戻らずにいてもこの装置のおかげで生き続けるかもしれない。途中で体がどうなるかもわからないのですよ？」

　――それこそ俺が今望むものかもしれないだろ？新しい人生は望まない。でも樋口伊織として生きるのであれば時間も巻き戻して俺が事故に遭う前の健康な身体に戻してくれるんだろうな？――

　伊織の言葉にリュスカは悲嘆にくれた顔をしていた。

「申し訳ないですが時間を巻き戻すことはできない。その理由はそもそも私の想像した世界ではなく他の神によって創造された世界です。だから私にはこの世界に介入することが出来ない…」

　――それじゃなんで今こうやって俺に話しかけてきたんだ？本来なら他の世界の神であるあんたがここに現れるのもおかしいのだろ？――

　伊織は怒りで怒鳴って話していた。

　拳をツメが手の平に食い込むほどに握りしめていた。

「それには別の理由があって、この世界の神と話し合った結果貴方に話しかけているのです」

　――………………――

　伊織は訝しく思いながらリュスカを見つめた。

　――その理由は聞かないということにはできないのか？――

「多分…聞けば聞いたらで貴方はお怒りになるでしょう。聞かないということはこのままこの部屋に留まるつもり……ですよね？そして長い時間を無為に過ごすのですか？」

　――………………――

「沈黙は肯定ですよ？」

　リュスカは溜息を《吐（つ）》いた。

「この話を聞いて貴方がどうするかはわかりませんが私からすると考えが変わる理由だと思っています」

　――ふーん、それじゃぁ俺が意見を変える理由とやらをお聞かせ願おうか――

　伊織はリュスカを見下すような表情で話した。

「少し長くなりますがよろしいですか？ただこの場所から貴方が移動してしまうと最初の選択肢、樋口伊織として生きることを選ぶことが出来なくなるのでこの場で話しましょう」

　リュスカはパチンと指を鳴らした。

　突然何もなかった場所に卓袱台（ちゃぶだい）と座布団とお茶とお菓子が出てきた。伊織は目が点になった。

「ふふふ、驚きましたか？私の世界は貴方たちの言う”ラノベ”の魔法と剣の世界です。だからこのぐらいは当たり前です」

　少しは関心を持ってくれたように見えた伊織をリュスカは優しい眼差しで見た。

「それでは……まずはこの現状は本来ではなかった出来事なのです。つまり……樋口伊織さん、貴方はこんな事故に遭うことも怪我を負うこともなく健康であと五十年は生きることが出来る筈でした」

　リュスカは伊織を見た。少し顔色が悪くなっているような気がした。

　――それって……俺は本来ならここでこんな事になっている筈ではなかった…………？――

　伊織は何もかも拒絶してしまったような悲しみの顔をしていた。