第18話 本編10 凶悪犯(3), 本編11 作戦(1)
富樫の罪数を数えていた手を、梟山が机の上に置く。
事務所の中は静まり返ったままだった。
大島美烏が長い黒髪をかき上げて溜め息を強く吐いてから、言った。
「あー、それじゃあ、タケルに任せましょうか。この前捕まえられなかったのを悔やんでいるみたいだから」
阿鷹尊は必死に顔を左右に振りながら、その前で手を振った。
「いや、無理でしょ。無理無理。殺されちゃいますよ、僕なら」
鳩代が片笑み顔で阿鷹を見ながら言う。
「かもな。こういう狂犬野郎が一番ヤバいからな。しかも、長い逃亡生活で神経がすり減っている上に気も立っている。逮捕の時に何の躊躇もなく警官に刃物を振ってくるのは、大抵はこういう輩だ。どういう状況で遭遇したのか知らんが、そのまま素通りさせといて正解だったな」
大島は一瞬、雀藤と視線を合わせてから、阿鷹の方に顔を向けて一言だけ発した。
「だったな」
阿鷹は愁眉を寄せた顔を大島に向けた。
「だったな、じゃないでしょ! 今度はちゃんと僕らが探さないといけないんですよ。地取りの最中にまた出くわしたらどうするんですか」
孔雀石が机の上の書類を片付けながら言った。
「そん時ゃ逃げりゃいいんだよ。こっちは警官じゃないんだら、捕まえる必要まではないだろうが」
鵜飼所長がそれを訂正した。
「いや、それがね、賀垂警部は、できたら身柄拘束までお願いしたいと、遠回しに言ってきてね。それで……」
11 作戦
阿鷹が声を裏返した。
「引き受けたんですか? 噓でしょ」
「ホント。だってほら、今回、ダブルだし」
鵜飼は顔の前に指で「W」を作ってみせて、両肩を上げた。決して可愛くはない。
阿鷹が憤慨気味に言う。
「関係ないでしょ! 危ないじゃないですか! 殺人未遂の凶悪犯ですよ! それ警察の仕事ですよね。探して情報提供するだけで十分じゃないですか」
鳩代は腕組をして下を向いたまま、視線だけを鵜飼に向けて言った。
「たぶん、その賀垂警部としては、何としても富樫を逮捕したいんでしょ。きっと彼も大変なんだと思いますよ、警察上層部と検察庁の両方からせっつかれて。そっちもダブルで」
鳩代は二本の指を左右それぞれの手に立てて、左右それぞれの肩の前で広げて見せた。
阿鷹は苛立ちをぶつける。
「知りませんよ。ああ、銀行に居ればよかったなあ。しまったあ」
口をあんぐりと開けて、上を向く阿鷹。
鵜飼所長は腰に手を当てて笑いながら阿鷹に言った。
「そう言うなよ。でもタケルくんは試用期間中の見習い調査員だから、基本的には現場の第一線に立たせることはしない。安心して」
それを聞いて阿鷹尊はホッと胸を撫で下ろした。
雀藤友紀が鵜飼に言う。
「でも、タケルくんは、研修中ですよね。現場の経験も大切ですよ」
鵜飼所長が顔の前でポンと手を叩いた。
「そっか。じゃあ、一番危険そうな時だけ現場に入ってもらおう。それなら効率もいいし」
雀藤友紀が笑顔で頷く。
「ですね」
大島美烏が拍手した。
阿鷹尊は雀藤を指差して怒鳴る。
「ですねじゃないですよ、ユキさん! なに新人を地獄に送ろうとしてるんですか! そこ、拍手しない!」
大島の事も強く指差す。
遠くの席から梟山が言った。
「ライオンは我が子を千尋の谷に突き落とすと言うじゃないか。がんばれ」
阿鷹は自分の顔を指した。
「ライオンじゃないです、僕。鷹ですよ、たーか」
鳩代は真顔に戻して鵜飼所長に尋ねた。
「しかし、その富樫、半年近く県警の捜査を掻い潜っているんですよね。なかなかの
鵜飼所長は作り笑顔で手を何度も振る。
「大丈夫、大丈夫。うまくパッとやって、サラッと終わらせちゃえばいいんだから。問題ない、問題ない」
「パッと、サラッとねえ」
鳩代は眉を強く寄せて口を引き垂れた。
鵜飼所長は頷いて言う。
「どっちの依頼主も急いでいるんだから仕方ないでしょうが。依頼主は、あの手倉病院系列の福祉施設と、県警ですよ。報酬の支払いに間違いがない二者じゃないの。こりゃあ、盆と正月が一緒に来たようなものですよ。ここを上手く乗り切らないでどうするの」
鵜飼所長は何処となく嬉しそうである。
彼が話している間に手早く電卓を叩いた大島は、机越しにそれを渡して、雀藤に見せた。
雀藤は目を丸くして言う。
「わ、すごい。これ一人分ですか」
隣の席から腕組をして電卓をチラリと覗いた梟山公弘は、頷いてから遠目に鵜飼の顔を覗いた。
「で、所長の作戦は?」
鵜飼所長は自信あり気に深く一度だけ頷いてみせる。
「うん。ちゃんと仕事の割り振りは考えてありますよ」
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