第11話 本編7 軟禁(2)
一瞬固まった鵜飼が目を丸くした。
阿鷹が横から言う。
「食事付きなんですか。いいですね。すばらしい職場ですよ。本当に」
腕組して頷いている阿鷹を鵜飼が睨みつける。鵜飼は前を向くと、改めて林田施設長に尋ねた。
「朝食までとは、どういう……」
林田は鵜飼の質問に被せて身を乗り出し、顔の前に三本の指を立てた。
「三食付きですよ。朝昼晩の豪華な食事つき。よく読んでみてください。書き直してあるでしょ、福利厚生のところが」
鵜飼は再び手に取った契約書を膝の上に乗せ、急いで頁を捲った。
福利厚生の欄にある各施設の利用条件を定める条文が、試用期間は除くとの内容部分を二重線で削除してある。さらには、食堂利用やトレーニング器具の利用、マッサージ器具の利用の部分の「利用できる」という文言の前に「試用期間中も」と加筆してあった。
念を入れたような、あまりに丁寧な修正に鵜飼は思わず唸る。
「こいつは……」
鵜飼は眉間に深く皺を刻んだ。
ピースピア・ケアライフの施設長・林田陽一は鵜飼に説明した。
「ウチはデイサービスの他に、特別養護老人ホームとショートステイもやっていますから、宿泊設備はもちろん、ちゃんとした調理室も備えていて、そこで利用者様の三食分を作っているんです。その他に職員用も作るのですけど、一応は予定人数分より多めに作っているはずなので、きっとその分を食べているのだと思います。ただ、一人の職員が三食取るなんてことは、勤務シフトの関係では有り得ないはずなのに、あいつ、朝昼晩と三食全部を取っていやがるんです。駄目だろうと言ったら、その契約書の事を持ち出すんですよ。契約書に判を押しただろ、ちゃんと読んでないそっちが悪い、これの一点張りです。その他にも、当直職員用の入浴施設や仮眠施設まで使い放題ですからね。腹立ちますよね」
確かに、清掃職員は体が汚染した場合は、就業時間外であっても、職員用の入浴施設を自由に利用できることになっている。しかし、これも試用期間中を除きの部分が二重線で消してあった。
契約書を閉じた鵜飼は、眉を八字に垂らして尋ねた。
「仮眠室までとなると、事実上、住み込んでいる状態ですか」
「まあ、そんな感じですね。まだ二晩しか泊まっていないので、今後も居座り続けるのかは分かりませんけど。ただ、前金で払った分については働いて返してくれないと困りますから、泊ってくれて丁度いいんですよ。だから、今はそういう対応をしています」
「対応、といいますと」
「出られないんですよ。外には」
「?」
鵜飼は顔を前に出して、何度も瞬きした。
林田は一度隣の豊島に目を遣ってから、前を向いて鵜飼に説明した。
「施設の利用者の中には認知症の診断を受けている方もいます。そういった方は、場合によっては、徘徊して建物から外に出てしまう虞もあるんです。夜中などに。敷地のすぐ前は幹線道路ですし、この季節に外で凍えたりしてもらっては大変です。ですから、各階のエレベーターは職員のカードキーがなければ呼び出しボタンが反応しない仕組みになっていますし、共用の食堂ホールと廊下を区切るドアとか、入口のエントランスの自動ドアなんかも、内側からはカードキーなしでは開かないようにできているんです」
「じゃあ、そのカードキーを山口には渡していないと」
「そうです。契約書にはカードキーの事は何も記載されていませんでしたからね。間抜けな奴ですよ」
林田は、してやったりと言わんばかりの顔で片笑んだ。
前屈みになって身を乗り出した鵜飼は、深刻そうな顔を前に出して林田に確認する。
「つまり山口は今、おたくに軟禁されているような状態なのですか」
林田は手を一振りした。
「いや、そう言われると、はいとは言いかねますが、自由な出入りが遮断されている区画内にはトイレも洗面所もありますし、空いている利用者用の部屋を使わせれば、寝床もありますからね。今日からはそこを仮眠室代わりに使ってもらうつもりです。ですから、不便はないですよ。ああ、テレビだって見れますし」
鵜飼はいろいろと想像しながら、怪訝そうな顔で林田に尋ねた。
「しかし、そんな所に入れられて、山口は何も文句を言わないのですか。自由に外に出せとか」
林田施設長は自信あり気な顔で首を横に振った。
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