第4話 本編2 ゲーム(2), 本編3 新規案件(1)
「よっしゃあ、あがり! 一抜けえっと」
テーブルの上に広がったカードを覗いた雀藤が、大きな目を見開いて声を裏返す。
「ええ! それズルくないですか? モールス信号で言ってた手と違うじゃないですかあ」
「え? モールス信号?」と目を大きくした阿鷹は大島の足下を指して言った。
「もしかして、その、さっきからブーツでペタペタやってたやつですか?」
大島は黙って頷いた。
更に目を見開く阿鷹。
「えええ! 貧乏ゆすりじゃなくて? あんなに早いテンポでペタペタやってたのに? 信号送ってたんですか?」
阿鷹が雀藤の方を見て伺うと、雀藤も黙って頷いた。
阿鷹はカードを握った手と反対の手で頭を挟んでのけ反った。
「なああ! じゃあ、なんですか、二人はグルになって鳩代さんと僕をカモろうとしてたって事ですか?」
「カモられてたのは、おたくだけだ」
そう言って鳩代はカードを放り置いた。彼は頭を掻きながら言う。
「それにしてもヤラレたなあ。あの信号なら、大島さん、あんたが負けの手を出してくると思ったんだけどなあ。信号を読み間違えたかな」
隣の雀藤が頬を膨らませて言った。
「いいえ。鳩代さんは間違えていませんよ。ミオさん、信号では、ちゃんとタケルくんと同じブタの手を出すって送ってましたもん。一回ドローにして賭け金を吊り上げるって。裏切ったのはミオさんですよ」
阿鷹が腕組をして頷いた。
「やっぱりなあ。なんっか落ち着かない割に、ミオさんがえらく余裕こいてると……ちょっと待ってください。なんで僕の手がブタだと知ってるんですか」
阿鷹は焦った様子で
「んん? だああ! これカメラじゃん! ってことはユキさんでしょ」
前を向いた阿鷹は、今度は強く雀藤を指差した。雀藤はテーブルの下からスマートフォンを出すと、起動中のアプリを阿鷹に見せてから、舌を出して肩をすくめた。アプリで表示された画面には今の阿鷹の背中が映っている。その阿鷹は背を丸めて項垂れた。
向かいの鳩代が自分の背後の鏡を親指で指しながら、事知り顔で言った。
「探偵たるもの、背後には常に警戒しろってね。――はあ、それにしても、すっかり騙されたな。ちくしょう」
ソファーの背もたれに身を投げた鳩代は、着古したスーツの内ポケットから煙草の箱を取り出した。
隣で雀藤がカードをテーブルの上に放りながら言う。
「絶対に反則ですよね。あーあ、騙されたあっと」
ソファーに凭れて足を組んだ大島は長い黒髪をかき上げながら、得意顔で言った
「何言ってんの。負けると見せて裏をかく。これが本当のダブル・クロス。あんたの得意技でしょうが。私も少しはあざとくなってみようと思いましてねえ」
雀藤は眉を寄せて頬を膨らませた。
「ひどいなあ。人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。この前のは仕事です、仕事。職場でなければ、あんな事はしませんよ」
鳩代が火をつけていない煙草を挟んだ指で床を指差した。
「いやいや、職場でしょうが、ここ。ていうか、俺、入ったばかりなんですけどね。新人に優しくするっていう思いやりはないのかね」
斜の大島が笑って鳩代に手を振りながら言った。
「何言ってるんですか。鳩代さんは中途採用じゃないですか。しかも、現場経験豊富なベテラン。そう甘やかしませんよ」
隣の席から阿鷹が身を乗り出した。
「だったらガチで新人の僕には優しくしてくださいよ。試験採用中の人間をなんでカモるかな」
「何事も試験よ、試験。このくらいの事が読めなくてどうするのよ。まだまだ青いわねえ」
そう言いながら、大島はソファーから立ち上がった。二人掛けのソファーの後ろに回り、胸の前でポンと手を叩いて言う。
「じゃあ、皆さん、お昼は一人五百円まで奢ってもらうってことで、ご馳走様あ」
一度手を上げてから、大島は応接室から出ていった。
3 新規案件
応接室のソファーに浅く腰かけた雀藤友紀は、口を尖らせてブツブツと文句を言いながらトランプを箱に仕舞っている。
斜の席に座っている阿鷹は、頭を抱えて項垂れたままだった。
その向かいの席の鳩代は、煙草を咥えながら阿鷹に言った。
「五百円くらいで、そう凹むなよ」
顔を上げた阿鷹は言う。
「鳩代さんはいいですよ。経験者として引き抜かれた中途採用だから、給料は最初から前の職場と同額か、それより少し上でしょ。僕は未経験で、今月末まで試験採用期間なんですよ。だから給料は契約額の半分。こうやって普通に働いてるのに」
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