第7話 禁忌に身を堕とす
異端は暴かれた。エリザベスの遺体は変質し異形化しているのをカミラとアクゼリュスはハッキリと見てしまった。
これはただ事ではなかった。遺体を弄ぶ行為は反道徳的な行いだし、何よりあの変化の仕方、明らかな『魔法』乃至それに近い外法で行われた悍ましいモノだった。
カミラはその事を、隊長に報告する。
「異形の変異死体……。最悪な事になったな……」
隊長も、生き残った仲間たちも落胆していた。
当たり前だ。カミラたち聖痕探索福音騎士団は名の通り『聖痕』の福音を探す為に各地を巡っているのだ。それが悪神のそれを目の前に突き出されたのなら、身震いもする。
神は何も、創造神ばかりが神ではない。私たちの願いや祈りを叶える者ばかりが神ではない。私たちは大きな間違いを思い知ったのだ。
仲間たちは大きく落胆しているが、隊長ばかりはどこか納得いったように胸を撫で下ろす様なスッキリとした表情だった。
「やっとか……やっと、この呪縛から抜け出せるのか……」
隊長の歓喜する様などこか病的な薄ら笑いをカミラは見逃さなかった。
ゾクッとする様な、恐ろしい顔にあれを目の前にして楽しんでいるようなそんな雰囲気を感じてしまう。
「悪神のそれは判った。問題は、あの神の神格のコアだ」
隊長の顔はその嬉しそうな顔を覆い隠す様に険しく深刻そうな仮面を顔に張り付けて見せるが、しかしながらその眼の奥でキラキラと輝いている焔だけは隠し切れようがなかった。
「神格のコア、で、ありますか?」
「あの神に願った愚か者がいる。悖徳の背教者が、この村に紛れ込んでいる。その願いを見つけ出さなければ、あの神は消滅しない」
隊長の異変、カミラの眼で捉えたオーラは何と言うか。歓喜、喜び勇んでいるそんな感じがする。
「団旗を取り返ろ」
「は?」
「団旗だ。今掲げているのは白と青の聖潔花字だろう? 。盃を掲げろ」
まさか、そんな──隊長がそんな判断を下すなど……。
白と青は聖都アルミンガの象徴的色であり、聖潔花字の紋章は聖都教皇庁直轄の騎士団の意味を持っている。そしてその聖潔花字の下に、黄金の盃が与えられた意味と言うのは。
──異端審問である。
このダイダロス大陸に複数団が派兵された理由は『聖痕』を探し出す為だけではない、それ以外の目的も含まれていた。
それは、主神アルデール信仰の御心を宣教しその思想を播種させるためにある。未開の土地の民族に、今迄間違った神を崇拝していた人々に、あるいは人ではないと認定された魔族たちに、主神アルデールの信仰心を与える為にここに我々は派兵されているのだ。
布教の方法は様々だ。騎士団の特色を特に合わしている。
人々に寄り添いアルデール神の言葉を伝える方法、祝福のそれを見せつける方法、武力による方法。様々だ。
その中でも最も冷酷で、残虐な方法が──『異端審問』。
そこに根付く信仰を根こそぎ取り払い、アルデールの教えを人々に刷り込む。時には拷問のような手段も取られ、ダイダロス大戦でアルク帝国から『アルク』の魔法の力を奪い去る目的で多く行われてきた。
歴史はそれなりに学んできているカミラだからこそ、『異端審問』は聖都の恥ずべき過去なのだ。
「いくら何でも強引すぎます! 。まず、……そうまず村人一人一人から言質を取り神格のコアとなりえる人物を特定する作業から始めた方がいいのではないでしょうか?」
「悠長な……。このオルロス村に一体どれだけの村民が居ると思っている? 。一棟に付きひと家族六人と計算してもザっと100人近くいる。早馬は今朝すでに聖都に奔った、三日と掛らず祝福認定官と神罰執行連騎隊がそぞろ歩き来るだろう。そうなる前に、奴らに我々の功績を掻っ攫われる前に」
カミラはその言葉に判った。判ってしまった。
隊長のオーラのそれが意味する事を理解できてしまった。何故強引にまで異端審問を行おうとしているのか、それは偏にキャリアの為だ。
隊長は今まで多くの聖痕認定を行って来た、そしてそのキャリアの中で唯一の汚点と言えるのがここ、オルロス村での聖痕認定の不適合だった。
聖痕監査官にとって聖痕を見つけ出すのは当たり前のことだ。
それが、何も見つける事の出来ないなど合ってはならない。どうにかして奇跡を、聖痕の痕跡を見つけ出す必要があるのだ。
その為にここまでの強引な異端審問を行おうとしている。勝ち星が欲しいんだ。
そうオーラが見える。人の醜い部分が、汚らしい汚わいに満ちた欲望がカミラには視えてしまっていた。
ここまで汚らしい欲望、今迄見た事が無い。酷く醜い、陰湿且つ卑劣なそんなオーラが全身から放たれている。あの道祖神の狂的なエーテルとマナが入り混じるオーラがただの『天災』であるのなら、隊長のそれは意図して引き起こされた『人災』。
悪のそれだった。汚らしい人が背負いし悪徳の損得勘定から導いだされた欲望のそれだった。
「我々は、人々を虐げる為に派遣された訳ではありません! 。人々に寄り添い、そして真にアルデールの教えを受け入れるように促す役割を背負った騎士である筈です!」
「甘い、甘い、甘すぎる! 。貴様は知らんのだ、大戦の引き金を、我々の教え方では悠長過ぎる事を知らんのだ! 。教皇庁は理想論を述べるだろう、それが理想を通り越し宿望を叶えられるのはすべての人々が善性だけを持っていると仮定した話だ。人は醜い、人は狡賢い、人は狡猾だ! 。故に強引な方法も必要になってくる。大戦の二の前はもう御免だ!」
隊長のオーラは荒々しく昂っている。
言葉ではどうとでも取り繕える。しかしオーラばかりは隠し切れない。
本性は如実にその姿を現している。卑劣で汚わいに満ちた度し難い不道徳なその霊魂がカミラには視えてゾッとする。
どれだけ功績を立て、聖人君主のような人間でも人間であるのなら不徳を持ち合わせている。隊長の不徳は聖痕を見つけると言うトロフィーであり、それらが教皇庁から認められると言う名誉欲だけだった。
「あなたは、そうまでして功績が欲しいのか!」
「人々には神が必要だ。異端なる神を崇める異教徒ならばその草の根もすべて狩り尽くしてくれるまでだ──」
隊長のオーラは、もうまともに話を聞ける状態ではなかった。
いや、聞く気がないのだ。完璧なる『荒魂』。怒れる厄悪、暴君のそれだった。
私と隊長の言い争いに仲間たちはゾロソロと取り囲んでくる。口論が白熱し過ぎて気付かなかった、ハッとしてそれらを見ると精気が、意識が──彼らの意志が遠いい。
「な、……なんだ、お前たち……」
「反対者は、お前だけのようだな──カミラ・ランドール」
にじり寄ってくる彼らにカミラは剣の柄に手を伸ばそうとした時、その腕を掴み上げられ組み伏せられる。
「はっ──放せ。グッ──!」
組み伏せてくる者の顔を見ると、その者はベーヴィンであった。
「ベーヴィン! 。貴様正気か! 。こんな事合っていいのか!」
「…………」
カミラの声にまるで応答がない。
祝福を使い、彼を瞬時に調べると──。
魂が鎖のような何かに縛り付けられている。そしてその鎖の伸びる先には隊長の魂。その魂と結びついていた。
「まさか……あなたは、禁術を──!」
「禁術とは失敬な……歴とした祝福だ。大戦後教皇庁より禁忌として規定されたがな」
禁忌──それ即ち大戦で多くの犠牲者を出した業。
祝福の多くが人々を助ける役割を持ち、それらをエーテルを人体に作用、物質の強化など様々な効果を齎す。
しかし、祝福とて扱い方によっては邪悪を孕む。
それらの業を総じて『禁忌』と呼ばれる。
人を著しく殺める効果を持つ祝福や、肉体の構造を変化させる祝福などは『禁忌』とされる。そして人心を操る業も『禁忌』だ。
人の心は神のみぞ操れる、人が人を支配したのならばそれは人道より外れ、主人と奴隷の関係が成り立つ。
それは即ち格差を生む行為であり、人々は遍く限り平等であると言う信条を覆す行いだった。
ダイダロス太陸で約六十年前に発生した聖都アルミンガ王国とアルク帝国の間で発生た戦争は、この星で最も大きな大地の隅々まで波及していき瞬く間に大陸を支配した。
二民族間の戦争。宗教戦争とでもいうのか己たちが信仰する神々の教えが相反したために勃発し、アルデール民族とアルク民族の血で血を洗う動乱となり、アルデールともアルクとも違う民族も巻き込んだ史上最悪の戦争となった。
その際に、『禁忌』や『禁術』が蔓延した。
人が人を操り、人が怪物に変わり、死者が生者を貪った。
『地獄の顕現』とも言われるほど惨憺たる戦争であり、帝国内で魔術教会の離反もあり辛くもアルミンガが勝利を収めて、大陸では『禁忌禁術封印条約』が頒布された。
それだけ『禁忌』や『禁術』は忌まわしい行いだと言うのに──。
「あなたと言う人は……禁忌まで使って何をしたいんだ!」
「悪神アルバナの教えで無いにしても、唯一の神たるアルデール以外の『神』など存在してはならない。それを崇拝する民など──人ではない」
ダイダロス大陸戦争が最も非道と揶揄される謂れとなったのが──民族浄化だ。
アルデール民族でもアルク民族でもない他の民族を巻き込んで、どちらかの勢力に組み込む為、無理やり己たちの神の教えを叩き込んでそれに異を唱える者たちを徹底した粛清行為があった。
その際に多く用いられたのが『禁忌』や『禁術』だ。
『禁忌』は人々の心を塗り替え洗脳する。『禁術』はその力で対象を化け物に変えて戦力にする。
アルデールもアルクも、双方に大きな罪を背負ったのだ。それを戒めにすべきなのに、この人と来たら。
「浄化は既に始まっている──神罰執行連騎隊が来る前にこの村を正しく導く、それが俺の──聖痕の見つけ方だ」
狂っていた。疑うことなく隊長は、いや、もう隊長とは思うまい。
この男、マルクス・アベルスは狂れていた。名誉欲に支配された鬼畜の外道だった。あの神は堕落し罪を背負った、だがこの村の人々にはその罪はない。
なのに――。
「厩にでもこの愚か者をぶち込んでおけ、この愚か者に使い道など──ない」
仲間たちはこのアベルスの言いなりだった。私から剣を奪い取り腕を拘束したまま引っ張って、不衛生極まりない厩に投げ入れられた。
扉がバタンと絞められ、私は抵抗しようと戸を叩き叫ぶ。
「開けろ! 。開けるんだ! 。異端審問など、民族浄化など合ってはならない! 。目を覚ませ! 。荒魂に惑わされるな!」
そう叫ぶが錠前で硬く閉ざされた扉に私の腕力など非力なものだった。
武器のない一介の女、ただオーラが視えるだけの女に過ぎなかった。
何が祝福騎士だ。マルクス・アベルスのやり方はあまりにも目に余り冷酷で、非人道的過ぎる。だが私には抵抗する術がなかった。
非力すぎる、無力すぎる。何もできない自分自身に情けなく、その情けなさを直視すると惨めさが溢れて、それが涙を誘った。
「……くそっ! 。くっそ……! 。クッソオオオオオオ!」
叫び声は虚しく響く中で、その声が聞えた。
「夜に叫ぶな。迷惑だろう……」
振り返りそれを見ると、寝藁に寝そべった魔法使いがいた。そう、アクゼリュスだった。
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