異端なる奇跡
第2話 オルロスの奇跡
世界は残酷に満ちていた。
ダイダロス大陸北部のイーストウッド森林を抜ける騎士たちがいた。
白と青の色で飾られた聖潔花字を象った紋章を掲げられた旗。それらが示す物は聖都の教皇庁より派遣された騎士団の象徴だった。
──聖痕探索福音騎士団。
世界各地に散見される神の痕跡、奇跡の残痕を見つけ認定保護、そしてその奇跡が邪教の神の齎す異端であった場合の始末屋。そう揶揄される騎士たちであった。
神を探し、神に人間の存在を問う為の不毛な騎士たちである。
とも言えなのがこの世界の理であった。この世には神がいた痕跡が確かにあり人々はそれを扱える術を持っていた。
総計十数人の馬に跨った騎士たちに混じる真新しい甲冑を着た女がいた。
煌びやかな装飾品を施された鎧、優雅さに混じる無骨な武具の本質がよりこの騎士たちの中で女の異彩を際立たせていた。
精鍛で整った顔つきで、その双眸はアクアブルーの碧眼。
スッと鼻筋の通った見眼麗しい顔は誰も彼もの視線を集め尚且つ頭髪は黄金を思わせるほど色鮮やかな金髪で綺麗に編み込まれた長髪はそれだけでも芸術作品を思わせた。
少女と呼ぶには大人びており、美女と言うには幼げで歳の足りない彼女を周囲の騎士たちは冗談交じりに『
そのからかいは別段小馬鹿にしていると言う訳ではなく、実際彼女は聖都アルミンガの
彼女の名前はカミラ・ランドール。弱冠17歳で騎士階級を叙勲し最年少の聖痕探索福音騎士団員であった。
「そろそろオルロス村が見えてくる頃だ」
先頭を行くつるっぱげの騎士。その男の年季は深く、古くから聖痕探索福音騎士団の派遣隊で指揮を執る隊長で、彼が認定した各地の奇跡は今や聖地と化していた。
名前をマルクス・アベルスと言う古参の騎士だった。
「はァ、やっと着いたのかよ……ここ三日干し肉しか食ってねえからもっとマシなものが食いね」
隣で愚痴る男はカミラの同期で、同じ貴族階級の祝福騎士のベーヴィンだった。
彼の視線はまるで彼女の肉体を視姦するようで嫌悪感があったが、しかしながら彼とて立派な祝福騎士。善なる神『アルデール神』の教えを忠実に守る使徒であるため邪な行いはしないであろう。
「オルロスの奇跡……前回は認定が保留になっていましたよね」
カミラが口を開いて隊長のアルクスに聞く。
「ああ……前回は単なる法螺話だったが、今回はそうも言っていられないからな」
カミラたちが聖都からわざわざこの様なイーストウッド大森林を抜けてオルロス村に向かっていたのは、隠しようもない奇跡の痕跡があったからだった。
──オルロスの奇跡。
曰く、その奇跡は死せる人を蘇らせるというモノであった。
奇跡と認定されら現象は数あれど、死者の黄泉帰りは未だに確認されていない。
祝福でも傷を癒す事は出来ても死者を蘇らせることは出来ない。死者が蘇る、それが事実ならば間違いなくそれは神の奇跡、『聖痕』なのだ。
故に聖痕探索福音騎士団が派遣されたのだ。
イーストウッド大森林を抜け見えてきたのは寂れた村であった。
人も疎ら、老人や子供ばかりの村で働き盛りの若者たちの姿が見えなかった。仕方のない事だった。何せここはダイダロス大戦の主戦場の近くに在り、この村の土地の地面には無数の死体が埋まっている可能性があったからだった。
若者は兵隊に取られ、戦力にならない女子供老人ばかりが残されるのは世の常だった。
そんな中で上等な甲冑を着込んだ騎士たちが来たとなると、まるで見世物のような視線が注がれるのは当然であろう。
子供たちは騎士が来た騎士が来たとはしゃいでいて、私たちは下馬し膝を折り子供たちににこやかに笑いかけて見た。
我々騎士は戦うが民草を害するモノではない。その上カミラが所属する聖痕探索福音騎士団は人の遍く幸福の為に動いている。
「ねーちゃん天使なの?」
一人の少年がそう言って来たのでカミラは微笑み。
「いいえ違うわ、私は騎士。この村で起きている奇跡を調べに」
少年たちの顔は心当たりがあるようであったが、明確には答えなかった。
仕方のない事だ。子供は世界を純粋で単純な思考で捉えている為に難しい事は判らないのは当然だった。
次第に村人がカミラたちの来訪を知り出し集まって来た。
皆が皆、何もわからないと言った様子とどこか疲れ切った雰囲気が漂っている中、一人の老人が前に出てきた。
他の村人の衣服から比べて見ても少しばかり上等な召し物を着ている。恐らく村長かそのあたりの人物であろうともわれる大老の老人であった。
アベルス隊長が前に出て、得意の大声量の宣言を行う。
「我ら聖都アルミンガ教皇庁より派遣されし聖痕監査官である。聖痕探索福音騎士団はこの村で起きている奇跡、死者の蘇りが善良なる奇跡であるか監査を行う! 。怯える事はない。害は与えぬ。僅かな間、我らに協力をすることを教皇猊下より賜っている! 。勅令に従い慎ましく協力願う!」
そう宣言するアベルス隊長に村長と思われる親し気に隊長の手を取った。
「よくぞ……よくぞ戻ってこられた。我らが希望なる騎士よ」
「お久しぶりでございます、老。再び聖痕の痕跡が現れたと聞きました」
「ああ……ああ、そうだとも。中に入られい。積もる話をしようぞ」
そう言い私たちを迎え入れてくれた村人たち。少しばかり大きな母屋に通され、調査が始まった。
大きなテーブルに僅かばかりの椅子があり、隊長はカミラとベーヴィンを同伴希望したのでカミラ達はテーブルに着いた。
「死者が蘇ると、報を聞きましたが。真意は如何に?」
隊長が口火を切った。その言葉に、村長は重々しい雰囲気と共に頷く。
「二週前日の事だった……。エリザベスと言う娘が崖から足を滑らせ死んだんじゃ……葬儀も粛々と行われ埋葬もした。だが埋めた二日後に彼女が神域から戻って来た……」
死者が蘇ると言うのは喜ばれるべき事のはずだが、だが村長の顔は晴れやかなどとは程遠く陰りがあった。
「戻ってきたはいいものの……喋らんのじゃ……」
「喋らない? 。ハッ」
ベーヴィンは笑い飛ばす様に鼻笑いをする。隊長はキッと睨んで黙らせた。
「喋らないだけならまだよかったが、食事もせず排泄もしない。ただそこに居るだけでまるで魂が抜け落ちたような、動く屍のように成り果ててしまっているんだ」
「カミラ。その女性を見てきてくれ」
「分かりました」
隊長の命令で私は村民の青年の案内で、その女性の元へ向かった。
僅かに村から離れた家に彼女が居るようだ、案内の村民曰くその様子はあまりにも不気味で気味悪がって誰も近寄りたがらないのだと言う。
その家の戸を叩くが返事は帰ってこなかった。村民は返事を待たず戸を開けカミラを入れた。
そして居た。黄泉帰りし死者。再誕者なる女性のエリザベスが。
窓辺に置かれたロッキングチェアに座った彼女は虚空を見つめていた。
まるで世界から隔絶されたかのような、顔に生気はまるで感じられない。そして周囲の空気はあまりにも異質だった。
「エリ……聖痕監査官の騎士たちだよ」
そう話しかける村民の青年はどこか親し気な様子だったが、彼女はピクリとも反応を示さない。
カミラは騎礼の姿勢をとり名乗った。出来るだけ穏やかに、怯えさせないように。
「私は聖痕監査官、聖痕探索福音騎士団のカミラ・ランドールです」
その言葉にも無反応であった。青年は彼女に笑いかけた。
「エリ──そうかい。お客様が来て嬉しいのかい?」
まるで人形のようであった。笑いもせず、悲しみもせず怒りも鬱も無感動も何もない。村長の言う通り、その見た目は血色のいい屍のようだった。
カミラは近寄ってみてその手を取ってみる。
体温はある、脈も。息もしているし心臓の鼓動も聞こえる。だが、意識というモノが抜け落ちているかのように、反応の全くが返ってこない。
「少し調べさせてもらいますね。エリザベスさん」
手に意識を集中させ、彼女を調べる。
淡い青く光るそれは大気に満ちるエーテルが大気とぶつかる衝突反応であり、正常に『祝福』が機能している証拠だった。
肉体の恒常性をエーテルを介し調べる。もし彼女の身に起こった奇跡が邪なるモノならばエーテルが拒否反応を示し赤黒く発光する筈だ。しかし──。
「正常……のようね」
青白い光が示すと言う事はこれは、正常な、健常者のエーテル反応だった。
だが一つ、問題な点を挙げるとするのなら。
「魂の反応が、ない……」
祝福はエーテルと術者の魂を共鳴させ、対象に干渉する神の御業であり、その干渉は偏に対象の全てを知り尽くす事を意味していた。
彼女の肉体に起こっている代謝恒常性から感情の小波、血肉の一片の状態から、そして魂のそれに至るまで知れる筈なのだが。
その魂が、この体には宿っていなかった。
あり得ない事だった。生きとし生ける者たちは赤き血の流れる生き物には必ず『魂』が流れている筈なのだが。
──魂のない肉体。
不可解だった。
その時、矢庭にとを叩く音が聞こえ青年が戸を開け更なる来訪者を迎え入れた。
「あの……一体どちら様でしょうか」
「……蘇った人間はここにいるか」
「……はい」
あまりにも低い声音。まるで借金取りが債務者から金品を恫喝しているかのような声に私もそちらを見た。
それは暗く、澱み腐り始めた水を思わせる男だった。
ボロボロの黒と赤の
酷く血色の悪い肌色だった。右腕は土気色で、左腕には黒く黒ずんだ包帯が巻かれていて背中には何やら大きな布に巻かれたモノを背負っている。
カミラは顔を顰めた。男の体臭がヒドイ悪臭も漂わせていたからだった。
ズカズカと有無を言わさず入って来たその男はエリザベスの前に立ち、見下ろした。
「な、なんだ貴様」
カミラはこの男を制止しようとしたが、男はまるで聞く耳を持たなかった。
「再誕者、か」
男が外套の内より取り出したのは、瓶に詰められた黒々とした蝶であった。
その蝶の羽の色はまるで周囲の色を食らい暗黒を思わせ、不気味にも感じるそれをエリザベスの体に止まらせた。
途端、その蝶の羽がボロボロと崩れ蛹へと形を変えていくではないか。
男はぼそりと言った。
「屍刻蝶が異端を報せた──異端断罪。神罰──覿面」
男が背に背負うそれを振り抜きエリザベスの頭部目掛け振り下ろした。
瞬く間であった。唐突なそれにカミラも反応しきれなかった。
グシャリと嫌な音が家に響き、辺りに血が舞い散り肉片が飛び散る。顔に撥ねて散ったそれがカミラの手の平に落ちた。
桃色のそれは、隠しようのないエリザベスの脳味噌であった。
「あ、ああああああああっ!」
青年の悲鳴が木霊した。
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