泥から生まれたという男は、バグと仕様を駆使して世界を救う!!
テリードリーム
第1話 プロローグ
「おい、どうしたクレイ! 飲み過ぎたか?」
対面に座る赤髪の若者に声をかけられて、俺は意識を取り戻した。
「ああ、すまない。飲み過ぎたようだ」
酒精でぼんやりとする頭を振り払いながら、俺は返事をした。
目の前には、一つの盃があった。
そこになみなみと注がれた濁った酒。
盃の底の模様の形はしっかりと見えている。
このことからすると、どうやら俺は前後不覚には陥っていないようだ。
少し安心した。
「珍しいな。お前ほどの酒飲みが、早々に意識を失うとはな」
テーブルの向かいに座っているジョンは終始、上機嫌だ。
そうか。
俺の目の前の赤髪の男の名は、ジョンだ。
たしか……今日は、ジョンと俺が除隊をする日だ。
当初予定されていた三年の兵役を五体満足で終えることができたのだ。
バルフォア帝国全土から徴兵で集められた俺たち一般兵は、今日をもって散り散りになる。
ジョンのように見込まれて皇室付下士官になるものもいれば……、
俺は……、これから流浪の冒険者となる。
軍隊では成果をそれなりに出した。だが、もともと孤児で十五歳になるまでフラフラしていたような身なのだから、最後まで組織に帰属することに馴染まない自分がいたということだ。
同期のトップを走るジョンと、日陰者の道を選んだ俺。
両極にある俺達二人だが、入隊してからというもの、なぜか馬があった。
妾とはいえ高位貴族の血を継いだジョンと、どこの馬の骨かもわからぬ俺の共通点などサッパリ分からないが……。
入隊して間もなく打ち解けて、訓練ではパートナーとなり、実際の兵役では魔物相手に共に死線をくぐった。
俺とジョンの間には、何物にも代えがたい絆が確固として存在している。
だからこそ、今日、新たな門出を祝すために酒を飲みかわすのだ。
人間はそう易々とは死なない。
だが、ある日突如として簡単に命の火を散らしてしまうこともある。
だからこそ、別れの前には酒を飲む。
次に会ったときのために。
もう二度と会えなくなったときのために。
感慨深く盃をあおると、自然と口がすべった。
「それにしても、設定資料集で見たイラストに比べると幾分か若いな。それに、ジョンは特命を受けてクローネの身柄を確保するはずだが……。皇室付下士官とは一体どういうことだ」
「?」
酔いに任せて、俺の口から理解不能な言葉が出てきた。
何かの知識で、それが真実であることには疑いがないが、我ながら意味が分からない。
「すまない。忘れてくれ。酔い過ぎているかもしれない」
俺はジョンに詫びると、酒を飲み進めた。
---------------
ラストオーダーから随分と経って、とうとう店を俺たちは追い出された。
河岸を変えるのも面倒だったので、気にしないで飲み続けていたが、居座り続けるのにも限界はあるということか。
「今日は、ここまでにするか」
「そうだな。次の機会には朝まで飲み明かそう」
区切りがついたこともあり、俺たちは別れた。
今生の別れかもしれないが、俺は振り返らなかった。
なぜだが分からないが、いずれ再び会うことができるように思えたからだ。
その後、俺は千鳥足ではあったが、何事もなく宿についた。
夜の帝都の治安も少しづつ悪くなってきているようだが、俺たちのような兵役明けを襲う暴漢などはいない。
無駄に戦闘力が高いのに、そんなに金を持っていないからな……。
若い娘ならば、それこそ攫われることもあるのかもしれん。
そんなことを思いながら部屋に戻った。
俺は、酔い覚ましに顔を洗うために洗面台に向かう。
ふと。
目をやった。
据え付けられた鏡に映った俺の姿に、愕然とした。
なぜなら、そこに映っていたのは『マーロック・サーガ』の主人公のうちの一人、クレイがいたのだから。
■■あとがき■■
2022.07.10
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