諦めなかった「その人」を嫌いにならない理由
草薙優
第1話 藤本美乃里は困る
私の高校デビューは失敗したと思う。
中学生の頃は黒縁眼鏡に三つ編み。典型的な地味子で、クラスでも校内でもあまり目立たないようにしていた。
高校を機にチャレンジしてみたポニーテールとコンタクトは活発そうな印象を与え、私自身もポジティブな気分にしてくれた。
ただ、私は運動音痴で運動部に勧誘されても、申し訳ないけれども断るしかなかった。その後、今度はマネージャーとしての勧誘が多くなってしまった。
委員会に入っていれば部活に入らなくてもいいので、私は中学の時と同じ図書委員会に入ることにした。こうなるとぱったりとはいかないにしてもマネージャーの誘いは沈静化した。
話し上手ではないため、クラス内でも交友関係は主に聞き役に回っていた。男女問わずに話を聞いていたつもりだが、相手からどう見られていたのかはわからない。
高校の応援歌練習は応援部の人が怖くて怯えていた。まるでできない子に目をつけているかのように感じていた。
「一年D組の藤本美乃里です。中学でも図書委員をやっていました。よろしくお願いします」
図書委員会の初めての挨拶はとても簡潔にした。好きな本とかを言うこともできたが、口数が多すぎるのもよくないと思ってこの程度にしておいた。
委員会内には男女比はほぼ半々と言ってもいいかな。各クラス一人以上二人以内で選出されている。私のクラスは希望すれば男女問わずだったけど、私が手を挙げた後に男子が手を挙げた。彼が手を挙げた理由は後になって分かった。
高校野球が県予選準決勝で敗退して、応援歌を歌わなければならない時期がようやく終わった。
私は応援が終わった後、バスから降りて帰ろうとした。
「藤本」
応援部の三年生から声をかけられた。よく睨んできた先輩だ。気が重い。怖い。
「はい」
何を言われるんだろう? 声が小さかったとか?
「ちょっとこっちに来い」
一緒に帰る予定だった同級生に少し待ってもらい、バスの影に行く。
「俺と付き合ってくれ」
正直何を言っているのかわからなかった。私はこの人に対して恐怖しかなかった。また、告白されたことも今までの人生で一度もなかった。
告白はもっといい意味での緊張感や心持があるものだと思っていた。こんなに気が重いものだなんて。最初がこの人で、怖くて断りづらい状況だなんて。逃げ出したい。
睨んでいたのは見つめていたのかもしれない。けれど、私にとっては恐怖の対象でしかなかった。付き合ったら印象が変わったりするのだろうか。
「俺のこと、嫌いか?」
「嫌いとか、そういうことじゃ」
そういうことじゃない。怖いんだ。よく知りもしない、怖い印象しかないこの人ととりあえず付き合ってみて、この人の好みに結局合わなかったら暴力を振られたりするんじゃないか。
「他に好きな奴がいるのか」
「いないです」
いない。断ろう。断ればおしまいになるはずだ。応援歌練習は終わっている。この人との接点ももうほとんどなくなる。私は、高校デビューしてポジティブになったんだ。勇気を出そう。
「今は彼氏を作る気はないです。ごめんなさい」
「……わかった」
先輩はなんだか恨めしそうな顔をしながら帰っていった。怖い。後でなにもされませんように。
私はすぐに待っていた友人に合流し帰った。
「なんだったの?」
「声が小さかったって」
告白されたなんて先輩のプライバシーを侵害するみたいだと思い、やめておいた。
「あの、俺と付き合ってください」
告白してきたのは図書委員会の男子。私が手を挙げた後に立候補した男子だ。
「最初会った時に一目惚れしました」
そんなこと言われても困る。私はまだ恋をしていない。一目惚れなんて本の世界にしか存在していないのに。
私のどういうところがいいのだろう? 応援部の先輩と言い。
「ねぇ、私のどこがいいの?」
「え?」
どもった。何か安直な理由なんじゃないだろうか。
「そのきれいなポニーテールとか、モデルのような容姿とか」
要は見た目なんだ。
同級生で、委員会も一緒にいて、それでも私に対しても見る目は容姿だったのか。
正直言って反吐が出る。
「ごめんなさい。彼氏作る気無いの」
言い捨てて委員会の仕事に向かう。
男子ってこんなやつばかりなのかな。リアルってこんなつまんないものなのかと思うとがっかりする。
その後も私は何人かの男子に告白された。
理由を聞けばやはり見た目だ。
私が高校デビューをしたのはみんなともっと話をできるように、と思ったからであって彼氏を作るためじゃなかった。
次第に私がフッた男子が何人もいることは知れ渡り、女子からも嫉妬の目で見られることが多くなった。
こうして、私の高校デビューは幕を閉じた。
一点幸いなことはここが地元からそう遠い高校ではないことだ。つまり中学が一緒だった人もいることだ。そのため私が眼鏡をかけ、髪を下ろして本を読むことが多くなったとしても擁護してくれる人がいた。
友人と言える人数は減ってしまったかもしれないが、クラスメイトとしての体は男女問わず続けることができたと思う。
おかげで告白されることはほぼなくなった。
月日は流れ二年生になった。
私は新しいクラスでも黒縁眼鏡をかけ、髪を下ろしている。このクラスにも中学時代の同級生はいた。それだけで助かる。おそらく三年生になれば同級生の存在に期待する必要もなくなってくるだろう。
新年度も図書委員会に入り、年度初の図書委員に顔を出す。
予想していた通り昨年私に告白してきた男子はいない。ナルシストのつもりではないが、彼は告白後の活動があまり良くなかった。悪く言ってしまえばいてもいなくてもよかったのだ。
新一年生も入ってきて、三年生から自己紹介をする。三年生にもなれば二年生でやっていた人が引き続きやる人も多い。私もきっと三年間図書委員を続けることになるだろう。
私の番が近づいてきた。二年目だし、好きな本くらいは言ってもいいだろう。
「二年D組、藤本美乃里です。好きな本は綱吉一成の『夕凪』です」
大して有名ではないが、私の中では心の中に残る作品の一つ。何より結末のそうくるか感が趣があってよかった。
一年生の自己紹介もつつがなく終わる。昨年の私のように特に好きな本を言わない生徒も少なからずいた。
「一学期中は、一年生は二、三年生とペアになって仕事を覚えてもらいます。ローテーションにして、必ず同じ組み合わせばかりにはならないようにしたいと思います」
三年生の委員長が組み合わせを決める。曜日ごとに三、四人グループになって回していくと、大体月二、三回は同じ人と当たることになる。
「あと、新しく委員会のグループラインがあるので皆さん登録してくださいね。ケガや病気、用事で仕事ができないときに活用してください」
あぁ、昨年も急遽休むような人もいたし、こういうシステムができることはクラスに一人しか委員がいない人にとっては負担も減るだろう。
顧問の宇敷先生から挨拶がある。
「顧問の宇敷です。何かあれば委員長でも、私にでもいいので遠慮なく話してください」
フレームのない眼鏡をかけた爽やかそうな男性だ。歳は四十半ばだったろうか。
「それでは、今日はこの辺で終わります。お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
帰り支度をすると、三年生から声をかけられた。
「藤本さん、今年もよろしくね」
去年仕事を教わることの多かった女子だ。彼女は大学に行くために勉強しやすい環境である図書委員になったとか。
「はい。今年も頑張りますのでよろしくお願いします」
無難な挨拶になってしまったが、この程度でいいだろう。
手を振って別れる。
新しい人の名前も覚えていかないとなぁ。
「失礼します」
一年生の図書委員が図書室に入ってきた。
今日は私と三年生、一年生が二名体制で教えていく。
「名前確認しようか」
私と三年生の先輩が名乗り、一年生が名乗る。
「一年C組の柏木誠也です」
「一年D組日野谷海里です」
ローテーションの表と確認し、カウンターに入る。
「図書室の仕事は中学とかでやったことある?」
基本的には中学の図書委員と違わないと思うが、入れてほしい本のアンケートなどはやらない学校もある。そういったところは教えていかないといけない。
「委員会じゃないですけど、手伝いで何度か」
手伝いだと教えることも出てきそうだ。まずは貸し出しの基本的なことから教えていこう。
「貸出時にはパソコンを使って貸出カードに何時から何時まで貸し出します、というのを印字します」
三年生が持ってきた本を貸し出す、という例をやってみせる。
パソコンの画面を見ながら一年生はメモを取ったり相槌を打つ。
「返すときにはいつまでに返すかの日付の横にチェックの印字がされます」
実際に返すところも見せる。
「パソコンの貸出一覧を見れば、貸出期間を過ぎても返していない人が分かります。一日二日なら様子を見ますけど、それ以上過ぎた人に対しては図書委員を通じて返していただくようにお願いをします」
まずはカウンターの仕事をやってもらう。今時パソコン操作は当たり前なのでそれほどつまることなくやれている。
「返していただいた本は基本的にその日のうちに戻します」
何冊か持って書棚へと案内する。
一年生にも何冊か持たせてる。
「ジャンルごとに分けて、五十音順に並べてから持っていくと戻しやすいですよ」
「ジャンルが結構ありそうですね」
そうかもしれない。今時はライトノベルや地元作家の漫画なども置いているけれど、漫画というジャンルは用意していない。ここではライトノベルは小説、地元作家の漫画は地域資料として分類されている。
「漫画が返却されたときにはまず地域資料を探してみればいいと思うよ」
宇宙科学のジャンルに行って本を返し、続いて化学へと返す。
「カウンター業務と書棚へ戻す作業ができればとりあえずは問題ないかな」
「閉館時間は何時ですか?」
「十八時半が閉館時間だけど、その間にも時間があれば書棚に返してないと帰るの遅くなるかもね」
一年生二人は早く覚えないと、とか言っている。私は中学の頃からだったから割と覚えるの早かったけど、他の同級生は時間かかる人もいたっけ。
時間は十七時半になる。
「何もなければ今日はこんなところだけど、何か質問とかある」
「大丈夫です」
「あ」
柏木君が何かあるようだ。
確かC組の。背はちょっと高くて肉付きもしっかりしてる。運動部に所属していてもおかしくないタイプ。
「個人的で、質問じゃないんですけど」
「何?」
質問じゃなくて図書室で何かあったろうか?
「俺も綱吉一成の『夕凪』大好きです」
あぁ、自己紹介の時に言ったやつかぁ。あれを好きな人はいるだろうけど、本当にそうなのかな?
「一番好きなとこは?」
「ラストで死なないと思ってた人が死んでしまうところとか、そういった死の美しさが描かれてるところです」
「へぇ」
あそこに感動する人、他にもいるんだね。
「柏木君は中学図書委員じゃなかったんだよね?」
「はい。でも図書室通いは結構してました」
あぁ、そういう人は中学でも高校でもいるな。
「他に好きな本ある?」
「多重構造のセカイとかですね」
「私も読んだよ。いろんな視点で描かれてるところ、面白いよね」
「はい!」
少し盛り上がってしまい、三年生の先輩に注意されてしまう。
「これ、読んだことある?」
書棚から一冊取り出して手渡す。
「いえ、初めてです」
「なら今日の仕事の最後にカウンターで貸出して、今度感想聞かせてよ」
この子とは気が合いそうだ。
「わかりました。返却日までには読み終わりますね」
あとは閉館後の鍵の返却を説明し、一年生は解散となった。
「人懐っこい笑顔をする子だね」
「そうですね、なんだか犬みたい」
先輩とくすっと笑い、残りの作業をこなして帰った。
柏木誠也君のように話が合う人は他にはいなかった。まぁ人それぞれ好みは違うものだしとやかく言うつもりはない。私だって自分の好みにとやかく言われたくないものだし。
柏木君に本を渡してから十日ほどが過ぎ、また一緒に組む日があった。
「あ、藤本先輩。お疲れ様です。あの本面白かったですよ」
開口一番に感想を告げられる。
「どうだった?」
「キャラクターの性格というか個性が活かされてて、それぞれが生き生きと動いていた感じがしました」
「面白かったならよかった」
「また面白い本あったら教えてください」
「うん」
まずはカウンター作業をする。
隣には柏木君が座っている。ちょっと手の空いてるときに他の作業を教える。
「半年に一回新しい本のアンケートをとるんだけど、これもパソコンにフォーマットがあるから。あ、企画ってフォルダの中ね」
仲間ができた感で距離も近くなる。図書委員が今まで以上に楽しくなる瞬間だ。
「柏木君はインドアなタイプには見えなかったけど」
ふと、第一印象を語る。
「意外と本読みなんだね」
「アウトドアにも興味はありますよ」
そんなことはないですよ、と否定された。
「とはいえ想像の中で動いてることのほうが多いですかね」
頭をかいて苦笑した。
おそらく本を読んでイメージの中で動いているんだろうな。私もたまにある。
「そういうことは本好きには多いよね。私もファンタジーを読んだときにはそういうイメージを持つことあるよ」
「藤本先輩ファンタジーも読むんですね」
意外そうな顔をされた。今まで現代的な小説が多かったからだろうか。
「タイトル見て気になったらいろんなもの読むよ。宇宙の神秘とか不思議なことが今でもたくさんあるでしょ」
「そうですね。俺も世界遺産とかの書籍を読むこともあります。俺、藤本先輩はどこか近寄りがたい見た目を感じてたんですけど、好きな本を話したときに仲間かもって思っちゃったんです」
「マイナーだもんね、あの本は」
「でも話してみたらやっぱり話もよく合うし、何よりそういうときの先輩、すごく楽しそうでしたから」
そんな顔していただろうか? 自分ではよくわからないのだけど、顔に出ていたのか。
「だから、なんかもっと話したくなっちゃうんですよね」
そんなもんかな? そこはちょっとわからないけど。
「すいません、本の貸出しいいですか?」
しまった、話し込んじゃった。
「あ、はい。柏木君お願いしていい?」
「はい」
「図書室で行う行事、企画とかはこの企画フォルダ。図書新聞は新聞フォルダ、委員会内の資料とかは図書フォルダに入ってるから、暇なときは本を読んでてもいいけどこっちにも目を向けておくと今後の役に立つから」
一学期もそろそろ終わる。
一年生の教育もそろそろ終わりで、柏木君と組むのも一旦は終わりになる。
「何か聞きたいことはある?」
柏木君が辺りを見回す。
「あの、藤本先輩って彼氏いるんですか?」
なんだそれ? 最近は告白なんてなかったけど。
「何か噂でもあった?」
「いえ!」
少し声を大きくしたので周りを確認する。近くには誰もいないようだ。
「あの、俺藤本先輩のこと好きになっちゃいました」
あー。またか。
「ごめんね、今彼氏作る気無いの」
どうせ見た目でしょう? そうジト目で見る。
だが、柏木君は私の目をじっと見て話す。
「俺、先輩と本の話をしているときとか、丁寧にいろいろ教えてくれるところとか、いいところばかり見てるかもしれませんが、そう言うところに惹かれてるんです。それじゃ恋愛対象に入りませんか?」
見た目以外を言う人は初めて見た。そしてここまで食いついてきた。あまりそういう人はいなかったから少し面食らう。
「恋愛対象に、というかそういう目で見ていなかったから」
「なら、これから藤本先輩に意識してもらえるように頑張ります! なにか変わってほしいところはありますか?」
なんていうか、こういうところも犬っぽいんだよなぁ。さて、どういったものだろうか?
「というか、諦めないの?」
「え?」
「ほら、今断られたわけでしょ? おとなしく諦めたりとかしないの?」
柏木君ははっきりという。
「諦めたくないです!」
とそのあとに小さく付け加える。
「といっても、藤本先輩のご迷惑になる、というのであれば諦めるべきだと思ってます。どうですか?」
いつもはっきり断って諦めてた人ばかり見てたからなぁ。
「とりあえず、付け回したり先回りなんてストーカーみたいなことしなきゃ……」
「勿論です! 藤本先輩の嫌がることはしません!」
なんだか根負けしたような気もする。
「何か自分にこうなってほしいとか変わってほしいこととかありますか?」
そう言われても。
ちょっと悩んで出した答えはただ単に先延ばしにするようなセリフ。
「変わってほしいことかぁ、とりあえず図書委員の仕事覚えてからね。じゃないと仕事のできない面倒な人になるから」
「了解です! じゃあ俺書棚に本返してきます!」
勢いよく立ち上がって本を返しに行った。
さて、どうしたものか。
こんな人会ったことない。しかも私のことが好きときた。
どうしていけばいいのだろう?
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