02.みずのうつわ
長いわけでもなければものすごく短いわけでもない。そんな20年の人生の中で俺が流した涙なんて、せいぜいこの520mlのペットボトル一本分くらいなんじゃないだろうか。と。
半分ほど飲んでしまったそれを振り振り、真剣かつぼんやりと考えてみたりする。
「そりゃ少ないな」
「少ないの?」
「一生分ためると大体65リットルだって、なんかのテレビでいってた」
ああそりゃ少ねえわと、ため息をひとつ。
80まで生きたとして、あと60年。520mlかけるの3は、ええと……うん。65リットルには遠く及ばないのはわかる。
「だから振られんのかね」
思わずこぼれた自虐的な言葉に、友人Aはかもなあと無責任に答えた。
それにだよねえと他人事のように返して、ペットボトルの中身をちゃぷちゃぷと揺らす。
「うん。俺だったらやだわ。お前みたいな男」
「まあ、俺も好かれたくはねえわな。男に」
「女だったらっていう前提を忘れんな。そこ大事、すげえ大事」
寝癖頭が二つ並んで、時間つぶしにもならないようなくだならないやりとりを繰り返す。
何らいつもと変わらない週の始まり。
あまりに普通すぎてある意味ドラマチックだった週末がまるで夢の中の出来事のように思える。……というのは、錯覚だとしても流石に都合がよすぎるだろうか。
「……何で」
「うん?」
「何でダメなんだろうなあ、俺」
わかってるよ。あれは夢なんかじゃない。
その証拠にほら。今もこうして、心臓のあたりがきしきしと軋んでる。
「すげえ好きだったのに、さよならを言われても涙の一粒も出ない」
好きかと聞かれれば好きだと答えた。
その言葉に、心に、嘘はひとつもない。
だけど彼女になる人は必ずこう言うんだ。
何かが足りない。どうしても満たされない。
どうしても埋められないその『空白』が怖いと。
「……そりゃあれだ。流れないだけだよ」
「……何、ソレ」
「心の容量がでっかくて、中々外に溢れないんだ」
ああ、そうか。
「……成程」
満ちることのない、俺の心の『器』
それが彼女が恐れた『空白』の正体なんだ。
「ごめん、一口頂戴」
らしくないことを言ったせいで喉が渇いたらしい。
友人A(またの名を後藤)は俺の手の中でめきめきと音をたてていたペットボトルを抜き取ると、いいよの一言を待つことなく指先でキャップを回しはじめた。
「それは、俺の涙です」
口をつける瞬間、つるりと出たその一言に、ぴたりとA(というか後藤だ)の動きが止まる。
「……どうりでしょっぺえはずだわ」
「貴重品だぞ。心して飲めよ」
嫌そうに眉をしかめる後藤にへらりと気の抜けた笑みを返して、ボトルの中で波打つそれを見つめる。
溢れることのない涙。
じゃあ何の為に、誰のためにそれは存在するのだろう。
こんな俺でもいつの日か、誰かを想って涙を流す日が来るのだろうか。
最後に彼女が見せた涙。あれはきっと、俺の為の涙。
それを思い出すたびに
心に、小さな水紋が広がる。
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