すばらしい仕事
日乃本 出(ひのもと いずる)
第1話 執行準備
喧騒にまみれた、夜の繁華街。辺りは趣味の悪いド派手なネオンのきらめきと、流行のやかましい音楽が鳴り響き、そこそこのスタイルにオツムがからっぽそうな顔がのっかった女達と、その女達の一夜のお相手にあずかろうと目論む男共で満ち溢れていた。そんな中をスーツ姿で歩いている俺は、おそらくかなり場違いな人間として周囲の奴らには映っていることだろう。
だが、俺だって好きでこんな堅苦しい姿で、こんな人間の快楽だけを求めているような場所をうろついているワケではない。このスーツというのは俺の仕事着なワケであって、つまり俺は仕事でこの繁華街にやってきているのだ。
「目標は現在あなたの前方およそ十メートル地点を歩いています」
耳の中につけている超小型のイヤホンを通して、周囲のピンクな雰囲気とはまったく釣り合わない抑揚の無い辛気臭いオペレーターの声が、今回のターゲットの位置情報を教えてきた。しかし、なんだねぇ。いくらお役所づとめとはいえ、もう少し愛想ってもんくらいあってもいいだろう。俺は軽く嘆息して周囲を軽く見渡し、そのイヤホンの声に答えた。
「もう少し、具体的に目標の説明をしてもらえんかね? あんたらも知ってのとおり、夜の繁華街ってやつは色んな人間がひしめきあってるもんだからねぇ」
「――目標の背格好はお渡しした資料に書かれてあったはずですが?」
「ああ、確かに書かれてあったさ、背格好はな。だがな、そいつはあくまでおおよその背格好であって、目標が今日どんな服装をしているかなんてことは書かれてなかったと思うんだがなぁ」
少しの沈黙のあと、あいも変わらずの抑揚の無い声が耳に響いてきた。
「失礼いたしました――本日の目標の服装は、デニムのズボンに無地の黒のTシャツにドラゴンのような刺繍の入った上着を羽織った服装となっております」
「つまり、ジーパンに金の龍の刺繍キメてるスカジャン羽織った、見るからに時代錯誤な化石のようなチンピラ風の野郎ってことだな?」
俺のこの言葉にオペレーターは、はぁ……という心の奥底からこみあげてきたような、深い深いため息を吐いた。
「……そうともいいます。それで、目標は視認できましたでしょうか?」
耳に響く声に、ちょびっとだがイラ立ちが含まれ始めたのがわかった。そうそう、若い女ってのは感情豊かなほうが魅力的ってなもんだ。たとえそれが、俺に対する嫌悪感であるにしろ――な。俺はフッと軽く鼻で笑い、少し小馬鹿にするような口調で応答してやった。
「へ~いへい。少々お待ちをってね」
俺は人ごみの中から少し顔をあげて、前方を見やった。なるほど、たしかにオペレーターの言うとおりの格好をした茶髪のチンピラが、身体は百点、顔は六十点の女を必死に口説いているのが確認できた。
「オーケイ。確認できた。じゃあ、執行に際してのご注文をお聞かせ願おうかな?」
「では、お伝えいたします――執行には先ほどお渡しした拳銃を使用していただきます。大腿部に一発打ち込み、数秒の間を置いて、心臓への一発という流れでやっていただきます」
「そいつぁまた、大騒ぎになりそうな執行方法だな」
俺は周囲の人ごみの流れを見やった。先ほどより人の流れが多くなってきたらしく、あちらこちらで客引きの声があがりはじめた。この客引きの声も、ほんの数分後に起こる執行の際には、今以上の大声をあげることになるに違いない。ただし、それは悲鳴だろうがな。
「ですが今回の執行は、非常に大きな効果を生むと私は考えます。新聞やニュースで見るよりも、実際でその目で見たほうが民衆も法というものをよく理解できることでしょう。それに……そこに集っている民衆達は、いわば我々の執行に対する予備軍になる可能性のある民衆達です。ですから、なおさら心に刻み付けることでしょう――法というものの重みを」
自分の言葉にでも酔ってんのか、いささかウットリしたような口調でオペレーターが言った。おお、こええこええ。感情豊かになってくれたのは結構だが、こんなイカれた感情を出してもらっちゃあ幻滅だ。前言撤回。やっぱ女は静かでおしとやかな方が魅力的のようだ。
「よし、そんじゃあお仕事に励もうとしようかねぇ」
「言葉は正確にお願いします。仕事ではなく、執行です」
んなもんどっちだって同じだろうに。俺は執行することが仕事なんであって、仕事=執行が俺の認識だ。だが、そんなことをこの頭でっかちなオペレーターに言ったって無駄だろうし、ここは素直にうなずいておくが賢明だろう。
「はいはい。それでは執行にうつらせていただきますので、しばらくの間、通信を切らせていただきますよ」
そういって、俺が胸元の内ポケットに忍ばせてある電波受信装置の電源に手をかけようとすると、
「お待ちください。執行の際には、必ず目標が確実に本人であると確認してから――」
「わかってるよ。ちゃ~んとご本人確認をおこたらずに執行させていただきますって」
まだ何か言いたげなオペレーターの声を無視して、俺は受信機の電源をオフにした。
そして、俺はスーツの下につけてあるホルスターに収めた拳銃に手をやった。ひんやりとした感触とずしりとした重みが、俺の手に伝わってくる。スーツから手を抜き出し、襟を正してから軽く深呼吸を一つして、俺はつぶやいた。
「さて――執行開始だ」
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