愛がなんだというのでしょう

しーちゃん

愛がなんだというのでしょう

「好きです!付き合ってください。」私に頭を下げる彼。よくも、こんなテンプレートみたいなセリフを恥ずかしげもなく言えるものだとバカにしつつ、少し微笑み彼を見る。「ありがとう。でも、ごめんなさい」3点。彼は私にとってそれくらいの価値。名前も知らない彼に私は興味はない。私は彼の前から立ち去った。今日はハズレ、つまらない。「美来?」その聞き覚えのある声に私は振り返る。「翔太くん、偶然だね!」そう微笑む。「さっき、友樹と歩いていくとこ見えて、気なって」そういう彼を見て笑みが零れる。前言撤回、つまらない今日を楽しい今日に変えられそう。「えっと、俺さ美来の事、好きなんだ。」気を緩めるとニヤついてしまいそうな気持ちを抑え彼を見つめる。「ありがとう。えっと、少し考えさせて。」59点。貴方にとって彼は何点なの?私に気付かれているなんて知りもしない彼女。隠れて私達の会話を聞いていた彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。彼に興味はないけど、貴方が好きだと言う翔太くんに向けられた好意には興味がある。心の底から満たされている事を感じる。顔が自然と綻ぶ。私はこの搾取する快感に溺れている。だって、他人が必死に求めている誰かの好意が私に向いているなんて、とっても気持ちいい事じゃない。「私多分天国には行けないだろうな。」そんな事を思い自分の性格の悪さを思い知る。でも私は私が嫌いな訳じゃない。

「彼氏がさ、最近なんか冷たくて、絶対他に女いるよ」とお弁当を食べる手を止め夏希が怒ってる。私も食べるのをやめて問いかける。「別れるの?」その言葉に夏希は俯いた。「別れたくない。でも、今この瞬間が辛い。」そこまで執着する心理が私には分からない。愛を与え尽くしても見返りなんてない事の方が多い。そんなの無駄。私なら誰にも決して何も与えない。目に沢山の涙を溜めている彼女に昨日の彼女の顔が重なる。あの時の私に生まれたものは罪悪感でもほんの少しの優越感でもない。あんな風に搾取される側になんて死んでもなりたくないという明確な気持ち。「美来は彼氏作らないの?この前も告られてたでしょ?」そう聞いてくる彼女に私は曖昧な反応しか出来ない。「んー、欲しくない訳じゃないんだけど。」「けど?」「昨日告白してきた人、歩美ちゃんが好きな人って聞いたことがあって、なんか気が引けちゃって返事濁しちゃった。」と取り繕う。「そっか。美来ってほんとに優しいよね。だからモテるんだね。」優しいかは知らないけど、モテるのは事実だと思う。異性に異性として見られる事は息をするより簡単。淡々とした日々は誰にでも平等で、そんな日々が退屈かどうかは自分次第。だから私は私を楽しませてくれるモノに飢えている。「よ!お前ら本当に仲良いな」と急に拓海くんが話しかけてきた。「拓海くん、お昼食べた?」と聞くと「当たり前」と笑われた。私は彼が苦手だ。彼と出会って半年が経つにも関わらず、私に好意を抱いている様子が無い。彼だけは思い通りに動かない。その事実が私をどうしようもなくイラつかせる。彼は私の気持ちを他所に「夏希どーした?泣きそうな顔して」と夏希の髪をグシャグシャと撫でている。多分この人はモテる人。私と同じ搾取する側。そんな彼を壊したくて仕方ない。「いいもん!本当の私を知ってくれる人探してやる!」と急に夏希が叫んだ。馬鹿馬鹿しい。本当の私だの、個性だの、求められなきゃ意味が無い。求められることほど気持ちいいことは無いのにと思いながらも、また取り繕う。「夏希のこと分かってくれる人絶対いるよ!応援してる!」「女子の会話って感じだな」と茶化しながら彼は友達の所に戻って行った。

「藤沢さん!」不意に呼び止められ立ち止まる。見たことはあるけど名前が分からない彼。「えっと、藤沢さんって好きな人とかいるの?」その言葉で察する。「居ないよ?なんで?」と首を少し傾け彼を見つめる。「あ、いや。何となく。ありがとう!急に呼び止めてごめん!」と一気に喋り走って行ってしまった。もう少しで楽しい一日に変わりそうだったのに惜しいなと少し残念に思う。すると急に「お前、ほんとにモテるよな」と声が聞こえ振り返る。「びっくりした。今の聞こえてた?」と彼に言う。「お前さ恋とかしたことあんの?」いつもより少し雰囲気の違う彼に少し苛立つ。「拓海くんこそ、恋したことある?」「そりゃ、あるよ。」その言葉の予定調和感が何となく許せなかった。壊したい。何もかも崩してしまいたい。だから、ついつい試してしまう。「そっか。拓海くんは、今も誰かに恋してるの?」少し寂しそうに、でも曖昧に。「お前っていつもそんな感じなの?」彼の言葉に戸惑う。「え?」「誰の事も好きにならないクセに、誰からも好かれないと気が済まないの?」返す言葉が見つからない。「お前、寂しい奴だな」そう言い彼はどこかに行ってしまった。意味がわからない。何度も何度も彼の言葉が頭の中で繰り返される。

何となく彼に会うのが気まずい。そんな事を思っているからなのか、「よ!」その1文字だけで私のリズムが乱される。「おはよ。」そう言うとフッと微笑む彼。余裕そうな彼に対して心底腹が立つ。「なんか怒ってる?」私の顔を覗き込んでくる。「怒ってないけど」「けど?」私は言葉が出ずに俯く。「言わなきゃ伝わんねーぞ?」何もかも言ってしまえたらどんなに楽だろ。私のお腹の中にあるドスドスとした黒いもの。そう思っても瞬間的に取り繕ってしまう。「ほんのちょっと皆が羨ましいだけ。自分以外の誰かを好きになるなんて、私にはありえない事だと思うから。誰かが良いって言ってくれなきゃ良さがわからない。それって寂しい事?」彼は何も言わない。この場を早く立ち去りたくて少し歩くスピードを早めようとした時彼が話しはじめた。「寂しさって与えられてたモノが奪われたり、無くなったりした時に感じるんだよ。奪われたり無くしたりしたことない奴や元々与えられなかった奴には分からない。お前はどっち?」そんなの分かるわけない。寂しいなんて思ったことないもの。「お前もいつか見つかるといいな。これだけは譲れないってモノ」そう優しく言う彼。「なら、教えてよ。譲れないモノの見つけ方。」この苛立ちは、彼を思い通りに出来ない悔しさからか、それとも私を見透かされたような焦りからなのか、分からない。分からないけど、私は彼の袖を必死に握っていた。「自分で歩いて見つけないと意味が無い。」それきり私たちは大学に着くまで一言も話さなかった。大学に着き拓海くんと別れてすぐに夏希が駆け寄ってきた。「美来おはよ!さっき拓海と歩いてなかった?」少し興奮気味で話す彼女に「たまたま会っただけよ」と言い講義に向かった。

それから数週間が経った。拓海くんとはあれから挨拶程度で会話をろくにしていない。「ねぇ、美来って拓海のこと好きなの?」不意に夏希に言われ焦る。「なんで?」「なんとなく。そんな気がしただけ。」認めたくないけど私自身自覚し始めていた。他人が欲した者しか興味がなかったはずなのに、彼に向けられる好意が目障りで仕方ない。どれだけ我儘で自分勝手な女なんだろう。独占、支配、優越、承認、欲望にはきりがない。まるで底なし沼だ。あの日から一言一句消えない彼の言葉に心が掻き乱されていく。何かを求めて欲しがって足掻いて、目一杯傷ついたとしても、それが特別な傷なら私も強くなれるのだろうか。1人でも歩いて行けるのだろうか。お弁当を食べ終わった頃「美来、ちょっといい?」と声がした。彼を見て私は頷く。彼の後に続いて歩き人目のない所で立ち止まった。彼が振り返り私に言う。「ごめん、急に。あの、そろそろ答え聞きたくて」少し緊張しているのが伝わる。知らなかった。人からの好意ってこんなにも重かったんだ。「どうして、私が好きなの?」「なんでだろ。なんでもソツなくこなす所見てて凄いなって。でも、見ていくウチに何と言うか危うい感というか、なんかほっとけない感じ。守ってあげたいって思った。」彼は彼なりに私を見て惹かれていた。諦めるとか諦めないの問題じゃない。好きになったらその人じゃないとダメで、何でも自分の都合いいように作り替えてしまう。でも現実が消えてくれないから皆悩み苦しむ。そして私は今思い知った。人の気を惹けば惹くほど、それが魅力になるとは限らないのだと。人生で初めて真剣に人の想いに向き合い丁寧に言葉をつむぎ、翔太くんの想いを断った。叶わない恋、儚い恋ってそんなに美しい?私はそうは思わない。だから、搾取するのはこれで最後。自分に言い聞かせ前を向き歩く。「ねぇ、今時間ある?」彼と話すのはあの日以来だ。上手く言えるか分からないけど、伝われ。だって、ハッピーエンドじゃないなら意味が無い。そう思ってしまうほど彼が好きなんだ。「どした?」彼の声。【好きです。私と付き合ってください。】いつだったか、テンプレートだと馬鹿にしたあの言葉。私らしくない言葉を飲み込む。気持ちを伝えるのってこんなに勇気がいるんだ。つくづく思う。私って本当に空っぽで何も知らない奴なんだと。彼の目を見つめ深呼吸をする。「拓海くんは今も誰かに恋してる?」あの日の言葉をもう一度。「あぁ。」「そっか。」長い沈黙。都合よく風が私達を包んでくれる、なんてことは無い。気まずさと胸の苦しさだけが私を包んでいた。

翌日、いつもと変わらなず大学に向かう。そして昨日のことを思い出す。本当にずるい女だとしみじみ思う。学校に着くなり目を歩く彼と見慣れた女が目に入る。無理やり腕を絡め歩く彼女。私は2人に近き言い放つ。「無許可で人の彼氏に引っ付かないでね」そして、彼の隣を歩く。人なんてそんなに大きくは変われない。性格が激変するわけでもなければ、私はやっぱり搾取される側になりたくないのか、勝てる勝負しか出来なかった。それでも、自分から勝負を切り出したのは成長だと思って欲しい。だって、誰にも何も与えようししなかった女が、与えたいと思ったのだから。誰も好きになれないと言っていた女が彼を好きになったのだから。

彼を運命の人だと言うのか、今の私には分からない。だから、これから2人で確かめていこう。そして、いつか本物を知れたらいいなと思う。

『愛がなんだというのでしょう』


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愛がなんだというのでしょう しーちゃん @Mototochigami

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