第81話 あやしいメルル

「かしこまりました。ご主人様は既に聞く資格を持っておいでですしね」


 聞く資格、か。


 おそらく彼女たちの呪いを解いた段階で資格とやらは得ていたのだろう。


 ならば今までメルルが一族についてぼかしていたのは、俺が興味を持って聞こうとしない限り伝える必要のない情報だったからか。


「我々の正体は奉仕竜族サービス・ドラゴンという太古から続く秘密の一族です」


 奉仕竜族サービス・ドラゴン

 チェルムもそう名乗っていたな。


奉仕竜族サービス・ドラゴンを構成しているのは、強者に仕えることを目指す竜人族です。お屋敷のメイド長を筆頭として、各係の指導長、係員、係見習いといったぶら下がりの階級構造になっています。大半が屋敷で暮らす見習いですが、お屋敷での奉仕修行を終えた係員以上の者は一人前とみなされ、外の世界に奉公に出てお屋敷に外貨をもたらします。ちなみにお屋敷も実はダンジョンの中にありまして、私のような『お料理係』がモンスターを退治して魔石を手に入れ、日々の生活の資源としています」


 なんと、俺と同じようにダンジョンで暮らしていたのか。

 なんだかシンパシーを感じるな……。


「それと我々は掟を非常に重視しています。主人に仕えるにあたり己を律する必要があるからです」

「チェルムはこれっぽっちも己を律してなかった気がするがな」


 俺のコメントにメルルが苦笑する。


「まあ、私を含め考えるよりも先に手が出る者が多いので。だからこその掟でもあるのですが」


 真っ先にチェルムの顔が思い浮かんだ。


「すごく納得した。掟は必要だ。ところで、君は自分を『お料理係』だと言ったな? チェルムは『お掃除係』を名乗っていたが、これが奉仕竜族サービス・ドラゴンにおける役割分担を表すと考えていいのか?」

「そのとおりです。チェルム・ダークレアが名乗った『お掃除係』は、主人の身の周りを綺麗にする役目ですね」


 身の回りを綺麗に……か。

 俺の深読みに気付いたのか、メルルがぴんと指を立てて解説を続けてくれた。


「お察しのとおり、この担当には表と裏の役割がありまして。お掃除係の場合、表は文字通りの掃除を。裏では暗殺などの汚れ仕事を担います。ちなみに私はお料理係の見習いでした。表は普通のお料理を、裏では敵を料理する……つまりは戦闘を担っておりました」

「なるほど。一度聞いただけでは裏の役目がわからないようにしているわけか。そして裏を把握しているのは……」

「はい。原則として我々の裏の役目は主人と認められる者以外には秘匿されます。そのほうが何かと都合がいいですから」


 何かと秘密の多い一族というわけか。

 となると、ウィスリーの追放理由はやはり主人以外に一族の秘密を漏らしたとかか?


「ウィスリーが追放されたとき何があった? メルル、知っていれば教えてくれ。ウィスリーに話を聞く前に事情を知っておきたい」


 メルルが困ったように頭を下げた。 


「申し訳ありません。前にも申し上げましたとおり、私はウィスリーが追放された折は屋敷におりませんでしたので、詳しくは存じ上げないのです」

「そういえば、そんなことを言っていたな。だが、追放理由くらいは聞いているのだろう?」

「はい。確か……壺を割ったと聞いております」

「は……?」


 壺? 壺だと?


「たったそれだけの理由でウィスリーは追放されたのかっ!?」


 なんという理不尽!

 ゆるすまじ奉仕竜族サービス・ドラゴン


「落ち着いてくださいませご主人様、お気を確かに!」


 思わず立ち上がって怒りに震える俺を、メルルがなだめようとしてくる。


「これが落ち着いていられるかっ! メルル、君は呪われていたときのウィスリーの目を見てないからわかるまい! あの子は人の姿に戻れず、モンスターとして生きてゆかねばならない未来に深く絶望していた! 誰よりも他人のことを気遣う心優しいウィスリーが、どうして壺を割った程度でそこまでの目に遭わなくてはならないんだっ!!」


 絶叫した。

 煮えたぎるような感情を思う様に吐き出した。


「ううっ……」


 メルルが痛みに顔を歪めている。

 気づけば、俺は彼女の両肩を強く掴んでいた。

 慌てて放し、彼女を治療ヒールする。


「すまない、取り乱した」

「いえ。私の方こそ差し出がましい真似を……」


 メルルが頭を下げた。


「ご主人様のお怒りはごもっともでした。ウィスリーをそこまで案じてくださったことにも深い感謝を。ですが、私の考えを話してもよろしいですか?」

「……ああ」

「おそらく壺を割ったのはきっかけに過ぎません。あの子は他にもいろいろやらかしてきましたので、小さなことが積み重なったのではないかと思います。それに高価な壺だったのかもしれませんし」

「ふむ……」


 今回のウィスリーの癇癪かんしゃくは、追放理由と結びついていると考えていたが、違うのか?

 やはりウィスリー自身に聞くしかないのだろうか。

 いや、聞くにしてもウィスリーに話す準備ができているかどうか。


 だが、当面の方針は決まった。


「メルル。チェルムに関することは他言無用だ。ウィスリーを含め、誰にも話すな」

「かしこまりました」


 今回の癇癪かんしゃくと無関係そうなら、追放理由をウィスリーに聞くのは保留だ。

 むしろ、ウィスリーも壺を割ったから追放されたと思っている可能性が高い。

 それにメルルの話だと落ち込んでいるみたいだから、まずは安心させてあげるのが先決だ。


「ええと、その……お話は以上でしょうか、ご主人様」


 メルルが聞きにくそうに確認してくる。


「ん? ああ、そうだな。いろいろすまなかった。もう部屋に戻って休んでくれて大丈夫だぞ」

「あっ……か、かしこまりました。ですが、その前にご主人様にひとつ確認したいことがありましてっ!」


 メルルの声が突然高くなった。

 心なしか顔が赤い。


「確認したいこと?」

「さささ昨晩のことなのですがっ」


 昨晩……?

 ああ、俺が貧血で倒れたことか。


「その後のご気分はどうですか? お体の調子が優れなかったりはしませんか」


 メルルにしては珍しく、もじもじと言いにくそうにしている。

 尻尾もあっちこっちに揺れていた。


「まだ少し貧血気味だが、体調は問題ないぞ」

「その……ご奉仕が嫌になったりは? 大変なことになってしまいましたし……」


 どうして、ご奉仕が嫌になると……?

 ああ、俺が鼻血を出したのをご奉仕のせいだと誤解しているのか。


「まったく問題ない。ウィスリーのご奉仕は最高だったとも」

「そうですかっ!? よかった、よかったです! 助かる命がありますっ! 具体的には私の命が!」


 少し不安そうだったメルルの表情が一気にパァッと明るくなった。

 手を打ち合わせて大喜びしている。


 それにしても命が助かるとまで言うとは……メルルはよっぽど夜のご奉仕がしたいんだな。


「ええと、今日はメルルの番だったな。頼んだぞ」

「はいっ! きちんとご奉仕をしますので、ゆっくり休んでくださいねっ! それではこれで失礼します!」


 メルルがルンルンと部屋を出ていった。


 急にあんなにテンションを上げてどうしたんだ?

 なんだかあやしいな……。

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