十日目
第70話 ウィスリーのトラウマ
故意ではないとはいえシエリの裸を見てしまった。
羞恥と申し訳なさで顔を見られないんじゃないかと心配したが、どうやら
幸か不幸か、もうそんな気力すらない。
「さすがに宿で休んだほうがいいよって言ったんだけど、ご主人さまはどうしても出かけるって……」
ウィスリーが心配そうに俺を見上げている。
昨晩はメルルといっしょに徹夜で看病してくれていたらしい。
姉妹には世話になってばかりだ。そろそろ給金の話もちゃんとしなくてはな……。
「そ、そうね。さすがにこれじゃ冒険は無理よね。今日はお休みにしましょ」
俺の顔色がよっぽど悪かったのだろう。
勤勉第一のシエリまでもが休んだほうがいいと言ってくる。
「すまない。そうさせてもらうと助かる」
シエリには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
すべてを打ち明けて楽になりたいが、フレモンの真実を話すわけにはいかない。
どんな嘘を吐いてでも、シエリの夢だけはなんとしても守らねば。
「でも、休むならどうして来たの?」
「ピューのことだ。連れてきていないようだが……あのスライムは今、どこにいる?」
実を言うと気を失ったときにスライムとのリンクが途切れてしまった。
従来の
感覚共有が制御できなくなってしまったこともそうだし、やはり
早急にスライムを回収して、
「ピューちゃんを連れて王都を歩くのはいろいろ危ないし、とりあえず置いてきたわ。大丈夫! ちゃんと信用できる人に預けてきたから」
「そうか、いないのか……」
シエリの様子からして俺の制御を離れても暴れてはいないようだ。
戦闘能力は一切持たせていないが、少し心配ではある。
「あれ? そういえば、なんでピューちゃんって名付けたことをアーカンソーが知ってるの?」
「そ、それは……!」
しまった!
スライムの名前は本来なら俺が知り得ない情報だ!
「あのスライムはピューピュー鳴いてたし、それくらいご主人さまなら簡単に予想できるよ!」
「それもそうね! アーカンソーだし!」
ウィスリーの謎の信頼とシエリの思い込みに助けられた。
危ない危ない……。
「しかしだな。信用できる人というのは本当に大丈夫なのか? 新種のモンスターを預けられるほどか?」
「ええ、そこはあたしを信頼してほしいわね。それにアーカンソーが発見したってことは伝えてあるから絶対にひどい扱いは受けないって保障できるわ」
そう言ってから、シエリがちらっとウィスリーを盗み見た。
ウィスリーがいるところでは話せないということは、王家にまつわる人間か。
普段なら絶対に関わりたくないが――
「よければ紹介してくれないか?」
「えっ……?」
シエリが信じられないという顔をした。
「いいの? アーカンソー、本気?」
「何かまずいのか?」
「ぜんぜんまずくない! むしろ、絶対会いたがると思うわ!」
何故かシエリが目を輝かせる。
どういう相手なんだ……?
「あ、でもウィスリーは……」
「ん? あちしがどうかした?」
ああ、王家にまつわる人物に会いに行くとなるとシエリの出自も話さねばならないしな。
留守番……いや、それだけはないな。
ウィスリーには、あらゆる意味で常に隣にいてもらいたい。
「同じパーティでやっていくんだ。この際だから、ウィスリーにも話してしまうといい」
「うーん、そうね! アーカンソーが見込んだ竜人族なんだし! 秘密は守れるわよね!」
「えっ……」
ウィスリーが一気に不安そうな顔になった。
「そ、それってもしかして、絶対しゃべっちゃいけない系のヒミツ……?」
「んー、そうね! もし話しちゃったら処刑されるか、この国を出禁になるくらいの秘密よ!」
シエリが面白がってウィスリーをからかう。
次の瞬間――
「絶対やだっ!!!」
ウィスリーが叫んだ。
店内がしん、と静まり返る。
「ヒミツなんて知りたくない! あちし、話したくて仕方なくなっちゃうもん!」
ウィスリーが俺の背中に隠れた。
その体がブルブルと震えているのがローブを通して伝わってくる。
「お、脅しすぎたかしら? ごめんなさい、冗談だったの。ちょっとからかっただけから……」
不味いことをしたと気づいたシエリが、慌ててなだめ始めた。
しかし、ウィスリーの
「やだやだやだ! あちし、知りたくなんかない!!」
このウィスリーの怯えよう……。
もしかして、追放理由に関わることか?
一族の秘密を外部に漏らしたことがトラウマになっているとかか?
ならば――
「ウィスリー」
俺はまだ怯えているウィスリーの頭に手を添えた。
「徹夜明けに無理を言ってすまなかった。宿に戻って休んでいなさい」
「……あい。ごめんなさい」
「何も謝らなくていい。何も怖がらなくていい。俺は君を必要としている。だから、君も俺が必要になったらいつでも言いなさい」
ウィスリーは何も言わない。
ただ、自分の頭の上にある俺の手をぎゅっと握り返した。
「……そうか。なら行きなさい」
ウィスリーは無言のまま俺の指示に従い、十三支部を後にした。
「だ、大丈夫なの? あの子……」
シエリが心配そうに聞いてくる。
「今日なら宿にはメルルがいるからな。彼女に任せる」
「そうじゃなくって! アンタがついててあげなくて大丈夫なのかって言ってるのよ!」
シエリが俺を責め立ててくる。
しかし、俺は首を横に振った。
「シエリ、今の話を聞いていなかったか? 必要になったら言えと伝えたが、あの子は何も言わなかった。だったら俺はウィスリーを信じ、やるべきことをやる」
トラウマに向き合うことがどれほど恐ろしいか、俺には痛いほど理解できる。
あれは他人が克服を強要していいものではない。
たとえ俺がウィスリーの主人であってもだ。
立ち向かうタイミングは彼女自身が自分で決めなくてはならない。
「さあシエリ、案内してくれ。俺の覚悟が鈍らないうちにな」
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