第45話 最適よりも大切なこと

 さて、と。

 ようやく平穏が訪れると思ったのも束の間、いきなりシエリがやってきて俺をパーティに誘ってきたわけだが。


「どうしよう……」


 嘘偽りのない俺の本音だった。

 どうすべきなのか、さっぱりわからない。


「ご主人さま、嫌だって言ってなかった?」

「それは……」


 ウィスリーの問いかけにも思わず口ごもってしまう。

 俺が嫌なのは『はじまりの旅団』そのものじゃない。

 俺が恐れているのは……ううん、どう言えば伝わるかわからんな。


「ご主人さまが悩んでる理由、よくわかんない。だって仲間だって思ってた人たちにもういらないって追い出されたんでしょ? 恨んだりしてないの?」

「……そうだな。彼らが俺を虐げていたら……恨むことができていたら、どんなに楽だったろうな」


 俺が『はじまりの旅団』のみんなを嫌っていれば、そんな簡単な話はない。突っぱねて終わりだ。

 彼らの人柄を好ましいとすら思っているから難しいのだ。

『はじまりの旅団』に未練はないつもりだったが、いざこうして手を差し伸べられると迷いが生じている。


「そっか……」


 ウィスリーが寂しそうにうつむく。

 どうしてそんな顔をするのだろう?


「あー! 暗い暗い! 口出しするのも野暮かと思ってたけど、見ちゃいらんねぇ!」

「イッチー!?」


 それまで聞こえないフリをしてくれていたイッチーがテーブルに乱入してきた。


「一か十かで迷うから答えが出ないんだよ! そんなの適当に妥協して、お互いの真ん中を探りゃいいんだ!」

「むっ、どういう意味だ?」

「選択肢は『はじまりの旅団』に戻るか戻らないかだけじゃねぇってことだよ。つーかよ。それ以前にウィスリーちゃんはどうなんのさ? 『はじまりの旅団』に戻るなら置いてくのか?」

「あっ……」


 そうか!

 ウィスリーが落ち込んでいたのは自分が置いていかれるかもしれないと不安だったからか!


「す、すまん。自分のとこだけで頭がいっぱいで、すっかり抜け落ちていた。ウィスリーと別れるのだけは有り得ん。というか、発想の外だった。当たり前のようについてきてくれるものだとばかり思っていた」


 ウィスリーがガバッと顔を上げて目をキラキラさせた。

 どうやら不安を払拭できたようだ。

 だが、イッチーは容赦なく俺の甘さを追及してくる。


「そんなの、シエリさんが承諾してくれるかどうかわからねぇだろ?」

「言われてみればそのとおりだ!」

「そういうところから詰めてけばいいじゃねぇか。どこまでなら譲れて、どこからが譲れないのか。話しながら互いに擦り合わせていくんだよ。こんなの交渉の基礎だぜ? それなのに、今のままじゃシエリさんに条件すら提示できないじゃねぇか。まったくよぉ……」

「す、すまん。そういうのはからきしなんだ」

「ふぅ……ようやくひとつ、アーカンソーさんに勝てたってわけか。まぁでも、俺の冒険者クラスは盗賊なんだし勝って当たり前の分野なんだよなぁ。とはいえ、俺にもようやくわかってきたぜ。そういうところなんだよ、アーカンソーさん」

「む、どういうところだ?」

「アンタはひとりで考えすぎる」


 イッチーの言葉に思わずハッとした。

 師匠たちにも同じ指摘をされたことがあるからだ。


「なんだってできるし解決できちまうから、自分だけで解決しようとする。そんなんじゃ『はじまりの旅団』を追放されたのも頷けるぜ。アンタ、一度でも仲間に相談を持ちかけたことがあったのかい?」

「そ、それは……」


 思い出そうとして戦慄する。

 そんな記憶は一切なかったからだ。

 常に最適と思える行動、連携、魔法を選んできた。

 仲間たちは口出ししてこなかったし、常に結果も出してきた。

 何ひとつ問題などなかったと、今の今まで考えていたのだ。


「どうすればいいのかわからないってんなら仲間なり俺らなりに相談しろよ! 水臭ぇんだよ!」


 イッチーに呼応するように他の冒険者たちもやってくる。


「そうそう。困ってるというならワシらにも頼ってほしいもんだの」

「はじまりの旅団に戻っても、オレたちとアーカンソー氏の友情は終わらないんだぜ!」

「ニーレン……サンゲル……」

「もちろんわたしたちもね、アーカンソー様!」


 さらにここぞとばかりにレダたち三人娘もやってきた。


「ま、わたしは友情より愛情を育みたいけど」

「レダ……」

「キャ〜! アーカンソー様、駄目なところも好き好き〜! いっぱい甘やかして手の中でコロコロ転がしたい〜!」

「ちょっとフワルル、みんなで仲良くシェアするって約束でしょ! まあ、最初に惚れさせるのはこのアーシだけどねー」


 何を言っているか意味不明だが、励ましてくれているはわかる。

 というか、三人娘の残りふたりはフワルルとアーシという名前だったのか。初めて知った。

 十三支部の他のみんなも口々に励ましの言葉を投げかけてくれる。


「みんな、ありがとう」


 俺はごく自然に頭を下げていた。


「どうすればいいか、わからない。だから……俺を助けてくれ」

「あちしからもお願いします。ご主人さまを助けてあげてください」


 思わず顔を上げて隣を見た。

 ウィスリーが礼儀正しく、みんなに頭を下げている。

 胸にこみ上げる何かを感じながら、俺は再び頭を下げた。


「俺たちに任しとけ! 絶対に悪いようにはしないぜぇ!」

「「「おおおぉぉぉ!!」」」


 十三支部の雄叫びがなんとも力強い。


 よし。

 死ぬほど逃げ出したいが、不慣れな対人交渉を乗り切ってみせるぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る