八日目

第46話 シエリ無双

「また来る……とは言ったけど。まさか昨日の今日で呼び出されるとは思わなかったわ」


 前と同じ席に座ったシエリが呆れたように肩をすくめた。

 イッチーが第二支部にまでわざわざシエリを呼びに行ってくれたのだ。


「俺も胸にしこりがあるままでは冒険者稼業に身が入らないからな」

「へえ……意外ね。そういうのは気にしないと思ってた」


 シエリが本当に意外そうな顔で笑っている。

 確かに『はじまりの旅団』にいるときは気にしたことがなかった……というより、気にしないで済むように仲間が配慮してくれていたのだろう。


「ドリンクです。どうぞ」


 目の前に置かれたドリンクを見てシエリが怪訝けげんそうな顔をした。


「頼んでないけど?」

「俺からの奢りだ」

「……そんな気遣いできたのね、アンタ」


 シエリが眉をひそめながらもドリンクを口に運ぶ。


「なにこれ、おいしいっ!?」

「お口に合ったようで何よりです」


 驚くシエリに笑顔で頷いたのは、ドリンクを給仕してくれたメルルだ。

 彼女はそのままごく自然な動作でシエリの背後に待機する。

 完璧な配置だ……これで俺が何かポカをやらかしたときは彼女がカンペを出してくれる。


 そう……今回の俺は十三支部の全員が意見を出し合いイッチーがプロデュースしてくれた案に従って、シエリとの交渉に挑む。

 つまり、この十三支部そのものが俺を支援してくれている形だ。

 シエリは完全なるアウェーなわけだが、俺と彼女のコミュニケーション能力の差を考えれば、これでも足りないくらいである。

 そして当たり前のような顔で同席するウィスリーがなんとも心強い。


 今も手が震えている。

 これから対人交渉を魔法なしで乗り切らねばならない。

 きっとこれは俺に課せられた試練なのだ。


 ……大丈夫。

 昨日は何度もリハーサルをしたんだ。

 みんなも協力してくれた。

 どういう結果になろうとも、最後までやり切ってみせる!


「それで……わざわざあたしを呼び出したってことは、もう返事は決まったってことでいいのかしら?」

「いいや。俺が『はじまりの旅団』に戻るのには条件がある」

「ふぅん。じゃあ、聞かせてもらえる?」


 シエリは余裕そうに頬杖をつきながら微笑んだ。


「まず第一に、ウィスリーの加入だ」


 ウィスリーがフンスと鼻息あらく胸を張る。


「彼女は冒険者としては新人で経験も浅い。ときには足を引っ張ることもあるだろう。だが、認めてもらえないようなら、俺は『はじまりの旅団』には戻らない」


 これだけは本当に譲れない条件だ。

 そしてイッチー曰く「新規メンバーが入るとなれば他の仲間にも相談しなきゃ駄目なはずだぜぇ!」とのこと。


 つまり、シエリの一存で決められない。


 一度話を持ち帰らせて、うまくいけば話をご破産に持っていけるかもしれない。

 そういう腹積もりだったのだが。


「そうね。いいんじゃないの?」


 少しばかりウィスリーに視線を向けただけでシエリはあっさり首肯した。


「それで、他には?」


 あまりにも軽く受け流されたので口をパクパクさせていたら逆に続きを催促されてしまった。


「え、ええとだな……」


 むっ! メルルからのカンペで「他のメンバーの許可はどうなのか聞いてください」と指示が来たぞ!

 えーと、えーと……。


「ま、まあ待て。カルンとセイエレムに相談なしで決めていいのか?」

「ん? だってその子って竜人族でしょ? 前衛なら即戦力じゃない。経験はこれから積んでいけばいいんだし。これまでも戦士がカルンしかいなくて本人が愚痴ってたくらいだし、誰も反対なんてしないと思うけど?」


 な、なんだとっ!?

 そんな話は聞いたことがないぞ!!

 クッ、こんなところでも日々のコミュニケーションの差が……!


「まったく、さすがよね。異種族ってだけでエルメシアじゃレアなのに、こんな逸材をあっさり発掘するなんて」


 き、昨日の「さすがね」ってそういう意味だったのかーっ!


「それで? 二つ目の条件は?」

「ふ、二つ目は、ええとだな……」


 メルルが素早くカンペを用意してくれた。

 本当にありがとう!


「もうひとつが、拠点ホームを第十三支部に移すことだ!」


 シエリがさすがに面食らった顔になった。

 そうだろうそうだろう……その反応を待っていたぞ!


「えっと……本気? それって依頼のレベルが今までよりも下がり過ぎて、報酬の桁もびっくりするくらい少なくなるわよ?」


 そのとおり。

 俺も昨日まで知らなかったのだが、十三支部で受けられるクエストはゴブリン退治やウルフ退治、そして下水道の大ネズミ退治などの常設依頼がほとんど。

 たまに紹介されるクエストもお金に困っている人が駄目元で出すような依頼なので、今までのように大金を稼ぐことはできない。


 さすがにこればかりはめないだろうとタカをくくっていると。


「まあ、それくらいならいいわよ。アンタにも考えがあってのことなんだろうし……」

「何……?」


 なんだ、その答えはっ!?

 予習したパターンの中にないぞ!

 メルルもあたふたしててカンペを出してくれない!


 ええい、こうなったら!


「タ、タイムだ!」

「へ?」

「すまんなシエリ、しばし待て!」


 俺は素早く酒場の外に出る。

 そこには俺が渡しておいた通話のイヤリングで一部始終を盗み聞きしていたイッチーがいた。

 

「アーカンソーさん、タイムはいくらなんでも怪しいって! せめてお手洗いに行くぐらいの言い訳をしてくれよぉ!」

「わかった、次はそうする! それで、どうすればいい?」

「どうしたもんか……」


 イッチーも頭を抱える。


「十三支部は最底辺。ダメ冒険者の溜まり場。自分で言ってて悲しくなるけど、それが事実だ! なのに、十三支部を拠点ホームにするなんて話をあんなあっさり承諾するなんて、これっぽっちも予想してなかったぜ。だけど、ひとつだけ確かなことがわかった」

「それは?」

「シエリさんは、金や名誉以上にアンタを優先してるってことだ。チックショウ、一度は見えた気がしたんだが、アンタが追放された理由がまたわからなくなっちまいそうだぜ……」

「まったくだな」


 俺はシエリに泣かれるだけの仕打ちをした。

 なのに、自分が悪かったと頭を下げてまで俺を引き入れようとしている。


 いったい何故?


「それにしても……『はじまりの旅団』のリーダーってカルンさんだよなぁ? なんでシエリさんだけ来てんだろうな?」


 イッチーがぼそっと漏らした一言を聞いてハッとした。

 確かに一度追放したメンバーを再加入させたいというならリーダーが来るのが筋のはず。


「シエリ……君はいったい何を考えているんだ?」

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