第39話 追及

「ええーっ! ご主人さまが『しめーてはい』!?」


 第七支部での顛末を話した途端にウィスリーが跳び上がった。


「ああ、どうやらそういうことらしいな……」


 俺は宿のベッドに腰かけたまま頭を抱えた。


 予想外の事態に直面した俺は、すべての計画を中断し、そのまま宿にとんぼ返りしたのだ。

 本来なら冒険者たちに存在をアピールしながら凱旋するつもりだったのに、裏の勝手口からこそこそと抜け出す体たらく。

 なんの成果もなく手ぶらで帰還したのだ。我ながら情けない。


「なんで! どーしてっ!? ご主人さま、何も悪いことなんて……あっ!」

「どうしたウィスリー!?」

「そういえば前に通報されたことあった!」

「うっ、そういえば……」


 俺に身に覚えがなくても、勘違いした誰かが俺をハントするよう依頼を出すことは有り得ない話ではない……!


「うーん。でも、その依頼……なんかちょっと引っかかる気がするんだけどなー」


 ウィスリーが腕組みしたまま首を捻った。


「依頼人はどなたなのですか?」


 メルルが尋ねてくる。


「俺も聞いてみたんだが、匿名だそうだ」

「はぁ……仮にも人を追跡したり殺害するのにですか? 依頼人が名前を明かさないのは、あまりにも不義理では?」 


 まあ、当然の疑問だな。


「そう珍しい話でもない。身分を明かしたくない依頼人も多いし、ギルドが裏を取ると保証しているから問題が起きても冒険者側は責任を取らなくてもいいんだ。もちろん、後味が悪くならないようにきちんと調査してから取りかかるのが普通だが」

「そうなのですか。それでは、依頼は受けなかったのですね?」

「当たり前だろう。俺が俺をハントする仕事なんだぞ。受けられるわけがない」


 この依頼を受けたら、自殺するか出頭することでしか解決できない。

 そう思っての解答だったが、メルルは首を横に振った。


「落ち着いて考えてみてくださいませ。ご主人さまが手配されるなど何かの間違いです。そういう依頼が出される可能性……本当にお心当たりはないのですか?」

「それは――」

「あっ、そっか! そういうことか!」


 俺が思いを巡らせる前にウィスリーがポン! と手を叩いた。


「ご主人さま! この依頼、やっぱりおかしーよ!」

「おかしい? いったい何が……」

「ドラゴンの話っ! あちしが変身しないと『ドラゴンを使役するあんこくまどーし』なんて話にはならないはずだよっ!」

「あっ、本当だ!」


 そんな簡単なことにも気づかないなんて……ああ、俺はなんて愚かなんだ!


「ご主人様にとって我々がドラゴンになれるのは当たり前のこと過ぎて、認識が及ばなかったのでしょう。人によって見え方は違うものですからね。よくあるお話です」


 メルルが優しくフォローしてくれた。


「そういうことなら話は簡単だね! 依頼した人は、あちしの変身を見たことがあるってことだから。そうなるとカーネルかな?」


 ウィスリーの思い付きに、俺は首を横に振った。


「いや……カーネルの記憶は消してある。仮に呪いが解けたとしても、冒険者である彼がギルドに依頼を出すとは考えにくい。そもそも俺が『ドラゴンを従える暗黒魔導士風の男』であると思い出したなら、そのハントの依頼に『アーカンソー本人』を指名するのは有り得ない」

「あ、だったら!」

「そうだ」


 同じ人物に思い至ったのだろう。

 ひらめきに笑顔を浮かべるウィスリーに、俺はニヤリと笑って頷き返した。


「この依頼を出せる人物はひとりしかいない」



 ◇ ◇ ◇



 その人物は王都を離れ、夜の山道を歩いていた。


「こ、ここまで来ればもう……」

「……俺から逃れられると思っていたのか?」

「ヒッ!? アンタはまさか……!」


 俺は闇の帳から月の光の下へと踏み出した。

 目の前の人物の顔もよく見える。


「数日ぶりだなブロッケン。まさか、こんなに早くお前の顔を見ることになるとは思わなかった」

「どうして――」

「どうしてお前の居場所がわかったか、か?」


 ニヤリと笑い返してから、俺は数本の髪の毛を取り出した。


「こんなこともあろうかと、あのとき事務所で貴様の毛髪を何本か拝借していたんだよ。肉体の一部を触媒にすれば特定の人物の居場所を見つけ出すことなど造作もない」

「オ、オレに何の用だ! もうあのドワーフ娘には手を出しちゃいない!」

「そのことではない。アーカンソーのことだ」


 俺がそう言うと、ブロッケンは観念したように肩を落とした。


「テメェからその名前が出るってことは……畜生、オレ様もここまでってわけか。そうさ……テメェを追いかけるのは、あのアーカンソーだ! エルメシアを救った最強の英雄がテメェを始末する! わかってんのか! オレは殺られるかもしれないが、テメェも終わりだ! ざまあみやがれ!」

「ああ……そういえば、お前には名乗っていないんだったな。道理で……」


 こんなことになるわけだ……と納得してから、俺はブロッケンに向かって笑みを向けた。


「改めて自己紹介をさせてもらおう。俺の名はアーカンソー。自分退治を依頼された冒険者だ」

「は……はは……嘘だ。いくらなんでも、そんなこと……」


 呆然とするブロッケンに、俺は無言で懐からギルド証を取り出して見せる。

 月に照らされ白金がきらりと輝くと、ブロッケンの目が点になった。


「…………え、本物?」

「疑うなら、いっしょにギルドに行くか? 鑑定してもらえば証明できる」


 事ここに至ってようやくブロッケンはすべてを理解したらしい。

 血相を変えて言い訳をまくし立ててくる。


「ちちち違うんですよアレは! 俺が出した依頼ってわけじゃないんです!」

「だったら、すべてを話すんだ」


 まるで打ち合わせたように完璧なタイミングで二頭のドラゴンが俺の傍らに降り立つ。

 その衝撃波のせいか、ブロッケンがぺたんと腰を抜かした。

 俺は駄目押しにとっておきの笑みを浮かべる。


「……彼女たちに生きたまま食われたくはないだろ?」

「ド、ドラゴンが増えてる……あは、あはははは……」


 ブロッケンが失禁する。

 悪党とはいえさすがに気の毒だと思いつつも、俺は最後まで悪役っぽい演技を続けることにした。


「さあ、洗いざらい吐け。そうすれば命だけは助けてやろう」

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