第38話 VIP待遇

 来賓室とでも呼べばいいだろうか。俺が通されたのは、やたら豪華な部屋だった。

 受付ロビーの親しみやすい雰囲気とは真逆で、気後れしてしまいそうになる。


「アーカンソー様! よくぞいらっしゃいました! 私が冒険者ギルド第七支部長のトンファスです! どうぞこちらへ!」


 トンファスと名乗った紳士風の中年男性が一礼したのち、奥のこれまた豪華そうな生地のソファを指し示した。

 しかしテーブルを挟んだ反対側には普通の椅子がある。アンティークの高そうな一品ではあったが、ソファよりは数段劣るだろう。


「俺はこっちの普通の椅子で充分なんだが……」

「と、とんでもない! どうぞ奥のソファへおかけください!」


 トンファスがどうしてもというので、仕方なくソファに腰かけた。

 体が深く沈み込む、これまで座ったことのないタイプのソファだった。

 とっても楽ちんだが、人間を駄目にしそうなやわらかさだ。

 俺が座ると、トンファスも緊張の面持ちで向かいの椅子に腰掛けた。


「わざわざこのような対応をしてもらえるとは、お心遣い痛み入る」

「いえいえ滅相もありません! むしろ、これが精いっぱいでして……お恥ずかしい限りです」

「しかし、トンファス殿はさっきからどうして俺に対して様付けなんだ? 受付嬢はまだわかるが、支部長ともなればそれなりの地位だろうに」

「そんなまさか! 国家の英雄に対して敬意を払うのは当然のことです!」

「……国家の英雄?」


 よくわからんワードが出てきたな。


「え? それ、俺のことか?」

「もちろんもちろん! 他に誰がいましょうか! 『はじまりの旅団』の皆さんは紛れもなくエルメシア王国の英雄ですとも! 国家存亡の危機とも言える超難易度クエストを次々にこなしてくださったではないですか! おかげで我が国は安泰になったのですから!」

「……ほう?」


 確かに第一支部で受けた仕事のほとんどは歯応えのあるものばかりだったが……。

 ダンジョンといえば地獄の入り口のような禍々しさだったし、中のモンスターも強力な相手ばかりだった。

 海底神殿の奥底に待ち構えているタコだかイカだかの怪物も手強かったし、海竜皇リヴァイアサンとかいう奴が出てきたときは命の危険も感じた。

 地竜皇バハムートとかいうのもヤバかった。奴がダンジョンと外に解き放たれていたら、多くの犠牲が出ていただろう。


 しかし……だんだん慣れてきたのもあって、追放直前の頃になると手の抜き方もわかってきたというか、常に全力を出さなくてもよくなっていた。

 だから俺からすれば――


「普通に仕事をこなしただけだ」

「いやあ、アーカンソー様は謙虚でいらっしゃいますな!」


 トンファスはとても感心した様子で何度も頷いているが、どうも温度差があるような気がする。

 現に彼はこんなことを言い始めた。


「いやしかし……まさか『はじまりの旅団』が解散するとは。残念至極ですな」

「……解散?」

「巷ではアーカンソー様が追放されたなどと噂する者もおりますが、実質解散でありましょう。他のメンバーの皆さんは活動を休止されているそうですからね」

「そう、だったか……」


 てっきりカルンたちは今までどおりバリバリ仕事をこなしているとばかり思っていたが、そんなことになっていたとは。


「それでアーカンソー様はウチで仕事を探していたとか?」

「ああ、そうだ」


 第七支部で仕事をしたという実績さえ積めれば『アーカンソーは第七支部で活動をした』という履歴を残すことができる。

 そうすれば十三支部に俺目的の訪問者がやってくることもなくなり、平穏に過ごせるはずなのだ。


 だが、ここでトンファスの口から予想外のセリフが飛び出した。


「せっかくですが……ウチにはアーカンソー様に紹介できるような仕事はないんですよ」

「何……? 俺では不足ということか?」

「まさかまさか! その逆です! ウチにはアーカンソー様のお力を借りるほどの仕事は回ってこないんですよ!」

「それは困る! 俺は、この支部で仕事をせねばならんのだ」

「は、はぁ……」

「なんでも構わない。何かないのか?」


 支部長は額の汗を拭きながら、気弱そうな声で呟いた。


「実を言うとですね。正直、あまりお勧めはしたくないのですが……第一支部づてでアーカンソー様を指名する依頼が来てはいるのですよ」

「俺を指名?」

「はい。厳密には我々の支部に来ている依頼ではないのですが、アーカンソー様が来たら必ず伝えてほしいと言われてる案件でして。ただ、依頼を回してきた第一支部の支部長は少々……いや、かなり問題のある人物でもありまして。個人的には紹介したくないのです」


 古巣の第一支部が俺を指名か……。


「依頼の中身を聞かせてくれないか?」

「は、はい。内容そのものはよくある『お尋ね者退治マンハント』でして」

「ああ、ハントか。俺たちもよく邪神教の教祖だとか、裏社会の大ボスだとかのハントをよく頼まれたな……」

「おお、存じておりますよ! ディサイプル教団や混沌衆のハントは皆さんの仕事でしたもんな!」

「ああ、そんなこともあった……っと、すまん。話が逸れたな。それで、いったい誰をハントするんだ?」

「それがですね……なんでもドラゴンを使役する暗黒魔導士だそうですよ」


 ……ん?

 なんだ? ものすごく聞き覚えがあるというか、身に覚えまであるような……。


「く、詳しく聞かせてくれないか?」

「いや、それ以外の情報はとんと。正直、眉唾ですよ。件の人物は王都の中に潜んでいるそうなんですが、ドラゴンがいたら一目でわかるでしょうし。それに暗黒魔導士がドラゴンを使役できるだなんて話、聞いたこともありません」

「そ、そうだな」


 いたとしても、別人……だよな?


「まあ、そんな人物が仮に実在するとしたら、ふたりといないでしょう。それぐらいのレアケースだと思いますね!」

「お、おう……」


 いや、いい加減に自覚を持つんだ俺。

 メルルのときも、同じような勘違いをしたじゃないか。

 失敗を繰り返すようでは進歩がない。

 過去の経験から学びを得るのだ、アーカンソー。


 そうだ、俺は他人から暗黒魔導士のように見られている。

 そして、ドラゴンに変身できる少女を使役……というより雇っている。

 つまり、第一支部からの依頼は他ならぬ『俺退治』だ。


 あれ……俺、ひょっとして指名手配されてる……?

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