第17話 初冒険

 少し考えた後で、俺は首を横に振った。


「いや。俺は暗黒魔導士ではない」

「そ、そうでしたか。すいません、人違いだったようで。大変失礼いたしました……」


 俺の答えを聞いた竜人族のメイドはひどく落胆した様子でトボトボと去っていく。


「商人様は確かに『ドラゴンの呪いを解いたのは暗黒魔導士だ』とおっしゃっていたのに……」


 そのとき漏れ聞こえたメイドのつぶやきから、すべてを察した。


「そうか。俺以外にも奴隷市場でドラゴンの呪いを解いた者がいたのだな」


 いやはや、偶然とは恐ろしいものだ。


「ただいまー!」

「おかえりウィスリー」

「チラッと見えたんだけど、誰かと話してたの?」

「ああ、人違いだったみたいだ」


 こうして俺はお使いを無事に終えたウィスリーとともに、昼下がりのイチゴスムージーを満喫するのだった。



 ◇ ◇ ◇



 買い物を終えた俺たちは、その足で王都の郊外へ向かった。

 待ち合わせているイッチーたちと合流するためだ。


「お、待ってたぞぉ!」

「どうやら無事に剣は買えたようだの」

「その割には随分と遅かったんだぜ」


 目印の木の下でイッチーが手を振っている。


 ニーレンとサンゲルもいるようだ。


「ああ、すまない。少々トラブルがあってな」

「ご主人さまが大活躍だったんだから! えっとね――」

「ウィスリー。長くなるから後でな」

「あーい……」


 ウィスリーは従ってくれたが少し不服そうだ。

 後でご機嫌を取ってやらねばな。


「っていうか、剣ってウィスリーちゃんが背負しょってるやつだろ? やけにデカくねぇか?」


 イッチーの言うとおりだ。

 ウィスリーが選んだ剣は彼女の体格を考えると、あきらかに大きすぎる。


「うん! グレートソードっていう武器屋で一番おっきな剣を買ってもらったの!」


 ウィスリーが嬉しそうに背中を見せてくくりつけてあるグレートソードを誇示した。


 イッチーとニーレンがいぶかしげな顔をする。


「グレートソードってぇと両手専用の剣だろ。ウィスリーちゃんの身長よりでかいんじゃねぇか?」

「本当に扱えるのかの?」

「ふふん! あちしは剣闘士だよ? これくらいなんてことないもんねー!」


 ウィスリーが腰に手を当てながら自慢げに胸を張った。


「そうそう、クラス補正があれば軽いもんなんだぜ!」


 サンゲルだけがウィスリーに同調している。


 そういえばサンゲルも重たい装備を扱う重戦士だったな。

 彼はどちらかというとハーフ・プレートにタワー・シールドという防御寄りの重戦士のようだが。


「それに防具だって革の肘当てと膝当てだけじゃねぇか!」


 頭を抱えるイッチー。

 俺は肩をすくめてみせた。


「メイド服だけは脱ぎたくないというのでな。最低限の部分鎧だけ取りつけさせた」

「これもいらないって言ったんだけど、ご主人さまの指示だから仕方なくねー」


 正直、ウィスリーは冒険者という仕事を舐めているとしか言いようがない。

 しかし、この子の性格を考えると何回も言って聞かせるより実際に経験するほうが良いと思えた。

 俺の指示にはきちんと従ってくれるものの、さっきのように納得できないときはねてしまうからだ。


「大丈夫だ。俺がウィスリーを守る。必ずだ」


 要するに保護者の俺がしっかりすればいいのだ。


 いや、ウィスリーだけではない。

 パーティメンバーを誰一人欠けることなく生還させられるよう努力せねば。

 

「まあ、ワシらもいるしなんとかなるんでないかの」

「何も心配はいらないんだぜ」


 ニーレンとサンゲルも笑顔で請け負ってくれる。


「……ん?」


 なにやらウィスリーが、ぽけーっした顔で俺を見上げていた。


「どうした?」

「……う、ううん。なんでもない!」


 俺に声をかけられると、ウィスリーは慌ててブンブンと首を横に振った。

 顔も真っ赤になっているし、心配だな。


「へへっ、ガキの癖に一丁前に照れてやがる」

「むーっ! 照れてなんかないもん!」


 イッチーにからかわれるとウィスリーがいつもの調子に戻った。


 本当になんだったのやら。 


「あー、もう! そんなことより! 今日はどこに行くのっ!?」

「オイオイオイ! アーカンソーさん、ウィスリーちゃんに伝えてなかったのかよ!?」

「いや、俺も目的地は知らないんだが」


 俺は待ち合わせの場所と時間しか知らされていない。


 だからわかるはずもないのだが、イッチーはチチチッと舌を鳴らしながら人差し指を振った。


「冒険者が依頼クエストを受けずに仕事をする場所って言ったらひとつしかねぇだろ? ダンジョンだ!」

「……なるほど」


 言われてみれば確かにそうだ。


「ダンジョンってなーに?」


 おや、ウィスリーはダンジョンも初耳だったか。


「ダンジョンというのは、この世界に発生する『あな』のことだ」

「あな?」


 きょとんとするウィスリーに頷き返してから、話を続けた。


「こことは異なる世界と繋がるあながダンジョンだ。異世界の在り方はさまざまで、物理法則が違うことも珍しくない。そして、多くの場合はこの世界の生態系とはまったく異なるモンスター……『人ならざるモノ』が出現する。彼らとの交渉は不可能で、出会ったら戦うしか生き残る道はない。だが、モンスターは脅威と同時にさまざまな恩恵をもたらす。我ら冒険者の役割はこれらモンスターが増えすぎてダンジョンの外に出てこないよう定期的に討伐し、彼らが消滅した後に落とす魔石や素材を持ち帰ることだ」


 できるだけ噛み砕いて説明したつもりだったが、それでもウィスリーには理解しづらい話だったらしい。

 すっかり目を回していて、頭から煙のようなものが出ている。


「……んー、ぜんぜんわかんない。つまりどういうこと?」

「お宝いっぱい! 夢いっぱいってことさぁ!」

「なるほどそっかぁ!」


 ヒャッハー! とウィスリーとイッチーが歓声をあげた。


 うーん、そんな理解でいいんだろうか。


「まあ、実際に見たほうが早いんではないかの」

「今から行くダンジョンは俺たちがしょっちゅう狩場にしてるから庭みたいなもんなんだぜ」


 なるほど、行きつけのダンジョンというわけか。


「……ん?」


 いや、待て。


 ダンジョンは、現世と接続する役目を持つコアを破壊すれば原則としての跡形もなく消滅する。

 消えないものもあるが、少なくともモンスターは出現しなくなるので冒険者にとっては用のない場所となる。


 俺は冒険者の役割がダンジョンをクリアすることと心得ている。

 それなのに同じダンジョンをしょっちゅう狩場にしているとは、どういう意味だ?


「よっしゃ、いざ冒険の旅に出発だぜぇ!!」


「いぇーい!!」


 うーん、まあウィスリーたちが楽しそうだし保留でいいだろう。


 コアがまだ破壊されていないというのなら、壊せばいいんだしな。

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