第16話 昼下がりの公園にて

「ただいまー♪」

「戻ったぞ」


『太陽炉心』に戻るとピケルが出迎えてくれる。


「おふたりとも、よくぞご無事で! もう心配で心配で……ささっ、奥に上がってください!」


 全員で卓を囲んで落ち着いた。


 出された飲み物は白湯さゆだったが、ピケルの経済状況を考えればもてなしがあるだけありがたい。


「ともあれ借金の心配はもうない。証書も確保したし、明らかに違法な金利だ。こいつを見せれば買収されていた当局だって見て見ぬフリはできまい」

「ほ、本当ですか!? す、すごい……そこまでしていただけるなんて」

「鉄鉱石も取り戻してきた。今から出す」

「へ? でも、それらしい荷物は……」


 まとまった数の鉄鉱石が、俺の手の中にジャラジャラと溢れ出した。


「こ、これ。まさか今のって……」

次元倉庫インベントリの魔法だ。かなりの量だったので収納してきた。これはその一部だな」

「ご主人さまが石をぜーんぶ指の先に吸いこんじゃったんだよ! ほーんとにすごかった!」

「フッ……」


 ウィスリー、そんなに褒めないでくれ。

 照れちゃうじゃないか……。


「あわわわわ。わたし、夢でも見てるんでしょうか……次元倉庫インベントリなんてとんでもない魔法、おとぎ話でしか読んだことないです」

「現実だ。今から仕事を頼まねばならないんだから寝ないでくれ」

「そ、そうでしたね ご注文、確かに承りました!」


 ピケルが初めて明るい笑顔を見せてくれた。


 ウィスリーもようやく武器が手に入るとワクワク顔だ。


「それでは鉄鉱石を溶かして鉄を作るところから始めますので、そうですね……今から二週間後に受け取りに来てください!」

「「えっ」」


 俺とウィスリーの反応が見事に被る。


「……えっ?」


 ピケルも笑顔のまま固まってしまうのだった。



 ◇ ◇ ◇



「はひゃー……」


 退店したウィスリーは口から魂が出そうなほど落ち込んでいた。


「す、すまないウィスリー。一から武器を作るのに、これほどの時間がかかるとは知らなかったんだ」

「……ご主人さまは悪くないもん。ピケルも悪くないし……ううう~っ!」


 ウィスリーが思いのやり場を探してもだえている。


 普通なら出来上がった武器も陳列しているらしいが『太陽炉心』には何も残っていない。

 ずっと前に差し押さえられていて、ブラッケンの倉庫にもなかった。


 ピケルはたくさん頭を下げてくれたし、今更注文を取り下げるなんて言えるわけもない。

 前金を渡さなかったら、最悪餓死してしまうだろうしな……。

 

 結局、ウィスリーはお預けを食らってしまったわけだ。

 とはいえ、解決手段はそこまで難しくない。


「とりあえず別の店で繋ぎの武器を買うか?」

「えっ、いいの? それだとご主人さまの負担が増えるんじゃ!」

「心配ない。金ならいくらでもある。何より今回は俺のミスだし、埋め合わせぐらいはするさ」


 せっかくだから長持ちする一品物の武器を用意してやりたかったが、手っ取り早く冒険を始めるなら潰しの効く量産品で構わないだろう。


「どうして?」

「ん?」


 ウィスリーがきょとんとしたまま小首を傾げている。


「お金がたくさんあるのに、どうして冒険者の仕事を続けようとしてるの?」

「ふむ。昔話になるが、いいか?」

「ご主人さまの昔話っ!? 聞きたい聞きたい!」


 ウィスリーがテンションを上げて前のめりに近づいてきた。

 

「そんなに前の話でもないし、期待されても困るがな」


 内心で苦笑しつつも、ウィスリーの体をそっと離してから、とある方向を指差した。


「ほら、ちょうどいいところに焼き鳥の屋台がある。あれを話のさかなにしながら公園でも散策しないか」

「あいあい! 『だいさんせー!』」


 屋台で焼鳥十本セットで購入してから、ふたりで公園のベンチに座った。

 昼時だからお弁当を広げている親子もチラホラ見える。

 池の近くでは釣りをしてる人たちもいた。


「んー、おいしっ!」


 焼き鳥をほうばったウィスリーが尻尾をプルプル震わせた。


 ウィスリーは何か食べるとき本当に幸せそうな顔をする。

 これならご機嫌を直してくれると思ったら、案の定だったな。


「それで昔話はー?」


 おっと、忘れてなかったか。


「『はじまりの旅団』で大金を稼いだとき、もう働かなくてもいいかと思って長い休みを取ったことがある。これといって贅沢もせず毎日ダラダラ過ごしてみたんだ」

「へー、いいなー。どうだった?」

「三日と保たなかった」

「なんでっ!?」

「フフフ、なんでだと思う? ヒント。俺は毎晩あることをしていた」

「……はだか踊り?」

「なんでた。もちろん違う。さては思いついたことをそのまま口にしたな?」

「にへへー、バレた?」


 ウィスリーが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ゴキゲンそうに足をぷらぷらさせる。


「まあいい。正解は『毎晩残りの金を数えていた』だ」

「えっ、それだけ?」

「それだけだ。最初は残金を計算するだけのつもりだったが、毎日少しずつ金が減っていくのを実感してしまった。本当に、ただそれだけのことで……怖くて仕方なくなったんだ。それからすぐに休暇を取りやめて仕事を再開したよ。お金が増えていくようになると、また安心できた。どうやら人間という生き物はお金がただただ失われていく恐怖に耐えられないみたいだ」

「ふーん。それがお金があっても冒険者を続ける理由なの?」

「そうだな」


 もちろん、金がすべてというわけではないが。

 他の理由は、もう少し付き合いが長くなってからにしよう。


 濃密な時間を過ごしているからそんな気がしないが、この子と出会ってまだ一日なんだしな。


「んー。あちしにはまだよくわかんないやー」

「ウィスリーも冒険者になって自分のお金を稼ぐようになったら、いずれわかるときが来るかもな」

「そうなのかなー」


 焼鳥の残りにパクつきながら、ウィスリーは公園で遊んでいる人々をのんびり眺めた。


「そういえば喉が渇いたな。ウィスリーも何か飲むか?」

「飲むー!」

「じゃあ、何か適当に買ってくるから待っててくれ」

「駄目っ! ご主人さまは休んでて! あちしが買ってくるから!」


 ウィスリーがクワッと目を見開いた。

 こればかりは自分の役目だと言わんばかりだ。


「じゃあ頼む」


 お金の入った袋を手渡すと、ウィスリーは胸に抱え込むようにぎゅっと握り締めた。

 お使いを頼まれたのがよっぽど嬉しいようだ。


「ああ、そうだ。余った分は小遣いにしていいぞ」

「やった! じゃあ行ってくるー!」


 駆け出したウィスリーはあっという間に見えなくなってしまった。


 あんなに速く走って転ばないといいんだが……。


「あの! すいませんっ!」

「ん?」


 ウィスリーが向かったのと反対側から声をかけられたので振り返る。


 するとそこには、目を疑いたくなるレベルの美女がたたずんでいた。


「君は……」


 思わず吐息が漏れてしまう。


 美女はロングストレートの金髪を手でおさえながら、ハァハァと息を切らしている。

 清楚さの中から醸し出されるそこはかとない色気に釘付けにされてしまった。


 そして嫌でも視線を吸い込まれてしまう大きな胸。

 俺が今まで見てきた中でも屈指の戦闘力だ。


 だが、美女のみっつの特徴が俺に冷静な判断力を取り戻させた。


 ひとつ、頭から角が生えている。

 ふたつ、腰のあたりから大きな尻尾が生えている。

 みっつ、メイド服を着ている。


 これらが見事にウィスリーと一致していたのだ。


 竜人族のメイド――

 まさかウィスリーの追手か!?


「その、不躾ぶしつけな質問で申し訳ないのですが……」


 謎の竜人族メイドの口から飛び出た言葉に、自分の中で警戒レベルが一気に跳ね上がるのを感じた。


 ……どうする?

 だが、敵対者と決まったわけでもない相手に魔法を使うのは――


 俺が迷っている間に美女は期待にうるんだ眼差しで、はっきりとこう口にした。

  

「貴方様が奴隷市場でドラゴンの呪いを解いた様に間違いないでしょうか!?」

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