第9話 無双その1

 ギルドの軒先のきさきで数多くの冒険者が俺を取り囲んでいた。


 全員が例外なく強烈な殺気を放っており、のっぴきならない状況だと一目でわかる。


 道行く人々も次々と足を止めていた。


「やっちゃえ、ご主人さまー!」


 その一団に混じってウィスリーが実にいい笑顔で声援を送ってくれている。


「あの子、操られてるわね」

「酷い洗脳を受けてかわいそかわいそ〜」

「間違いなく女の敵だし!」


 女性冒険者たちが親の仇を見るような目で睨みつけてくる。


「ふむ、なるほど。今回は俺が悪役というわけか」


 師匠のひとりから聞いたことがある。


 人間に限らず群れを作る動物には、異端を排除する習性があるのだという。


 群れを団結させるためにコミュニティの内部に敵を定め、いじめ抜いて殺害し、共犯関係になることで連携と絆を深めるのだそうだ。


 なるほど、これがそうなんだな。


「さて、俺たちだってオーガじゃねぇ」

「あの子を解放してやることだの」

「そうしたら、この場は納めてやるんだぜ」


 例の三人組が交渉を持ちかけてくる。


「何度でも言うが、君たちは誤解をしている。俺とウィスリーは互いに同意した上で主従関係を結んでいる。洗脳もしていない」

「嘘を吐くんじゃねぇ!」


 盗賊の男に続いて「そうだそうだ!」と一斉に非難の声があがる。


「……何を言っても無駄か。では、仕方がない。君たちが善意からウィスリーを助けようとしているのは理解しているが、俺としても彼女を手放すつもりは毛頭ないのでな。互いに譲れない以上、もはや戦うしかあるまい」


 覚悟を決めた俺は手袋をキュッと締め直してから、冒険者たちに向かって手招きした。


「さあ。どこからでもかかってくるといい」

「へっ、馬鹿が! こっちは何人いると思ってんだ! もうかまうこたねぇ、やっちまえ!」


 盗賊の男が合図するとともに、冒険者たちが一斉に動き出した。

 魔法使いと神官たちも詠唱を開始している。


「ふむ。詠唱内容からして攻撃魔法ではない、か?」


 街中だと見物人や家屋に被害が出るかもしれないからか。

 ああ、そういえば俺も番兵に魔法を使うなと注意されたな。

 だったら、そう言ってくれればいいものを。


 ……いや、その程度は察しろということか。


 つくづく自分の頭の不出来が嫌になるが、なげいたところで事態は解決しない。

 光明こうみょうは、常に行動の先にあるのだから。


「「「「筋肉増強オーガス・ストレングス!」」」」

「「「「敏捷増強キャッツ・アジリティ」」」」

「「「「防御増強タートルズ・ディフェンス」」」」


 一斉に完成した魔法使いと神官の支援魔法バフが前衛の戦士たちをパワーアップさせる。


 だが、詠唱は聞こえていた。

 つまり――


全魔法解除ディスペル・オールマジック


 動作要素は必要指を鳴らすまでもない。


 詠唱省略した魔法を頭の中で完成させておいて被せるように呪文の名を口にすればいいだけだ。


「そ、そんな!」

「俺たちの支援魔法バフが全部消されて……!」

「ていうか、あいつ詠唱してなくなかったか!?」


 魔法使いと神官たちが驚いている。


 ダンジョンに潜ればモンスターたちだって支援魔法バフぐらい使ってくるし、この程度は定石だと思うが。


「数はこっちが勝ってるんだ! 行け!」


 盗賊の男が指示を飛ばすと戦士の一団が突撃してくる。

 喧嘩という名目だからか武器は抜いていない。


「喰らうんだの!」

「一発で楽にさせてやるんだぜ!」


 襲い掛かってくる冒険者たちの中には、盗賊男の仲間たちもいた。


全能力増強フル・ポテンシャル


 攻撃の直前にあらゆる身体能力を向上させる魔法を完成させ、全員の初撃を回避した。


 このタイミングなら俺への魔法解除ディスペル・マジックの類は間に合わない。


 そして戦士たちが効果範囲に入ったのを確認してから、指をパチンと打ち鳴らす。


 すると、戦士たちは全員同時にバタバタと倒れた。


「なっ……!?」


 他の冒険者たちが驚愕して動きを止める。


「な、なんだ!」


「いったい、何があったんだ……!?」


 俺は敢えて結果を誇示するように両手をひろげてみせた。


全終焉麻痺オール・エンド・パラリシスで全員を麻痺させた。彼らは俺が魔法を解除するまで動けない」

「そんな馬鹿な! 詠唱どころか、呪文名だって口に出してないのに!」

「ん? 動作要素指パッチンで魔法を完成させただろう?」


 いったい何を不思議がっているのだろう。


 努力すれば、いずれ誰にだってできるようになる技術スキルだろうに。


「こいつ、人質のつもりか!?」

「まさか。殺すわけにもいかないし、単純に数を減らしておきたかっただけだ。そしてすまないが――」


 俺の背後に気配を殺して迫っていた盗賊男が声もなく倒れた。


「不意打ちに対しては迎撃術式が自動発動する。もちろん致死性のない昏睡魔法だから安心してくれ」


 まだだいぶ数が残っているが、誰も攻撃してこなくなった。

 膝から崩れ落ちたり、尻餅をついたりしてしまっている。

 どうやら士気が崩壊してしまったらしい。


「これで決着のようだな」


 一時はどうなることかと思ったが、ひとりも怪我させることなく制圧できたぞ。


「やったー! ご主人さまつよーい!!」


 ウィスリーの嬉しそうな声援に手を振って返した。


「そ、そんな……」

「ば、化け物だ」

「化け物? 違う、俺は賢者だ」


 まったくもって失敬な。


「賢者? まさか、賢者アーカンソー!?」

「ひょっとして『はじまりの旅団』の〜!?」

「キャーッ! マジでーっ!?」


 俺のことを女の敵だとか散々に罵倒していた女冒険者たちが、先ほどまでとは打って変わって黄色い悲鳴をあげ始めた。


「すいません、わたしファンなんですーっ!」

「あっ、抜け駆けずるい! あたしもあたしも〜!」

「アーシのことも、洗脳魔法で奴隷にしてしっ!」


「あ、コラーッ! ご主人さまに群がるバカ女ども! 散れ散れーっ!」


 今度は何故か女冒険者たちとウィスリーが痴話喧嘩を始めた。


「もう勘弁してくれないか……」


 がっくりと肩を落としながら、俺は女たちの言い争いを見守るのだった。

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