第8話 冒険者ども

 冒険者登録を終えたので一息つこうと、ギルドに併設されている酒場のテーブル席についた。


「ねーねー、ご主人さまー」


 ドリンクを注文して待っている間に、ウィスリーが退屈そうな顔で聞いてきた。


「どうしたウィスリー」

「冒険者って結局なぁに?」


 むっ、そういえば説明していなかったか。


「うーむ」


 あれこれと業務内容を並べてもウィスリーには難しいかもしれない。


 わかりやすく一言で伝えるなら……。


「なんでも屋だな」

「なんでも屋? なんでもするの?」


 小首を傾げるウィスリーに頷き返した。


「そうだな。金のためならなんでもする。それが冒険者だ」


 モンスター退治の依頼クエストを受ければ現地に赴いて、これを討伐する。

 ダンジョン探索の依頼を受ければ地下に潜って、これを攻略する。

 行方不明者捜索の依頼を受ければ街中に出向き、これを調査する。


 名声や浪漫のために冒険する者もいるにはいるが、基本的な動機は金だ。

 現に俺も王都で生活するために金を稼いでいたわけで。


「ひょっとして、お金のためなら赤ちゃんも殺しちゃうの……?」


 おそるおそる聞いてくるウィスリーに、俺は反射的にうなずき返した。


「そうだ。金のためなら……いや、赤ちゃんは殺さんかな。さすがに」

「だよねだよね? よかったー」


 ウィスリーが、ほっと胸を撫で下ろした。 


 さすがになんでもやるという表現は誇張が過ぎたか。


「なんでも屋といっても非合法な仕事は――」


 やらない、と言いかけたとき。


「おいおい、アンタ。今の話は、ちょっと聞き捨てならねぇな?」


 俺の言葉をさえぎってきたのは隣席の、いかにもチンピラ然とした冒険者の男だった。

 装備からして盗賊だろうか?


 彼と同席しているのはパーティメンバーと思しき戦士と重戦士のゴツい装備の男ふたり。


 魔法を担当するクラスがいないのはバランス的に気になるが、席を外しているのかもしれないし、臨時でソロ冒険者を雇うのかもしれない。


「妙な組み合わせだの。暗黒魔導士と竜人族の子供とは」

「邪悪な陰謀の臭いがプンプンするんだぜ」


 戦士と重戦士も因縁を吹っ掛けてくる。


「あー……俺は暗黒魔導士じゃなくて賢者なんだが」

「ハァ? お前が賢者だって? 嘘吐くんじゃねぇ。だったら、その黒ずくめのローブはなんなんだよ」

「かっこいいだろう?」


 指摘して来た盗賊にあごに指を当てながら流し目を送ると、チンピラ冒険者たちは何故かげんなりしていた。


「いや、かっこよくはねぇだろ……」

「怪しさ百万点だの」

「悪人にしか見えないんだぜ」


 失敬な。


「そんなことはない。ウィスリーだって、かっこいいと思うだろう?」

「…………え? う、うん。かっこいいんじゃないかな」


 よかった。

 ウィスリーにまで否定されたら、さすがに立ち直れなかった。


「ところで、俺は何かおかしなことを言っただろうか?」

「言っただろうが。冒険者は金のためならなんでもするってなぁ!」


 盗賊の男が他の冒険者たちにも聞こえるぐらいの大声で叫んだ。


「だいたい赤ん坊を殺すなんて話したら、世間の方々から誤解されるだろうが!」

「いや、それを言ったのは俺じゃないし、否定もしたんだが」


 俺が弁解していると戦士と重戦士の男も責めてくる。


「そんな子供に嘘偽りを吹き込んで、一体何をさせようというのかの?」

「番兵に通報されたくなかったら、大人しくその子を解放するんだぜ」


 また通報の危機か!

 そろそろ勘弁してほしいものだ。


「君たち、何か誤解をしているようだが――」

「ちょっとちょっと! さっきからご主人さまに『しつれー』だよ!」


 ウィスリーが俺を庇うように前に出た。

 盗賊の男が怪訝けげんそうな顔をする。


「ご主人さまだぁ?」

「そうだよ! あちしはメイドとしてご主人さまに『ごほーし』してるんだから!」


 その瞬間。

 何かがプチン、と切れる音が確かに聞こえた。


 隣席の三人が俺たちを取り囲む。


「おい、テメェ。ちょっと表出ろや」

「いたいけな子供に何を仕込んどるんかの」

「絶対に許せないんだぜ」


 理由はよくわからないが、どうやら彼らを怒らせてしまったようだ。


 仕方ない。

 あまりやりたくはないが、ひとまず魅了チャームで『友人』になってから誤解を解いて――


「……む?」


 酒場スペースでくつろいでいた多くの冒険者たちが、ゆらりと立ち上がった。


 なにやら全員が凄まじい殺気を放っている。


「ひょっとして……ここにいる冒険者全員を敵に回したか?」

「へっへーん! ご主人さまの手にかかれば、お前たちなんてみーんなコテンパンなんだから!」

「しかも戦うことになったか!?」


 盗賊の男が顎先をクイッと入り口の方に向けると、冒険者たちが示し合わせたようにぞろぞろとギルドの正面入り口から出ていく。


 あっという間に閑散とした酒場の席には俺とウィスリーだけが取り残された。


「ささっ、ご主人さまも早く出よ! 喧嘩だ喧嘩ー!」

「なんで君がそんなに乗り気なんだ……?」


 逃げることは造作もないが、このままでは冒険者たちとの間に遺恨ができてしまう。


 誤解の噂も流れるだろうし、そうなったら火消しは容易ではない。


「どうしてこんなことに。暴力は好きではないんだがな……」


 ウィスリーに乗せられた気がしないでもないが、こうなったらやるしかない。

 ひとまず話を聞いてもらえる程度には、全員を無力化し、制圧させてもらうとしようか。

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