第6話 冒険者登録

「えッ!?」


 ウィスリーが心底驚いた顔をした。

 やがて、その意味を理解して涙目になる。


「あちし、いらない子……?」

「そ、そうじゃない」


 いかんいかん、また女子を泣かせてしまうところだった。

 もっとうまく言葉を選ばねば……。


「俺が君の呪いを解いたのはウィスリーに仕えてもらうためじゃない。俺と境遇がよく似ていて、助けたいと思ったからなんだ」

「あちしに『どーじょー』したってこと……?」

「うっ、それは……」


 奴隷商人に「同情で奴隷を買うな」と言われたことを思い出し、言葉を詰まらせる。


 いや、だが、しかし……。


「……同情、か。そうかもしれないな。あの解呪行為に深い理由はない。俺がそうしたいと思っただけなんだ。だから君も無理をして俺に仕える必要はない。そもそも一族の掟ということなら、ウィスリーは追放されたんだし……従う理由もないだろう?」


 確認するように問いかけると、ウィスリーがうつむいてしまった。

 とても深刻そうな顔をしている。

 やがて言いにくそうに、もじもじしながら口を開いた。


「えっと……違うの。掟に従わなかったら、もっと強い呪いが発動しちゃうの。だから、あちしが今の姿でいられるのはご主人さまに仕える間だけなんだ。だから……」


 ああ、なんだ。

 そんなことか。


「それなら心配ない。それも含めて呪いはすべて解いた」

「……へ?」

「君を二重三重と縛り付けていた呪いは、俺が完膚なきまでに消滅させた。だから一族の掟を破ったとしても呪いは再発動しない」

「うそッ!? だって、呪いをかけたのは『めいどちょーさま』だよ!? いくらなんでも、そんなこと――」

「できる。俺は賢者だからな」


 メイド長というのが何者かはわからないが、ウィスリーを安心させるためにえて自信満々に言い切ってみせた。

 そして、できるだけきつい言い方にならないよう語り掛ける。


「君は自由だ、ウィスリー。これからは好きなように生きていいんだ」


 ウィスリーが不思議そうな顔をしたまま小首を傾げる。


「……あちしの好きにしていいの?」

「ああ」


 鷹揚に頷き返す。

 するとウィスリーは少し考える素振りを見せてから……真剣な表情で俺のことを見つめた。


「だったら……だったらあちしは、ご主人さまにお仕えする!」

「えっ。いや、だからその必要はないと」

「やだ!! ご主人さまに恩返しするもん!!」

「しかしだな――」


 ウィスリーが立ち上がりながらテーブルをバン! と叩いた。


「だってご主人さま、呪いを解くときに聞いてくれたじゃん! 『俺に仕える覚悟はあるのか』って!」

「それはまあ、そうなんだが……」


 思わず目を背けると、ウィスリーがテーブルに身を乗り出して顔を近づけてきた。

 ジトッと睨まれる。


「ご主人さまは、あちしのことが嫌いなの?」

「そんなことはない」

「だったら、あちしはご主人さまに言われたとーり、好きにする! ご主人さまに『ごほーし』するもん!」


 ウィスリーが再び席に座り込んだと思うと、腕を組んでプイッと顔を背けてしまった。

 一連の仕草がいかにも子供っぽくて、なんともかわいらしい。


「なるほど。返礼を受け取るのも、また礼というわけか……」


 これほどの申し出を断るのは、さすがに無粋というものだろう。


 俺は手を差し出した。


「では、君の好意に甘えて世話になることとする。これからよろしく、ウィスリー」

「……あい!」


 俺が差し出した手を、ウィスリーは絶対に離さないといわんばかりに両手でがしっと掴んだ。


 満面の笑みを浮かべる彼女に向かって、俺は――


「それはそうと、店のテーブルを叩くと他のお客さんにご迷惑だから、もうしないように」

「ごめんなさい」


 こうして俺はウィスリーを正式にメイドとして雇うのだった。


 ◇ ◇ ◇


「じゃあ、あちしが冒険者になればいいの?」

「そうだ」


 店を出た俺たちは、道すがら今後の方針について話し合っていた。


「奴隷市場に出向いたのは、人間以外の種族を冒険者仲間にするためだったんだ」

「ほえ? なんで人間以外なの?」

「それは……」


 ウィスリーの素朴な質問に思わず言葉を詰まらせてしまった。


「……どうにも人間とは相性が良くなくてな」

「へー。ご主人さまも人間なのにね」


 そうつぶやくウィスリーは、ぽけーっとした顔で空を見上げている。

 あまり深く考えての発言ではなさそうだ。


「あちしも人間のルールはよくわかんないけど、それがご主人さまの『いこー』なら冒険者になるね!」


 いや、考えてないなんてとんでもない。

 ウィスリー、なんて健気な子なんだ。


「ありがとう」


 礼を告げると、ウィスリーもニコッと笑いかけてくれた。


「では、冒険者ギルドに行こうか」

「おー!」


 まあ、冒険者登録ぐらいなら大した手続きもないし、問題なく終わるだろう。



 ◇ ◇ ◇



「ちょっと駄目ですねー」


 冒険者ギルドにウィスリーを登録したいと伝えたところ、受付嬢の第一声がこれだった。


「駄目なのか」

「なんで! どうしてー!」


 不満げな声をあげるウィスリーに、受付嬢が指をピンと立ててみせた。


「えっとですね。この国で冒険者になるには成人している必要があるんですよ」

「あちしオトナだよ!」

「えっ……?」

「なんでそこでご主人さまが意外そうな顔するの!?」

「いや、どこをどう見ても子供じゃないか」

「そんなことないよ! こう見えても立派な『れでぃー』なんだから!」


 なるほど。

 体は子供でも心は大人の気構えというわけか。


「えー、念のために確認しますが……」


 受付嬢がコホンと咳払いをした。


「ウィスリーさんの年齢はいくつですか?」

「じゅーろく!」


 まさかの十六歳だと!?

 俺と二つしか違わないのか……。


「竜人族の成人年齢は二十歳とされていますので、やっぱり駄目ですね」


 受付嬢の返答を聞いたウィスリーがガーン、という顔をした。


「あちし、世間的には子供だったんだ……」


 これにはかなりショックを受けたらしく、ウィスリーが床にのの字を書き始めてしまった。

 人間だったら十五歳で成人だから、惜しいといえば惜しかったな。


後学こうがくのために知っておきたいんだが、どうして子供だと冒険者になれないんだ?」

「冒険者クラスがないからですね」

「あー」


 そういえば俺が賢者の冒険者クラスを得たのも成人したときだったか。


「冒険者クラスっていうのがないと駄目なの? そもそも冒険者クラスって何っ!?」


 ウィスリーの嘆きを聞いた受付嬢が気の毒に思ってくれたのか、丁寧な口調で説明を始めた。


「クラスというのは、その人の才能を開花させる職業のようなものです。そのなかでも冒険者クラスは戦闘に向いたさまざまなクラスのことをいいます。代表的なものだと戦士、重戦士、剣闘士、魔法使い、魔剣士、錬金術師、神官、神聖騎士、盗賊、魔法盗賊です。戦士なら武器を用いた【戦技】を覚えられますし、魔法使いなら魔法を使った戦闘が得意というふうな感じですね」

「ほえー」


 何かを思い出そうとしているのか、ウィスリーが虚空を見上げた。


「そういえば、ご主人さまも冒険者クラスがあるって言ってた気がする。なんだったっけ」

「俺は賢者だ」

「えっ、賢者?」


 何故か受付嬢が驚いている。


「ひょっとして、あなたはアーカンソー様では!?」

「そうだが……どうしてまだ明かしていない俺の名前を知っている? この支部に顔を出すのは初めてのはずだ」


 王都には数多くの冒険者ギルド支部がある。

 カルンたちと鉢合わせすると気まずいので、今回は前に利用していたのとは別のギルド支部に来ていたのだ。

 だというのに、受付嬢は知っていて当然だといわんばかりに手を打ち鳴らす。


「それはもう。『はじまりの旅団』といったら王都では有名なパーティですし!」


 そうだったのか。


「ふふん。そうだよ、ご主人さまはすごいんだから!」


 ウィスリーが何故か自慢げに胸を張った。


「それに賢者は王都でもレアですから、パッと思いつくのはアーカンソー様ぐらいしか。すいません、わたしてっきり雰囲気からして暗黒魔導士の方だとばかり。人は見かけによらないといいますか」

「失敬な!」

「すすすすいません! 暗黒魔導士なんかと一緒にされたら誰だって怒りますよね」

「いや、それも暗黒魔導士に対して失礼な物言いとは思わないか」

「そうですね! 本当に申し訳ございませんでした!」

「い、いや。俺も言い過ぎた。顔を上げてくれ」


 平謝りする受付嬢をなだめていると、ウィスリーがずずいっとカウンターに身を乗り出してきた。


「冒険者クラスってどうやってもらえばいいの!?」

「この国では、成人すると神殿に行けば希望するクラスを授かれますね」


 ふむ?

 俺の場合は成人と同時に自然と賢者になっていたんだが。


 この国では違うのか。


「えっと、それってつまり……」

「成人しないとクラスを授かれないので……ウィスリーさんは冒険者になれない、ということです」

「やだやだ! 冒険者になれないなんてやだー!」


 むむ、ウィスリーがダダをこね始めてしまったぞ。


「ウィスリー。他の人のご迷惑になるから、やめなさい」

「ううっ、ご主人さまの『いこー』に沿えないだなんてー……」


 素直に大人しくしてくれたものの、涙目になってしまうウィスリー。


 彼女にとって主人の願いを叶えられないのは、とても苦しいことらしい。


「すまない。何とかする方法はないだろうか」

 

 こちらの無茶振りに受付嬢が難しい顔で考え込んだ。


「うーん。他の国では未成年でも特例でクラスを授かった例はありますし、保護者とパーティを組むことを条件に冒険者登録できなくはないんですけど」

「ふむ。つまり、ウィスリーに冒険者クラスがあれば、なんとかなるのだな?」

「そうですね。でも、この国では難しいので他国の神殿に行っていただくしか――」

「いや、その必要はない」


 申し訳なさそうに目を伏せる受付嬢に向かって、俺はきっぱり言い切った。


「俺がウィスリーに冒険者クラスを授ければいい」



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